素っ気ない彼女 ~冬のハート~(恋愛)

 僕には可愛い彼女がおる。多分、おる。あの時の告白とキスが妄想でなければ、多分あの子は僕の彼女……のはず。


 

 隣のクラスの外原とのはらたまきちゃんとは、いつも遊ぶ仲間みんなでいる時少し喋るくらいで、どこを取っても平均的な僕とはそんなに接点はなかったはずだった。

 背中までの緩いウェーブの髪、いつも眠たそうなゆっくりした仕草、ちょっと目尻の上がった大きな瞳がミステリアスで、彼女から苗字の香月かづきじゃなくて「圭祐けいすけ」って呼ばれるたびにドキドキしてた。

 それが、夏休みに星とSF好きの僕の提案で、みんなでペルセウス座流星群を見に行った時に急接近。彼女からの告白と、キス。

 あれ?どっちが先やったっけ?まあ、順番はちょっと違ったけど、なんやかんやあって付き合うことになった、と思っていた。


「環ちゃん、おはよう」

「おはよ」


 朝、駅で待ち合わせて一緒に登校する。寝起きが悪いのか、朝は特に眠そうで口数も少ない。不機嫌にすら見える彼女の顔を覗き込むと、ぷいとそらされた。


「あんま見んといて」

「ごめん」

「今日寝坊して髪決まらんし不細工やから」

「そんなことないて、可愛い」


 実際どこが不細工なのか分からないので、正直にそう言ったのに、彼女はますます不機嫌そうに俯いてしまった。マフラーの中に顔を埋めて、寒そうに首をすくめている。

 僕には女の子の気持ちを推し量るなんて器用なことは出来ないので、そのまま2人で黙々と歩いているうちに学校に着いてしまった。


「じゃあ、また昼休みにね」

「昼は用事ある」

「そっか。じゃあ、放課後一緒に帰ろ」

「……放課後も忙しいの」


 素っ気ない返事で、友達を見つけてふらっと離れていく彼女の背中を見送り、僕はがっくりと肩を落とした。



「はよー、圭祐。どしたん?暗い顔して」

優希ゆうき……女の子って難しいな」


 教室に着くと、幼馴染の田路たじ優希ゆうきが目ざとく僕の顔色に気付いて声を掛けてくる。こいつは僕とは逆に、女の子の気持ちに敏い。上に姉が2人いるせいで鍛えられたと言っていたが、もともと優しい奴なんだろうと思う。

 ふわふわの茶髪とアーモンド形の瞳は甘い雰囲気だけど、僕相手だと気心も知れてるのか、普段はあまり気を遣ったりはしない。今日はよっぽどひどい顔をしてたらしい。


「外原さんとなんかあった?」

「いや、なんもない。つーか、なさすぎやて。僕、ほんとに環ちゃんと付き合っとるんかな。あれ?もしかして妄想?」

「んなわけ……」


 優希は呆れたように目を細める。そうは言われてもここ数日の環ちゃんは素っ気なさ過ぎる。みんなといても僕の近くには来ないし、話しかけても上の空。前は僕の話面白いって言ってくれたのに。


「星の話ばっかしてて呆れられたんかな」

「かもな~」

「優希……」

「嘘やて。お前、デートとか誘ったことある?朝と学校と放課後だけやないやろな?」

「どうしよ………だけやったかも……」

「アホ、誘え」


 優希に小突かれて、僕は頭を抱えた。デート……デートってなんや?女の子ってどうやって誘えばええの?



 とはいえ、他に思いつかなかったので、僕は天体観測に彼女を誘うことにした。ちょうど今の時期なら空も澄んでいるし、町の中でも結構綺麗な冬の大三角が見られる。


「今度の休み、千種の平和公園に星見に行こ?日帰りで行けるとこやし、帰りもあんま遅くならんようにするから」

「うん、行く」

「暖かいかっこしてきてな」

「うん!」


 どうやら優希の言ったことは正解やったみたいで、環ちゃんはようやく嬉しそうに頷いてくれた。



 僕は当日防寒対策として、カイロや大判の厚手ブランケットに断熱のマット、望遠鏡まではいらないと思ったので双眼鏡と星座早見表、コンパスやヘッドランプなどを大きめのデイバッグに詰め込んで出かけた。

 大荷物の僕を見て、ダウンのハーフコートを着た彼女がくすくす笑う。でも少し星を見るだけと言っても夜は冷えるからね。


 近くに池を臨む広々とした芝生の広場。陽が落ちると少しずつ人が集まり始めて、みんなあちこちで星を見ているようだ。僕たちもその片隅にマットを敷き、肩を並べて空を見上げる。時々星座早見表で星を確認しながら彼女に説明する。


「あれが大三角。シリウス、リゲル、アルデバラン、カペラ、ポルックス、プロキオンて繋いで冬のダイヤモンドになる」

「も一回言って。そんな早口じゃどれか分からんて」

「ほら、あれが大三角な?見える?」

「あ、あった」


 僕は彼女の後ろに回って両手で三角を作り、星座に当てはめた。手の中を覗き込んだ環ちゃんの声が弾んでいる。

 ちょうど僕の膝の間にすっぽり収まった彼女から、ふわりと花の香りが漂った。夏に彼女に触れた時と同じ。柔らかい髪の感触が顎をくすぐって、心臓がうるさく騒ぎ始める。

 

 急に何かを思いついたらしい環ちゃんは、三角を作る僕の右手を外し、自分の右手を合わせてきた。


「圭祐、指曲げて」

「え?うん、こう?」


 言われるままに左手の指を揃えて曲げると、彼女も右手の指を同じようにした。


「ほら、ハートできた」


 もう、なに。なんなん?この子。普段素っ気ないくせに、いきなり可愛いことしてくるから、不意打ちされて心臓が持たない。

 楽しそうに僕を見上げる彼女の耳が顎に当たって冷たい。僕は愛おしい気持ちが込み上げるまま、こごえる小さな耳の縁に、そろりと唇を落とした。



◇◇◇◇◇

https://kakuyomu.jp/users/toriokan/news/16817330652105130563(イラスト)


香水~香りの物語~(月下美人の2人)舞台は名古屋

https://kakuyomu.jp/works/16817330649642278134/episodes/16817330650063874344


別サイト企画参加作品

テーマ「冬の大三角」

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