第4話 ふたつ目のメッセージに沈む

 私は、もう答えが出たと宣言した。

 時計の針が進むのはもう関係ない。

「じゃあ、答えを説明するね」

 祥平は分かりやすく悔しがっている。そのリアクションの分かりやすさも、ポイントなのだよ、祥平君。

 心の中で笑いながら、私は、他とは違う感覚を得た二列の文章を改めて別の紙に書きだした。


 Was it a bar or a bat that I saw?

 Izuoka Kouji


 そして、それぞれをほんのちょっと書き換える。


 was it a bar or a bat i saw?

 接続詞の “that” を省略して、わかりやすく全部小文字に。


 izuoka kouzi

 コウジのジを “zi” にしてこれも小文字に。


 ここまで書いて祥平をチラリと見た。

「だあ……正解」

 まだ、完全に答えを言っていないけど、祥平は白旗を上げた。

「凄いね。『たけやぶやけた』みたいなの、英語にもあるんだ」

 そう、ヒントは回文かいぶんだった。回文っていうのは、上から読んでも下から読んでも同じになる文章のこと。


「私が見たのは棒かバットか?」という文章を英語にするとこうだ。

 Was it a bar or a bat I saw?

 ひっくり返してこう。

 was I tab a ro rab a ti saW

 区切る位置を変えるとこう。

 was/ I t/a/b a r/o r/a/b a t/i/ saW

 このように、ダイイングメッセージは、英語の回文になっている。


 そして次は容疑者。四人の容疑者の中に、一人だけ名前がダイイングメッセージ同様、回文になっている人がいた。それが、出岡浩司。

 出岡浩司って漢字や、いずおかこうじって平仮名で書いても、全く想像もつかなかったけど、英語にしたら、どちらから読んでも全く同じになるのだ。

「久しぶりにスカッと解けて気持ちいい!」

 私は本当に気持ちよくて、今年一番の笑顔で祥平の肩をバシバシと叩いていた。

「はいはい、わかったわかった。伊沙子は凄いよ。じゃあ、また帰りにな」

「うん。逃げないでよねっ」

 本当に晴れやかな気持ちでその日の授業を終えた私は、祥平とじゃれ合うように同じ道を帰っていた。そして、ちょうどお互いの家の分かれ道。その角にあるコンビニに入った。

「どうしようかなぁ」

 なんとなくだけど「ボーナス」は百円以内って暗黙のルールができている。となると、コンビニオリジナルのパッケージに入ったスナックが選ばれがちだ。

 私は、チョコレート味のスナックを選んだ。

「これでいいよ」

 会計は祥平がするから、私は商品を指さして教えた。

「ん、了解」

 祥平は他の商品は何も手に取らず、私へのボーナスだけをレジに持って行った。

 そして、店を出た後で私に手渡す。

「いえーい、ありがとっ」

 私がそういって受け取ろうとすると、祥平は一旦手を縮めて、すぐには私にお菓子を渡さなかった。

「なあに? いまさら惜しくなった?」

 私が祥平に笑いながらそう言うと、不意に彼からふたつ目のメッセージを受け取った。

「お菓子、さ。俺、さかさまにしたお菓子が好きなんだよな」

 そう言って、祥平はお菓子の上下を持ち替えて、さかさまにして私に手渡した。

「ん? どういうこと?」

「まあ、また明日な」

 祥平は何とも言えない意地悪な笑顔でそう言って、背中で手を振って帰って言った。

「さかさまのお菓子、ねえ……」

 私は頭の中で変換した。


 お菓子。

 okashi

 okasi

 isako

 伊沙子。


 カッと身体が熱くなる。

 祥平め。

 私はまんまと、今日ふたつ目のメッセージに撃沈された。

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撃沈! ふたつのメッセージ 西野ゆう @ukizm

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