第865話 「当たり前」のことだけど、自分の中では「クリーンヒット!」

GWも明けて、今日は久しぶりの仕事だった。大体長期休みの後の仕事は「荒れ狂う」ことが多い。いつも通り午前7時前に職場につき、白衣を着ようとした。随分と日中は暖かくなったので、いわゆる「ケーシー」と呼ばれる半袖の白衣である。


「ケーシー」と呼ばれる所以は、私が生まれる以前に流行したアメリカの医療ドラマ、「ベン・ケーシー」から来ているらしい。アメリカでは医者の中でも最もエリートとされる脳神経外科医であるベン・ケーシーが、「術衣に着替えやすいから」という理由で来ていた白衣がこのタイプの白衣である。半袖で、ボタンが男性なら右側に、女性なら左側によっているタイプの白衣である。ただ、「術衣に着替えやすい」という話だが、実際のところはそうでもない。もちろん、ネクタイを締めて、長袖の白衣を着ているよりははるかに着替えやすいのだが、それは単純に「着ている枚数が少ない」だけの話である。一番早い装いは、単純に「術衣(スクラブ)」の上に長袖の白衣を羽織る、というものである。


それはさておき、休み明け早々に、白衣のボタンが一つ取れてしまった。しかも、一番力のかからなさそうな、肩側についている3つのボタンの真ん中である。何で取れたんだろう?と不思議に思いながら、今日一日はボタンの一つ足りない白衣で過ごした(仕事が終わった後、自宅に白衣を持って帰って、自分でボタンをつけて、洗濯かごに入れた)。


都合4日間休んでいたので、自分のメッセージボードには、看護師さんからのたくさんの報告、指示依頼が書いてあった。3階病棟では7人の患者さんを、回診するのには10分ちょっとだったが、指示出しに1時間近くかかってしまった。2階病棟でも指示出しをして、あっという間に9時からの午前診の時間となった。


私は週3回の外来枠を持っているが、そのうちの2枠は、ベテランの先生とのペア、1枠は非常勤の先生とのペアである。ベテランの先生には、常連さんがたくさんいるので、どうしても「初診」の患者さんが私のところに回ってくる。緊急度の高い患者さんであったり、主訴そのものが「とらえどころのない、訳の分からない」患者さんが「初診」として来院されるので、どうしても私のところにそのような患者さんがやってくる。非常勤の先生とペアの時は、やはり「ややこしそうな」主訴の患者さんは「常勤の先生に」ということで看護師さんが私の外来に患者さんを回してくる。


ということで、結局私が外来の時はいつも、「初診」で「難しそうな」患者さんが私に回ってくるようになってしまう。そのような場面こそが、本来「何でも内科医」の主戦場であるのだが、なかなか手ごわいところでもあるのだ。


今日は久々に「濃い」外来だった。私のかかりつけ患者さんの定期診察の合間を縫って、様々な訴えの患者さんがやってきた。「10日前から右足が痛くて歩けなかった。痛みがましになったのでようやく病院に来れた」という主訴の患者さん。右足を見ると、右母趾MTP関節を中心に半径約4cmの腫脹紅斑が見られた。慎重に触診し、痛みは右母趾MTP関節、と診断した。10日も症状が続くのは不自然ではあるが、可能性の最も高い疾患は「痛風発作」と考えた。急性の単関節炎では常に「化膿性関節炎」を考慮する必要があるが、仮に「化膿性関節炎」なら、10日も放っておけば、関節破壊が起きて、もっと大変なことになっているであろう。


診断はある意味「確率論」である。頻度の高い部位に起きた典型的な症状、鑑別すべき疾患を示唆する所見に乏しければ、確率に沿うのが適切である。この患者さんには、


「まず足の腫れと痛みを抑えましょう。痛風発作の最中に、尿酸値を下げる薬を開始するとかえって症状が長引くので、足の腫れが引いてから、尿酸値などの検査をしましょう」


と説明して、消炎鎮痛薬でもかなり強めのものを処方した。


「身体のあちこちが痛い」という主訴で、2人の女性が別々に受診された。1人は中年期後半の女性。痛み方も、あまり規則性があるわけでないが、痛みそのものは眠れないほどだそうだ。頭の中には「線維筋痛症」を思いながら、膠原病などの除外のため、血液検査をして、鎮痛剤を処方し、次週再診とした。「線維筋痛症」の診断基準、復習しておかなければならない。


もう一人は若い女性。対称性の肘関節、膝関節痛を訴えておられた。関節の熱感はないが、他動や触診で疼痛が増悪する。この方は、なんとなく膠原病っぽい。この方も血液検査と鎮痛剤を処方し、次週再診とした。この女性も鑑別すべき疾患は「線維筋痛症」だろう。改めて、「復習しておかないと」と思った。


5/1(水)の夜の診察に「体調不良、排尿時痛」で受診されていた若い女性。その時間帯は非常勤医師の診察枠である。検尿沈査を確認し、明らかな膿尿が見られていたが、医師は「水分をしっかりとるように」という指示のみであった。「高齢女性」では「無症候性膿尿」は珍しくはないが、若い女性では珍しい。この時点で「尿路系に感染が起きている」と判断して、抗生剤で対応すべきだった。その後も体調不良が続き、40度の発熱が2日続いている、ということで、市立夜間休日急病センターを受診。尿路感染症として3日分の抗生剤、解熱剤を処方されていた。「薬がなくなった。身体もスッキリしない」ということで私の外来に受診された。発熱は昨日には下がった、とのことだった。


看護師さんの予診で、前もって尿検査を提出してくれていた。初診時に比べると膿尿は改善しているが残存していた。身体診察では右側腹部~背部に叩打痛を認めた。おそらく彼女は「左腎盂腎炎」だったのだろう。抗生剤開始から2日間で解熱しており、抗生剤は効いているような経過である。ただ、腎盂腎炎で、解熱してもぐずぐずと体調不良が続くことはしばしばである。少しモヤモヤしながら、抗生剤、解熱剤の処方を継続した。再発熱があれば速やかに、2日後の時点でも体調がスッキリしなければ2日後の私の外来に再診するように伝えて、経過観察とした。このまま体調が戻ってくれればよいのだが。


初診の方はこれらの方だけではなく、いわゆる「発熱」を主訴に来られて、COVID-19,インフルエンザの抗原検査を受けられた方もそれなりに来られた。今日も、インフルエンザの患者さん、COVID-19の患者さんもおられる一方で、検査は陰性だが、発熱、咳嗽、鼻汁、咽頭痛という「かぜ症候群」に分類される症状の方も多かった。検査が陽性となれば、対応はある意味自動的に決まるが、検査がすべて陰性であれば、しっかり身体診察を評価し、肺炎などが隠れていないかを確認したうえで、「かぜ症候群」として抗生剤を使わず、対症療法薬で経過を見てもらう。もちろん、「3日後にも発熱が続いていれば、必ず再診してください。その時はレントゲンや血液検査をしましょう」と伝えている。かぜ症候群から、その後肺炎を起こすことはしばしばであるからである。


そんなようにして外来を進めていたが、外来時間も残り少なくなった時点で、70代の男性が「初診」で受診された。普段は高血圧などで当院に定期通院中の方である。お話を聞くと、5/3に魚の刺身を食べたが、5/4から便秘でおなかが張って痛かったそうだ。5/5に市立夜間休日急病センターを受診し、「便秘」との診断で下剤を処方されたが、便は一向に出ず、腹痛も持続していた。腹痛が続く、ということで受診された、とのことであった。おなかの張った感じが強くて、たまらないとのことだった。


ある程度高齢の方で、「便秘で腹が張って痛い」という訴えで受診された方は、基本的には「便秘」ではなく、先に「腸閉塞」を考えた方が良いと思っている。急病センターの医師は、そういうことを考えなかったのだろうか?と不思議に思いながら、身体診察を行なった。


腹壁はやや硬い印象で、全体的に圧痛を訴えた。腸蠕動音は良好、打診ではややtympanic、打診すると「みぞおちのあたりに痛みが響く」とのことだった。


「腸閉塞」「上部消化管穿孔」を鑑別診断として考え、腹部CTと院内緊急項目の採血を指示した。


結果が出るまでの間にも、待っておられる患者さんの診察を進め、結果が出そろった。腹部CTを見ると、消化管穿孔を示唆するfree air像はなかったが、明らかな小腸の拡張、ニボー像の形成を認め、大腸は虚脱していた。カルテ山積みだったので、丁寧に閉塞機転を探る時間的余裕はなかった。診断は「小腸閉塞」。行なうべきことは、速やかに高次医療機関に転送し、腸管虚血の有無を評価し、手術を行なうか、保存的に管理可能かを判断することである。患者さんを呼び込んで結果を説明した。


「おなかの写真を確認しましたが、小腸がどこかで詰まっている『小腸閉塞』という状態です。今からすぐに、大きな病院に紹介しますね。しっかり診てもらいましょう」

「いや、先生。わしの感覚では、浣腸をして便がドバーッと出たら、多分スッキリすると思うんですわ」

「いや、おなかの写真を見ると、大腸は空っぽでへしゃげているので、浣腸しても出てくるべき便がないです。小腸がパンパンに張っているので、おなかの張りが強いんだと思います」

「入院せなあかんかなぁ。入院が必要かどうかは向こうの医者が決めはるんやろ?」

「もちろんそうですよ。でも、この状態なら入院する可能性は90%以上やと思いますよ」


と説明。急いで紹介状を作成し、受け入れてくれる病院を探すので、待合室で待っていてほしい。少し時間が欲しい、とつたえて、待合室で待機してもらうように伝えた。


地域連携室に診療情報提供書や当院での画像、血液検査を持っていき、至急の転院調整をお願いした。


そしてまた外来診察に戻る。30分ほどして、地域連携室から


「受け入れ病院が決定したので、至急受診してほしい」


との連絡があった。ご本人を呼び込もうとすると


「待合室にいません」と外来看護師さん。医事課受付に確認すると


「支払金額が足りないから、コンビニでお金を下ろしてくる」


と言って出て行った、とのことらしい。


「なんじゃそりゃ?」


と院内の連携の悪さにガックリした。本人には「重症だから待っておくように」と伝え、看護師さんは状況を把握していたはずだが、医事課には伝わっていなかったようだ。


「腹が痛い」と言っていたのに、コンビニにお金を下ろしに行くのは大変だ。しかも病状が病状である。患者さんが「一見さん」ならその対応もありかもしれないが、この患者さん、継続して当院に通院中の方である。自己負担分の支払いは少し待ってあげてもよくはないか、と思わなくもなかった。


何とか本人が戻ってきて、大急ぎで急性期病院に受診のために移動してもらった。


「重篤な疾患」を見逃さずに対応するのは、医療機関としては「当たり前」のことではあるが、結構「便秘で腹が張って痛い」という訴えに対して、「下剤」を出して、「はい、お終い!」としている医療機関は少なくないのが現実である。実際、急病センターも同様の対応をしていたわけである。ということで、検査設備もそこまで充実しているわけではない、いわゆる私たちのような「まちのお医者さん」で「重篤な疾患」の患者さんを過たず診断、対応するのは結構難しいのである。


結局、外来が終了したのは、受付終了から1時間後、そのあと、緊急で病棟で対応すべきことがあったので、バタバタと処置、書類作成を行ない、14時前にようやく昼食にありつけた。


今日も午後から新しい患者さんが入院される、と勘違いしていて、目を三角にして仕事をしていたが、勘違いで助かった。これで新入院があったなら、昼食は「抜き」となっていた。


そして16時ころ、患者さんを転送した病院から連絡があり、


「これから緊急手術になります」


とのことだった。おそらく腸管虚血を起こすような絞扼性イレウスだったのだろう。多分そうなら、あと一日遅れていたら、取り返しのつかないことになっていただろう(閉塞し、拡張した小腸はかなり長かったので、術後、短腸症候群になるかもしれない)。


冷や冷やものの毎日である。まぁ、今日は外来、よく頑張った!と自分で自分を褒めておくことにする。

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