第870話 「時代の最先端」だったからこそ「時代」を感じる

今日の午後、いつものごとくNHKラジオR1を聞いていた。アナウンサーがリクエストに応えて音楽を流した。曲は喜多郎氏の「シルクロード」。


今、wikipediaで調べると、1980年の曲だそうだ。「喜多郎」氏は、今もシンセサイザーを用いた音楽の第一人者であり、私の記憶では、このころに注目を浴びるようになったように記憶している。私が小学生時代のころである。子供のころ、氏の音楽を聴くと、生楽器と違った近未来的な音が広がって、独特のイメージの広がりを感じていたことを覚えている。


さて、久しぶりに氏の曲を聴くこととなった。確かに壮大な曲ではあるのだが、この曲を聞いて頭に浮かんできたのは、私が関西人だからか、中学高校のころの「日本橋電器店街(でんでんタウン)」の風景だった。店頭に置かれていたPCから流れていた音楽、それが脳裏に浮かんできたのだ。「シルクロード」ではなく「でんでんタウン」である。何という私の「発想の貧困」!


とはいえ、故無きことでもない。1980年代は電子音楽も急速に発展した時代である。1980年初期には、PC-8001やPC-6001がメジャーなPCであった。PC-6001は3和音のメロディを奏でることができたが、PC-8001は音源ボードが内蔵されておらず、当時使われていたプログラミング言語「BASIC」では、ブザー音を出す”BEEP”という命令しかなく、機械本体としては「プー」と音を出すことしかできないものであった。


当時のプログラマーたちは頑張って機械語(CPUを直接動かす命令セット)でプログラムを作り、Beep音を素早く鳴らしたり音を止めたり、ということをさせたり、当時一般的だったデータレコーダー(カセットテープレコーダー)を動かしたり止めたりする信号を出す「リレー(on/offスイッチ)」を高速で動かすことで、メロディーを作っていた。ちなみに、「リレー音」がどんな音か、と言えば、自動車の方向指示器を動かしたときに「カチカチ」と音が鳴る、その音が「リレー音」である。


1980年代半ばだったと思うが、PC上で音楽活動をするための規格「MIDI」ができたり、PCで音楽をするにも、より自然な音を出せるような「FM音源」が搭載されるようになった。1990年代半ばともなると、PCでCDが再生できるレベルになり、機械語でBEEP音を素早くon/offしてメロディーを作っていたのはいったい何だったんだろう?と思うレベルになった。友人から安価でMacintoshのLC525を譲ってもらったとき、Macintoshで普通に音楽CDを聴くことができることに、とんでもなく驚いたこと、衝撃を受けたことを覚えている。


シンセサイザーにデジタルもアナログもあるものか!と言いたくなるが、実際のところは、The Beatlesの実質ラストアルバム”Abbey Road”で、シンセサイザーが使われているので、1980年ころには、ミュージシャン用のシンセサイザーは1980年後半~1990年初頭くらいに一般ユーザーに行きわたる程度のものができていたのだろう。


先ほど調べて分かったことだが、YMOの“RYDEEN”(雷電)も1980年に作成、発表された曲らしい。


YMOの“RYDEEN”は、明確なメロディーがあるので、そのメロディーの力強さにかき消されて、「電子音源」の「時代的限界」を感じることはあまりないのだが、喜多郎氏の「シルクロード」は「メロディ」が明確、というよりも、音の重なりで、空間の広がりを感じさせる曲となっているので、逆に、その時代のシンセサイザーの「音」が感じられた。言葉は悪いが「8ビット/16ビット」の世界、あの頃の「でんでんタウン」を歩いていると聞こえてきた「電子音」が私の中に蘇ってきたのである。


氏の音楽性の高さは私が語るまでもないが、用いていた機械が「時代の最先端」だったがゆえに、その時代の「技術的限界」が目立ってしまい、私の頭の中に、「でんでんタウン」を思い上がらせてしまったのだろう、と思う。氏の曲の中の電子音に「昭和」から「平成」にかけての電器屋街を感じてしまったのだ。


実際に曲としては1980年なので、昭和55年。まだ平成になるには10年ほど先のことである。そういう意味では10年を先取りした音作りをしていた、ということなのだろう。


今のDTMのクォリティ、BEEP音や「リレー」のカチカチ音からメロディを作り上げていた時代、両方知っているからこその「感慨」なのかもしれない、と思ったりする。

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