Mission 02⑧

 基地に帰った後、エレナは整備用格納庫で機体の点検を行っていた。フリッツや他の整備員はとっくに作業を終え、今はエレナだけが庫内に残って作業を続けている。


 フリッツにはいつも「そこまで入念にやる必要はないだろ?」と言われるが、念には念を入れておいて損はない。それに、エレナは誰にも邪魔されず、一人で機体をいじっている時間が好きだった。


「随分と熱心だな」


 薄暗い格納庫に男の声が響く。コクピットに就いて電子機器のテストを行っていたエレナは、ディスプレイから顔を上げて声のした方を見る。


「剣の手入れを欠かさないのは騎士として立派な事だ」


 そう言ってセルゲイ大尉がゆっくりと近付いてくる。


「別に、騎士だとかそんなことは考えてません。ただ、この機体――アスベルに触ってると落ち着くんです。乗るのも整備するのも慣れてますから、無心になれるんです」


 エレナの言葉を聞いてセルゲイ大尉はクスクスと笑う。


「なるほど、機体そのものより機種に愛着を持つタイプか」

「そうですね。もし機体が選べる状況だったら、高性能な機体より手に馴染んだアスベルに乗りたいです」

「私も同じだ。アスベルのエンジン出力に敵う機種は多くないだろう。古い機種だが、傑作機だ」


 しばらくの沈黙の後、セルゲイ大尉は「それを活かした戦い方も出来たんじゃないか?」と零す。エレナは無言で彼の言葉を受け止めた。


「真っ直ぐ突っ込んでくる私たちに対して、キミたちも接近して近接戦闘に持ち込もうとした。加速して一旦距離を取り、一撃離脱攻撃を加えることもできたはずだ?」


 返す言葉が見つからない。まさか衝撃波で殴られるとは思ってもいなかったが、言い訳するつもりはなかった。


「しかし、雲に飛び込んだのは良かった。私も驚いたよ」

「つい最近、雲を利用した戦い方をする相手に出会って、真似してみようと思ったんです。まぁ、雲を出てからの攻撃は避けられましたが……」

「なるほど、敵から学ぶという訳か。それも間違いじゃない。オードリーも言っていた通り、筋は良いんだが、思慮の浅いところが残念だな」


 アスベルの下までやってきたセルゲイ大尉は、そっと機体に上るための梯子に触れる。その瞬間、エレナの腕に鳥肌が立つ。


「良かったらマンフレート隊に来ないか? アリョーナ少尉?」

「気付いてたんですか⁉」


 エレナはコクピットに上ろうとするセルゲイ大尉を睨む。大尉はこれ以上刺激しない方が良いと判断したのか、ゆっくりと機体から離れていった。


「私と瞳の色が同じだから、もしかしたら同じヘドウィグ人なんじゃないかと思ったんだが?」

「当たってはいます。けど、ヘドウィグ人に金色の瞳が多いって話には統計的な根拠はありません。偶然ですよ」

「そうかもな。だが『えにしある偶然』ということもある。私はキミとの出会いに運命を感じずにはいられない。キミは才能を持ってる。俺たちの部隊に来れば、その才能をもっと伸ばすことが……」

「マンフレート隊には行きません。私はまだ、実戦部隊にいたいです……」


 リズを守るために。エレナは言外に付け足した。


「成りあがるより現場に立ち続けたいか……まぁ、悪くないさ」


 セルゲイ大尉は少し名残惜しそうにため息をつく。エレナはそんな彼の後ろから、すらりと背の高い女が歩いてくるのに気付いた。


「あら、私を差し置いて小娘に浮気?」


 彼女に声をかけられ、セルゲイ大尉は気まずそうに振り返る。


「人聞きの悪いことを言わないでくれ、オードリー。私は子どもに手を出すようなことはしないさ」


 セルゲイ大尉は笑いながらオードリー中尉の肩に手を回すと、エレナが見ている前で熱い口づけを交わした。突然の出来事に、エレナはぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


 長いキスの後、オードリー中尉は機上のエレナに勝ち誇ったような顔を向けてくる。


「ごめんなさいね、セルゲイは私のものなの」

「そういうことだ。では、私たちはこの辺で……」


 そう言い残し、セルゲイ大尉とオードリー中尉は肩を寄せ合って格納庫を出ていく。


 再びエレナは一人になった。


「一体、何だったの?」


 エレナの頭の中は混乱していた。セルゲイ大尉にマンフレート隊に勧誘され、ヘドウィグ人だとバレて、彼とオードリー中尉が恋人だと知って……


 ぐちゃぐちゃの思考を整理して最後に残ったのは、「大人ってスゴイ」という子どもじみた感想だった。


――Mission Accomplished――

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ルフトリッター~幻獣と東の聖女~ 赤木フランカ(旧・赤木律夫) @writerakagi

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