輪廻の霹靂(かみとき)②~いきなり最終回!!!~

 かつて雷神に呪われし少年がいた。病を得た妹の為に神域に迷い込み黄金の果実を盗んだ少年は、両のただむきつぶなぎ桎梏しっこくの黒鎖で繋がれる。

 代償に得た霹靂かみとき異能ちからを神の依代よりしろとして遣い、世に蔓延はびこる悪鬼を駆逐していく。

 万能の異能により一命を取り留めた少年の妹の末裔は、その後永きに渡り少年の一族に仕える影となった―――。



 雷鳴鳴り止まぬ激しい神立かみだちが、少女の涙を洗い流す。泣き声はもはや慟哭となり、両のかいなに抱いた青年の焼け焦げた身体を揺さぶった。


ひいらぎ!逝くな、柊!!」

「……み……美玖雷みくら様……お願いがございます……」

「柊!なに?なんでも言ってみろ」


 最後の悪鬼を打ち破り、敵と共にたおれた従者の顔を必死で覗き込む。白皙の面は半分赤黒く爛れ、常ならば皮肉な言葉を紡ぐ唇は弱弱しく震えた。


「……最期に名前を…昔のように……名前を……呼んでください」

「そ、そんなものいくらでも!これからいくらでも呼んでやる。でもお前嫌がってたじゃないか」

「……ガフッ……あ、あのような……キラキラした名前は…私のような影には似合いません……けれど美玖雷みくら様に呼んでいただけるなら……グッ…ウ」

「もう喋るな!」

「……美玖雷みくら様……」


 雨音に掻き消される細い声音を聞き取る為に、少女は青年の口元に耳を寄せた。吐き出される最期の吐息が少女の胸を貫く―――愛しています……そう告げた彼の腕は力なく地面に落ち、泥濘ぬかるみに塗れた。


「柊?柊!?まだ呼んでない!ダメだ、ダメ!!やだ、待って、やだやだやだぁああああ!!!」


 強く降り頻る雨は無情にも2人の身体を濡らす。動かなくなった青年の亡骸なきがらを抱き締めた少女は天を仰いで絶叫した。


「くそったれの祟り神!!!これで満足したか!!約束は果たしたぞ!!」

 

 時折稲光を光らせる雲は何も答えはしない。少女は泣きながら青年の身体を掻き抱く。かつて自分を頼もしく護った体温が、急速に奪われていく。


虹司朗こうしろう……逝かないで……私を独りにしないで」


 だが虚ろに呟く少女は気付いていなかった。青白く光る己の手足から、黒い鎖の文様が消え始めていることを。青い光が失われていく代わりに白く美しい肌が現れる。


「あげるから、なんでもあげるから……私の命もあげる……だから戻って来てよぉ、虹司朗ぉぉ……」


―――ならば分け与えよ。己に宿った黄金の果実の力を……。


 いつものように頭の中に直接響く声にハッと顔を上げる。今更何を……そう思わなくもなかったが、彼女は縋らずにいられなかった。

 いつの間にか止んだ雨。雲の晴れ間から一筋の狂気を見出した少女は、物言わぬ青年の顔を静かな眼差しで見下ろした。


「あげる。私の命を半分」


 そう独り言ちた彼女は、血と雨に汚れた青年の唇にそっと口付けを落とした―――。



数か月後。


 春告草はるつげぐさ咲き匂う太宰府天満宮の境内で、一際ひときわ見事な飛梅を眺める少女がいた。かぐわしい香りを漂わせる白梅に負けず劣らず、匂い立つように美しい黒髪の少女は、凛とした眼差しを空に向けて、呟いた。


「祟り神、賽銭はやらんぞ」


 いにしえの雷神は、かつて清涼殿落雷事件を起こした火雷天気毒王からいてんきどくおうとも、失意のうちに亡くなった菅原道真すがわらみちざね公を神格化した天満大自在天神てんまんだいじざいてんじんとも言い伝えられていたが、その正体は未だつまびらかにはされていない。

 よって少女は侮蔑と憤りを込めて「祟り神」と呼ぶ。一族を呪い、愛する者を若くして奪われ続けた恨みは深い―――。


「美玖雷様~!!」


 消魂けたたましい足音を立てて境内を走ってくる青年が一人。両腕には沢山の土産袋を下げ、弐月だというのに白い額には大粒の汗をかいている。


「様はつけないでって言ったでしょ」


 少女は紅梅よりも鮮やかな唇を開いてあでやかに微笑わらう。彼女の恋人は、いつまで経っても昔の癖が抜けない。青年は息を切らしながら、白い手袋をめた手でスーツの内ポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭った。

 従者の頃から嵌めていた手袋は、今は僅かに残った火傷の跡を隠す為に使っている。


「ああ、すみません。お土産を買ってきました」

「敬語もやめてって言ったじゃない」

「……まだ慣れません」


 含羞はにかみながら差し出された腕にすべらかな指を伸ばした少女は、そのまま爪先立って彼の耳に唇を寄せた。


「早く慣れてね、虹司朗」


 咲き初めの白い蕾が、訪れたばかりの春の日差しの中で静かに揺れた。



◇◇◇◇◇



これも別サイトの「人称」勉強会企画参加作品。ゴリゴリの硬い三人称。


冒頭からいきなり最終回。

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短夜一葉 ~みじかよひとは~ 鳥尾巻 @toriokan

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