第866話 お辛い気持ちはわかりますが…。

NHKのラジオニュースで、朝も夕方も報道されていたが、COVID-19後遺症を治療する病院が足りない、と取り上げられていた。朝のニュースではさらっと報道されていたが、夕方のニュースでは、実際の患者さんへのインタビューもされており、「対応できる病院がなく、診断もつかず、今も不安です」とのことであった。


ニュースでは「きちんと対応できる病院を増やしていくことが課題です」と報道されていたが、ことはそれほど単純ではない。


厚生労働省から発表されている、「COVID-19後遺症 診療ガイドライン」の最新版を確認したが、その一番最初に書かれていることは、「現時点では有効な治療法は開発されていない」ということである。複数の大規模臨床研究が取り上げられているが、それでも有効性を確認されたものはない、ということであった。


ガイドラインをざっと斜め読みしたが、COVID-19後遺症として問題になりやすい「呼吸苦」、「嗅覚・味覚障害」、「全身倦怠感やブレインフォグ(頭がぼーっとして集中できない状態)などの神経学的障害」について確認したが、いずれも要約すると「他の疾患と鑑別のために専門的評価を行なう」「他の疾患が否定されればCOVID-19後遺症と診断する」「一般的な対症療法を行ない経過を観察する」ということになっている。


夕方のニュースでインタビューを受けていた方は、COVID-19罹患後9カ月間、全身倦怠感がひどく、仕事に行けない、ということだったが、インタビューでは、「きっちり診断をつけて、しっかり治療してほしい。現状では今後のことを考えると不安で一杯だ」ということをおっしゃっておられた。


お気持ちはよくわかるのだが、「しっかり治療してほしい」というところについては、「明確に有効性が確立された治療法」がないので、どうしようもないのである。


私が訪問診療を行なっている患者さんでも、COVID-19後遺症で全身倦怠感、ブレインフォグが強い、ということで訪問診療開始となった患者さんがおられる。もう4年間訪問診療を行なっており、その間にもう一度COVID-19に罹患されたのだが、2回目の感染では、特に後遺症なく(というか、罹患の前後で自覚症状に変化がなく)治癒された。強い全身倦怠感を訴えられているが、筋肉量は年齢を考えるとしっかり保たれており、室内の移動の様子を見る限りでは「年齢相応」である。「ずっと頭がぼーっとしている」とおっしゃられているが、受け答えは素早く、しっかりと応答されており、他覚的には、「年齢相応」としか言いようのない状態である。


もちろん、「自覚症状」を反映した「他覚的所見」がないからと言って、「問題ないですよ」と患者さんのおっしゃることを否定はしない。倦怠感については、漢方薬の「補中益気湯」を処方し、ブレインフォグについては、対応する適切な薬がないので、「如何ともしがたいです」と伝えている。


ネットを見ていると、COVID-19後遺症に対して、「原因は上咽頭の慢性炎症」として、「上咽頭擦過療法」が有効、というサイトをよく見かける。「治療を受けた人の7割で自覚症状の改善が見られた」などという記載が見られたが、厚生労働省のガイドラインでは、上咽頭擦過療法に対しての記載は見当たらなかった。


上咽頭擦過療法は、1960年代に「慢性上咽頭炎」の治療法として開発された手技で、上咽頭(鼻の奥)に1%塩化亜鉛を塗布する治療法である。


最近では少なくなったが、私が子供のころは、「喉が痛い」と言って病院を受診すると、のどに「ルゴール液」と呼ばれるヨードの含まれた茶色い液体を塗られていた。「ルゴール液」をのどに塗布することに意味があるかどうか、ということについても医師の間で意見が分かれていて、「エビデンスがないので意味がない」という意見と、「実際に塗布した患者さんからは「のどの痛みが楽になった」と言われることが多く、意味はあると思う」という意見で真っ二つに分かれていた。


上咽頭擦過療法でも、なぜ「ルゴール液」でもステロイドでもなくて「1%塩化亜鉛液」を用いることになったのか、というところまで本来は突き詰めなければならないのだが、1960年の文献を探すのは難しい。また、治療の有効性を評価するためには、「その治療を受けた人の7割が改善したと感じた」というだけでは不十分である。「case-contol study」や「前向きコホート試験」で、治療を受けた人と受けていない人のその後の経過がどうなったのかを比較しなければ「エビデンス」としては弱いのである。


“To cure sometimes, To care always”(病気を治すことができるのは時々だが、患者さんのケアをするのはいつでもできる)


という言葉があるが、現時点で医療者に可能なのは、おそらく”cure”ではなくて、患者さんのしんどさによりそう”care”が限界なのだろうと思った。


そういう点で、実際にそのように苦しんでいる方と向かい合う仕事を行ない、医療の限界を知っている私たちにとっては、ラジオの報道は、「現状を知らず、無責任な希望」を医療者側に押し付けているなぁ、という印象を感じた次第である。

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