輪廻の霹靂(かみとき)〜継承〜(現代ファンタジー)

 遥か昔の話。


 ある山奥の集落で、獣を狩り、珍しい木の実を採取して売るのを生業にしている少年がいた。少年は早くに両親を亡くし、病がちな妹の薬代の為に毎日必死で山に分け入っていた。


 ある日、少年は稼ぎの少なさに焦るあまり、集落でも禁忌とされた更なる山奥の禁足地に足を踏み入れる。そこは幻想のような青い花々が咲き乱れ、清涼な水の小川がせせらぎ、玲瓏れいろうな声の珍鳥が舞飛ぶ桃源郷もかくやと思われる美しい場所。


 少年は彷徨い歩くうちに黄金に輝く果実の成る木を見つけた。空腹もあってそれを一つ口にすると、にわかに空がかき曇り、雷鳴が辺りの空気を震わせた。

 恐ろしい声と雷に貫かれた少年は痛みの中に倒れ、そのまましばらく雨にうたれて眠りについた。


 夢の中に現れたのは黒く禍々しい全身に鎧と鎖を纏った異形の神。恐れおののく少年に神は言った。


「少年よ。貴様は禁忌を冒した。罰として手足を預かる。返して欲しくば我が手足となりこの世界の悪鬼を祓うしもべとなれ」


 少年は雨の中目を覚ました。そこはいつもの山。夢だったのかと濡れた髪を掻き上げると、その手首、否、両の手首足首に鎖のような黒い文様が浮かび上がっていた。

 呆然とする少年の頭上で、再び眩い稲光と共に雷鳴が轟き渡った。


―――そして神代は巡り、統治は人の手に堕ちた現代。



「……これが、天雷てんらい家に代々伝わる伝承でございます」


 私が話し終えると、天雷家第18代当主・美玖雷みくら様は、静かにその瞼を伏せて、ご自分の手首を見下ろした。

 先代当主・瑛雷あきら様が身罷まかられると共に、一人娘である美玖雷様の手足に浮かび上がった黒い鎖の文様。

 セーラー服の袖から覗く、折れそうな程に白く細い手首に浮かんだ黒い痣は、当主にのみ継承される呪いの証。俯いた小さな顔は長い黒髪に隠されて見えない。

 私は気忙しく手袋を嵌めた指を擦り合わせて、彼女の方へ近づいた。私も先ほど先代付の護衛であった父から聞いたばかりの話だ。子供の頃からお側で仕えていた彼女が心痛に震えているように見えて、心が騒ぐ。


「美玖雷様……ショックだとは思いますが、お気を確かに……」

「そっか!だからパパは私を鍛えてたのね!」

 

 拍子抜けするほど明るい声が耳に届く。勢いよく上げた顔にはなんの憂いも見当たらない。大きな瞳は明るく輝き、桜色の唇には笑みが浮かんでいる。


「そうと分かったら行くわよ!ひいらぎ!」

「え、行くってどちらへ……」

「我が呪われし右手どころか両手両足が疼くなんてかっこいい~!これが悪鬼の場所を教えてくれるわ!」

「お、お待ちください!美玖雷様ーーー!!」


 私は走り出した美玖雷様の後を追って慌てて駆け出した。そうだった。彼女は重度の中二病を患っていたのだ。子供の頃は遊び相手としてよく暗黒神の役をやらされたものだ。


 水を得た魚、鬼に金棒、美玖雷様に中二設定!私の前を走る長い黒髪に、すぐ近くまで迫った稲光が眩しく反射するのが見えた。



◇◇◇◇◇


別サイトの「人称混合」勉強会企画に参加したものです。

冒頭の書き出し部分だけです。

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