第18話 最終話・風の王
多忙な日々が続いていた。
仕事にも慣れ、自分ながら、よくやれていると思うようにもなった。その沙都子に、いつも笑って口笛を吹く上司から驚きの通達を告げられた。
「揃ったな」
上司の前に並んだのは、沙都子と守山だった。
「オリンピック、な。あれ、お前等で行け。言っとくがキツいぞ。どうキツいか――までは優しく教えん。自分で経験しろ。若林は初めてだから、細々なことは守山に聞くように。以上だ」
口笛を吹き、もう行けと手で合図をした。深々と頭を下げる沙都子を、守山は笑って見下ろしていた。
一年後――
「おい、編集長からメールだ。読むぞ?『良い記事だ。掲載決定。もっと良い記事書くように』だとさ」
黙って聞いていた沙都子は巨大なガラスの向こうに見える飛行機を見やった。
――あれに乗れば、十時間で日本ね。あっという間だったな…。
青い空に、走る若者の姿が見えた気がした。何者も追いつけない風の王は、誰よりも速く吹いていく。誰も未だ切り裂いてはいない空気を裂き、誰もまだ見ていない未来を見ている。
ほんの十秒に満たない時間を、なんと愛おしく思えたのか――と、沙都子は思い返す。
「カッコよかったですね」
「あ?あぁ、世界が興奮の大記録だからな。なにしろ日本人初の――」
守山の言葉は、沙都子には聞こえていなかった。記録は、選手の後を走って付いてくる。一番は選手だ。
――カッコよかったな、二人とも。
搭乗開始のアナウンスが聞こえ、沙都子と守山は同時に立ち上がった。
「なあ、腹減ったな」
「機内食、あげませんよ」
「おい…貰った事あったかよ」
「帰ったら、たらふく蜂蜜舐めてて下さい」
「ん?」
笑って先に立つ沙都子を追い、守山が訊ねた。
「なんで蜂蜜なんだ?おい!待てって!」
風の王 狭霧 @i_am_nobody
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