第889話 変なこと たくさん(シリーズ4 おしまい)

昨日の午前の診察。4年ほど前に近くの大学病院で手術を受けられた方。当院への受診も不定期なのだが、診察にやって来られた。診察を行ない、定期薬を処方するところで、


「先生。大学病院に紹介状書いてほしいんやけど…」

「はぁ…。どうされたんですか?」

「手術の後、定期通院ができてなくて、2年ほど経ったんですわ。『大きな手術もしたし、定期的に見てもらわなあかんなぁ』って思って、大学病院に行ったら、受付で『そんなに長いこと受診してないのなら、紹介状がないと受診できません!』って言われたんですわ」

「ええっ?そうなんですか?うちで診ている病気じゃないので、本当に内容のない紹介状になりますけど、それでよければ…」

「じゃぁ、おねがいします」


とのこと。いや、大学病院の受付、おかしいがな!!


医師法には「応召義務」が記載されていて、「特別な事由がない限り、診察の求めに応じなければならない」となっている。


「特別な事由」というのは結構厳しくて、「診療科が違う/専門ではない」というのは、ギリギリアウトかセーフか、というところである。最近は少なくなったが、「自宅兼無床診療所」という構造のところでシミュレートして見ると、「うちの婆さん、急に腹が痛くなって冷や汗をかいている」と「眼科」の先生の玄関を叩いて「うち、専門じゃないから無理」というのは許されそうだが、「うちの13歳の息子、急に腹を痛がって冷や汗かいてます」と「内科」の先生の玄関を叩いて「うち、専門じゃないから無理」というのはアウトだと思われる。


因みに「今日お酒飲んでしまって、結構酔ってるねん」という事なら「応召義務に対応できない」と判断される。


大学病院なので「専門外」はあり得ない。診察時間に受診しているのである。しかもそこで手術を受けているわけだ。「選定療養費」という形で、通常の診療代に加えて、特別なお金を取ってよい、と厚生労働省からは許可を受けているわけである。なので、本来であれば受付は、


「通常の診察代に加えて、選定療養費として○○円(1万円だか2万円だか、病院が勝手に決めてよい)がかかります。待ち時間もずいぶんかかるので、診察が夕方頃になるかもしれませんが、それでよければお受けいたします」


と対応するのが妥当だと思う。「紹介状がない」というのは「応召義務」を果たさなくてよい、という理由にはならない。


とはいえ、「紹介状がないと診れない」と断る大病院は結構多い。私の研修医時代の話であるが、ひどい話があった。


確か年齢は40~50代くらいの男性。朝に、突然激しい頭痛と嘔吐が起きたため、市立病院を受診した。診てもらおうとするが、「紹介状がないと診れません」と断られたそうだ。その市立病院はそれがルーティーンになっているのだろう。市立病院の前にいくつかクリニックがあり、そこで紹介状を書いてもらうように受付の人から言われたそうだ。


門前薬局ならぬ門前クリニックを受診し、紹介状を書いてもらい、再度受付に行くが、「受付の11:30を過ぎたので、今日は受付できません」と言われたそうだ。その方は真面目な人だったのだろう。わざわざ夕方の診察が始まるまで待って、市立病院ではない当院の、たまたま私の外来を受診されたのだった。


患者さんから、その話を聞いて(特に「突然強い頭痛が始まった」という言葉を聞いて)、


「すぐに、頭のCTを撮影しましょう!」


と、命綱となる点滴路を急いで確保してもらいCT室に。結局クモ膜下出血だった、という経験をした。


医療法の詳細を知らないので申し訳ないが、「紹介率」と言って、受診された患者さんの何パーセントが「紹介状」を持ってきているかで、病院の施設基準に触れることがある。なので「紹介状」を持つ患者さんを増やす必要がある、というのもわかるのだが、それでも、それでもである。


私の知らないところで手術を受けて、どんな手術かもわからないのに「紹介状」を書くわけである。いい加減なことこの上なし、であるが、このような書類についても、「患者さんの求めがあれば、特別な事由のない限り作成しなくてはならない」のである。


結局、このような紹介状を作成したのである。


「平素よりお世話になります。患者さまは貴科にて○○年、○○術を受けられたそうです。しばらく定期followを受けておらず、貴院を受診したところ、貴院受付より「紹介状がないと診察できない」と診察を断られたそうです。ご本人は貴科でのfollowを強く希望されてます。ご高配のほど、よろしくお願いいたします」


このように内容のほとんどないような紹介状を書いても、「診療情報提供料」として幾許かのお金が加算されるわけである(健康保険を使えば、選定療養費よりは安価)。


研修医時代のことを思い出しつつ、「変な話だなぁ」と思った次第である。

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