片付けのメソッド
栗原ちひろ
第1話
幸せって、つまり、『気持ちよく過ごせること』だと思う。
そのために必要なのは片付いた部屋だ。この部屋みたいな。
狭い? それはそうさ。たったの三畳しかないんだよ。
とはいえ天井高は大したものだし、白い壁はぴかぴか。高い位置の窓から日も入るだろう? まるで明るい穴の底みたいだよね。僕はこの感じ、絶妙に落ち着くんだよ。
ベッドはそっち。壁に収納されるベッドで、小さいけれどソファにもなる。
こっちの机は伸張式だよ。収納はこうして壁にかけて……便利だろ?
省スペース化するには、色んなものを床から浮かせるといいんだ。床以外にも空間はあるわけだから。うまくやれば、クローゼットなんかいらないのさ。
引っ越す前の部屋には大きな押し入れがあったけど、全然活用できなかったな。中はゴミで埋まってた。掃除する時間がなかったんだ。
あのころ僕は仕事の鬼で、成績を上げて会議で褒められた瞬間だけ生きている心地がしたもんだ。成績が悪いときは半死半生の気分だったし、自室で寝ている自分なんかゴミだと思ってたね。そういう風に考えると、部屋ってゴミ置き場になるんだよ。やっぱり考え方は大事だね。
当時は部屋は足の踏み場がなかったし、たくさんのゴミ袋の上に布団を敷いて寝ていたし、害虫は這い回ってたし、僕もすっかり体を壊して、通ってきてた彼女もどんどん機嫌が悪くなって、毎日泣いて暮らしてたなあ。
今はほら、彼女もご機嫌だろう? 全部片付けたおかげだよ。
え? ああ、ほら、彼女はあそこ。天井のそば。
……あれ? 大分降りてきてるね。今は高窓のあたり。
うん。君の幻覚じゃないよ。紙みたいにペラペラだけど、彼女だよ? 会ったことあるよね?
なんだよ! 悲鳴なんかあげるなよ。今倒した椅子、高いんだよ? いいけどさ。
そうだよ、あれは彼女の幽霊だ。片付けたんだよ、僕が。
待てよ、別に嫌いになったわけじゃないって!
ただ、前の部屋を片付ける決心をしたとき、ついでに片付けただけ。ある日いきなり、このままじゃダメだ、って目覚めてさ。部屋の中身をなにもかも捨てたんだ。ゴミも全部分解して、分別して、溶かして、流して、埋めて、こっちに越したんだ。
僕は満足してるし、彼女もまだ、僕のことは好きだと思う。引っ越してすぐに天井近くに現れてくれたし、毎日ちょっとずつ近づいてくるもの。
近いうちにまた僕ら、抱き合えるんじゃないかなあ。
ベッドは小さいけど、大丈夫。今の彼女は省スペースだから、きっと僕の邪魔にはならないよ。
片付けのメソッド 栗原ちひろ @chihiro_kurihara
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