第3話

 誰にも言えない、ひとつ上の先輩に恋をして、わたしも受験生になった。


 あれから1週間に1度くらいのペースで、くつ箱に手紙を入れるやり取りをしながら、高橋先輩は無事、推薦入試で第一志望の南高校に合格したと教えてくれた。最後の手紙は卒業式の日にくつ箱に入っていた。


『大川さんへ。とうとう卒業の日が来てしまいました。3年間なんてあっという間で、大川さんとの手紙のやり取りもあっという間で、これが無くなってしまうのはかなりさみしいです。最初に手紙を書いた時、まさか返事をくれるなんて思ってなかったから、すごくうれしかった。勉強は楽しいことばかりじゃなかったから、大川さんとの手紙のやり取りが息抜きになってたよ。本当にありがとう。次は大川さんが受験生だね。僕はもう卒業するけど、ずっと君の味方だよ。今まで応援してくれてありがとう。大川さんの絵、すごく好きでした』


 この手紙をトイレの中で読んだ時、涙が止まらなかった。何度も読み返そうと思っていたのに、1回目の途中で文字が見えなくなって、最後まで読むのが難しくなってしまった。好きな人からの最後の手紙。もうこの字を見ることができないんだと思うと、さみしくてつらくて、でも泣くことしかできなくて、悔しくて、どうしようもできなくなってすごく泣いた。心がズキズキと痛くなって、苦しい。小学生の時、自転車で転んで頭を切った時よりも痛かった。見えない傷ほど痛いことをこの時初めて知った。


 高橋先輩の手紙は最後まで優しくて、温かくて、やっぱり大好きだなぁって思った。それなのにわたしは伝えられなかった。会ったこともない人に告白なんてできなかったし、誰にも言えないまま先輩は卒業してしまった。


 どうしても先輩が忘れられなかった。こんなに人を好きになることができることを高橋先輩から教わったわたしは、先生に頼み込んで先輩の卒業アルバムを見せてもらった。3年1組高橋秀平先輩。1人ずつ見ていって名前が一緒の人を見つける。


 黒いメガネをかけたその人は、照れくさそうに八重歯を見せて笑っていた。この人がキレイな字を書く高橋先輩。メガネがすごく似合っていて、ステキな人だと思った。よし。わたしは決めた。進学先を南高校にしぼって受験して合格して高橋先輩に告白する。会ったこともないのに、もしかしたら本当は高橋先輩になりすました全然ちがう人かもしれないのに、好きになった人がそんなことをするような人なはずがない。それに字はウソをつかない。高橋先輩は紛れもなく卒業アルバムに写っている黒いメガネの先輩だ。


 わたしは勉強をすごくがんばった。頭はあまりよくなかったので、とにかくがんばった。夏休みだけ塾にも行かせてもらって、冬は高橋先輩がしていたように学校の補習に参加して、時々先輩からもらった手紙を読んで気分を上げたりして、ものすごく努力した。





 咲きほこる桜を心からキレイだと思える4月。遠くの方でウグイスがホ、ホケッと鳴く練習をしている。わたしはパステルカラーの水玉もようが散りばめられた手紙を持って、校門の前で人を待っていた。


 この日をどれだけ待ち望んでいたか。本当に努力は裏切らなかった。さすがに推薦は取れなかったけど一般入試で合格し、高橋先輩と同じ南高校に入学できた。入学したては色々と忙しくてなかなか先輩に会いに行くことができなかったが、3週間も経てば生活にも慣れて昨日、廊下で高橋先輩を見かけることに成功した。確かにここにわたしの好きな人がいる。入試テストの時よりもドキドキしている心臓を軽くたたき、校舎から先輩が出てくるのを待った。


 もちろん不安もある。高橋先輩はわたしのことを見たことないだろうし、もしかしたら手紙交換していたことさえとっくに忘れているかもしれない。「誰おまえ」なんて言われるかもしれない。でも、わたしは「あなたを追ってここまで来ました」って言うんだ。絶対に。


 もう一度胸を軽くたたくと、黒いメガネをかけた背の高い人がこちらに来るのが見えた。隣にはお友だちがいる。わたしは大きく深呼吸して先輩の前まで歩いていった。


「高橋秀平先輩!」


 見上げて目が合って、顔が熱くなるのを感じた。今目の前には、ずっと心の中に住みついていた好きな人がいる。水玉模様の手紙を両手で握りしめた時、先輩の口から「大川さん?」と言う声が聞こえた気がした。


 え、なんでわたしを知ってるの? 先輩はわたしを知らないはず……あーもういいや。この勢いのままつっこめわたし!


 わたしは誰にも言えなかった想いを本人にぶつけるために、手紙を突き出した。


END.

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モジコイ 小池 宮音 @otobuki

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