Maybe you're the problem(現代ドラマ)

 濃い褐色の液体に流されていく乳白色。美しいリーフの模様を描く手際は見事としか言いようがない。

 私から見れば100点満点のラテアート制作映像なのだけど、問題があるとすれば、それは。


蒼良そらちゃん、率直な意見を言ってくれ」


 一緒に画像を見ていた店長、岡田おかだゆずるさんを横目に見た私は、わざとらしく溜息をついた。

 閉店後引き止められて、最近始めたというYOOTUBEの投稿動画を見せられた。もともとカフェの常連だった私は、その美しいラテアートに惚れこんでバイトを始めたようなものだ。だから売り上げや知名度アップの為に貢献することは嫌じゃないんだけど。


 いつもは表情の読めない細めの三白眼が不安げに揺れている。がっしりとした体格で上背もあるのに、背の低い私の横で小さくなっている姿は、叱られるのを待つ小学生のようだ。

 清潔感のある珈琲色の短い髪と、綺麗に整えられた顎髭。どう見てもいい年をした大人の男性、確か今年で35歳、がだよ?ただの大学生である私にビクビクしているのは如何なものよ。

 緩めに結ったお団子ヘアの上辺りに注がれる視線を感じながら、再度溜息をつく。自分でもキツイ性格なのは自覚してるけど、そんなに怯えなくても良くない?てかなんで私に意見を求めたの?


「では言わせていただきます。まず、ラテアートは素晴らしいです。コーヒーとミルクのバランス、手順、申し分ありません」

「そうか」

「ただし、この程度の動画であれば皆さんやっています」

「……そうか……」

「それとなんでずっと無言なんですか?これのタイトル『初心者でも簡単にできるラテアートの作り方』ですよね?素人は見ただけじゃ理解できませんよ?」

「なんか……作ってると集中しちゃって……」

 

 言いながらどんどん小声になっていく岡田店長。シングルタスクなのはしょうがないとして、あまりに自信なさげな態度にイラッとする。それでよくカフェやろうと思ったな、うん。

 そういえば、この優柔不断な態度に愛想尽かされて、婚約までしてた彼女に逃げられたとか、他のバイトの子達が噂してたっけ。

 

 事情は良く知らないけど店長だけが問題じゃないよね。こんな口の悪い私にも優しいし、従業員に下の名前で呼び合うように提案したのは店長だし、働きやすい職場にしようとしてくれてるのはなんとなく分かる。きっと優しすぎたのかも。


 でもきちんとしてればスタイルだって悪くないし塩顔のイケオジなのにもったいない。そうよ、もったいない。

 意を決した私は大きく息を吸い込んで、店長を見上げた。


「店長。顔出ししましょう」

「ええっ!?」

「そんなに驚く事ですか?今どき顔出しなんて珍しくもないでしょう。カフェの集客や知名度アップにつなげたいんですよね?やりましょう」

「いや、だって、ほら、こんなオッサンが顔出ししたところでさあ」

「何言ってんですか、世の中どこに需要があるか分からないでしょ。ニッチな層を狙いましょう」

「ええ~」


*****


 その日から地獄の猛特訓?が始まった。

 閉店後、カフェの作業スペースを使って動画撮影、の前に、全身チェック。


 黒のカマーベストに糊のきいた白いシャツ、袖は少し捲ってもらう。腕に浮き出る筋が好きな女子は多いはず。

 いつも使っている黒いサロンエプロンも背と腰の高さを強調するようにロング丈にする。本当は動きやすいシューズの方がいいけど、ここは動画用にピカピカに磨いた黒い革靴を履かせる。


 シャツのボタンを少し開けるべきか、上まで閉めてストイックさを出すべきか。それともスタンドカラーの黒にすべきか。いや、それだとベストの色とかぶる……。悩む私に、店長がおずおずと言った。


「こんなところまで映らないでしょう?」

「全身撮るに決まってるじゃないですか。淹れてる姿を全部撮りますよ」

「はあ……定点で手元映して後で字幕入れれば良くない?」

「やる気あります?オッサンの手元だけ映した動画のどこが面白いんですか。定点も入れますけど、画面の流れを出した方が見る方も退屈しませんよ」

「うう……」

「ダイジョウブ、店長イケてマスカラ」

「なんか棒読みじゃない?」


 そんな時だけ勘の良さを出さないで欲しい。こっちも褒め慣れてないし、店長も褒められ慣れてないし。なんか気まずい。


 そうして始まった動画撮影。手元を映す定点用のカメラを三つ。その他に私が移動しながら映す携帯カメラ。

 編集で繋ぎ合わせて音楽と字幕を入れて、ほんのりバラエティな感じに仕上げる計画……ではあるのだけど。


「店長、『えー』とか『あー』とか『うー』ばっかり言い過ぎです。カンペありますよね?」

「つい癖で言っちゃうなあ。気をつける」

「店長、ブツブツ言ってるだけにしか聞こえません。もっとはっきり喋って」

「うう……」

「背筋伸ばして」

「分かった」

「たまに目線こっち」

「あ、はい」

「そこで自然な笑顔」

「無理」

「無理じゃなーい!」


 そんなやり取りを何度も繰り返して、やっと出来上がった動画。大学の講義の合間に編集した動画をアップして数日が経った。


 その日、バイトに行くと、やけに女性のお客さんが多い気がして、同じバイト仲間の美乃梨みのりちゃんに聞いてみた。


「今日どうしたの?忙しいね」

「ああ、店長の動画見たってお客さんがたくさん来たみたいだよ」

「そうなの?」

「知らないの?蒼良ちゃんも協力したんでしょ?」

「うん、まあ」


 正直期待はしてなかったので、上げてからは放置だった。休憩室で動画をチェックした私は、再生回数を見て思わず大声を上げてしまった。

 

「ウソ」


 もうすぐ1万に届きそう。呆然と上がり続ける数字を見ていると、休憩室のドアが開いて、店長が入って来た。怯えたようにドアの外を伺い、大きな体を縮こまらせている姿は完全に不審者。


「……思ったより効果ありましたね、店長」

「え?うん、ちょっと効果ありすぎ。コワイ」


 だからって隠れても今さらじゃない?面白いんだけど。この面白行動を見せたくて、本編のオマケにNG集のようなものを数十秒加えてみたのが良かったのかもしれない。

 コメント欄を見たら、「最初おどおどしてるの可愛い」とか「ギャップに萌える」とか色々書いてあったし。


「良かったですね」

「……うん。ありがとう。蒼良ちゃんのお陰だよ」


 近づいてきた店長が、椅子に座った私の目線に合わせて腰をかがめる。ともすれば人相が悪く見えてしまいがちな三白眼が優しく細まって私を見つめる。


「これからもお願いしていい?」

「私は厳しいですよ」

「そうだね。頼りにしてる」


 つい、可愛げのない返事をしてしまった私に、店長は照れたように微笑んでくれた。もうさ、ずるいよね、そんな顔。本当は2人でいる口実が欲しかっただけなんて言えなくなる。


 その顔あんまり他の人に見せたくないな、と思ってしまったのは内緒だ。


◇◇◇◇◇


店長は「イエス・ノー・ゲーム」の岡田創くんの叔父さんです。

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