第864話 自らの「偏見・先入観」を恥じる。

私の中学は、3つの小学校から生徒が集まっていた。彼女と同じ小学校からやってきた友人たちから話を聞く限りでは、彼女の評価はそれはひどいものだった。曰く「すぐに怒るし、怖い」と。


彼女とは3年生の時に同じクラスになった。私たちのころは、今の世代のように男女間の壁が低いわけではなく、男子は男子同士、女子は女子同士で固まっていて、男子と女子の交流、というものはほとんどなかった。なので、同じクラスになったとはいえ、彼女がどんな人なのか、良く分からなかったのが正直なところであった。


学校の「恒例」として、3年生は文化祭で各クラスとも「演劇」をすることとなっていた。私のクラスは、当時流行していたマンガ「Be Bop Highschool」を基にストーリーを作る、ということになった。荒れた中学校だったので、多くの生徒はそのマンガに共感していたのかもしれないが、私は読んだこともなく、いわゆる「不良文化」にあこがれも何もなかったので、私としてはそれほどやる気があったわけではなかった。


クラスでの劇の配役も、私自身はあまり興味がなかったのだが、


「保谷、おまえ『教師』役な」

「ああ、ええよ」


と答えていたが、最終決定の段階で、


「保谷、教師役、『○○がやりたい』って言うてるから、教師役の話はなしで」

「ああ、ええよ」


と、私の知らないところで、「失職」してしまった。あいにく、美術的センスが全くない私なのだが、残された仕事は「大道具係」しかなかった。ということで、「大道具係」を拝命することになった。大道具係は結局、私、小学校時代からの私の友人M、女子はHさんと彼女の4人となった。


大道具係となって、彼女と話をするようになると、友人たちの評価があまり正しくないことに気づいた。確かに彼女は「怒りっぽく」見えるが、彼女の立場で見てみれば、彼女の怒りは「正当」であり、周囲が「無神経で理不尽」であることが分かった。彼女は「彼女への偏見、先入観」と戦わざるを得なかったわけであった。言葉を交わせば、彼女はいわば「普通の女子」であった。私は、私の偏見、先入観を恥じた。


「何だ、普通の『女の子』やん!」


と思うとともに、どうしてそう思ったのかはもう忘れてしまったが、「彼女を思いきり笑わせよう」と決意した。不遜にも、「彼女はこれだけ笑顔になれる人だ」と周りに知らせたい、とでもその時の私が考えたのだろう。彼女は実は、大阪弁でいうところの「ゲラ」、つまり、些細なことでもよく笑う人だったのだ(たぶん「ゲラゲラ笑う」ところから、よく笑う人のことを「ゲラ」というようになったのだろう)。


彼女がゲラであったこと、私が父親譲りの「ダジャレ好き」だったことがうまくかみ合って、大道具の4人は、毎日私のダジャレで爆笑だった。「つまらない」ダジャレをマシンガンのように連発していると、「つまらないダジャレを連呼する私」という存在が「面白く」なるようだ。「これでもか!」と言うほど、彼女を笑わせることに注力した。そして彼女は「涙を流すほど」笑い転げていた。


文化祭が終わっても、私と彼女は友人だった。お互い受験生なので、次に僕らの中で流行したのは、「英単語しりとり」だった。友人Mと彼女は同じ部活に所属していたので、私、友人M、彼女の3人でよく「英単語しりとり」で遊んでいた。私は英語が得意だったので、ハンデとして彼女には「辞書を使っても良い」とハンデをつけたが、大体私が勝っていた。「くやしい~!」と言いながら、何度も「英単語しりとり」で遊んでいた。懐かしい中学時代の思い出である。


それから、もう38年が経ってしまったのだが、私が食卓に着き、家族全員で食卓を囲むと、私の真向かいに座っているのは彼女である。そして両サイドには二人の息子が座っている。今でも彼女は私のダジャレに「涙を流して」笑い転げている。彼女は、「中三のあの頃が学生時代で一番楽しかった」と言ってくれている。彼女を世界で一番「笑顔」にした、あるいは「笑かした(笑わせた、の関西弁)」のは、自信をもって「私」だと言える。


昨日は二人の結婚記念日だった。なので、少し昔話を書きたくなった次第である。

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