第856話 そこに「愛」はあるんか?

ひたすら広告を打っているのか、どういうことか分からないのだが、YouTubeを見ていると、ローン会社の「アイフル」の広告が入ることが多い。一応我が家も私も現在は無借金経営なのだが…?


「アイフル」の広告では、決めフレーズとして「そこに『愛』はあるんか?」が使われている。「アイフル」の「アイ」と掛けているんだろうと思いながら、5秒見たらskipしている。


「医師の総労働時間規制」の決定をある意味後押しした事件でもあった、神戸市にある「甲南医療センター」の専攻医(医師免許取得後3年目)が過重労働の末自殺した事件。先日ご遺族が起こした損害賠償請求の裁判の第1回弁論が行われた、とニュースが報じていた。


以下は神戸新聞 4/22の記事から


<以下引用>

 甲南医療センター(神戸市東灘区)の医師高島晨伍さん=当時(26)=が2022年、うつ病を発症して自殺したのは長時間労働が原因だとして、大阪府内に住む両親が運営法人「甲南会」(同)と男性院長に計約2億3千万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が22日、大阪地裁(林潤裁判長)であった。甲南会側は業務と自殺との因果関係を否定し、請求棄却を求めた。


 高島さんは20年4月から同センターの研修医として勤務。22年4月に消化器内科の専攻医(旧後期研修医)となったが、同年5月17日、退勤後に自宅で自殺した。訴訟は、学会の準備や研究などの「自己研さん」と業務との線引きが争点の一つとされる。


 両親は訴状で、高島さんは診療業務と専門医資格を取るための研修プログラムや学会準備が重なり、100日連続で勤務したほか、在院時間などから算出した直前1カ月の時間外労働が約240時間に及んだと主張。病院側は労働時間を適切に管理せず、過重労働を認識しながら業務軽減などの措置を取らなかったとしている。


 母の淳子さん(61)は意見陳述で「晨伍は消化器内科に同期もいない環境で多くの対応を行い、指示された仕事を孤独の中で懸命にこなした」と訴えた。


 これに対し、甲南会側は答弁書で、研修プログラムは専攻医の自律的な取り組みで「指揮命令関係はなく、労働ではない」と反論。業務量も「標準的かそれ以下」で、過重労働はなかったなどと主張した。

<引用ここまで>


記事には引用されていなかったが、甲南会側は「病院にいる時間全てが労働時間ではない」とも発言していたそうである。


「法廷闘争」ゆえ、と言えばそうなのかもしれないが、明確に遺族側と完全対立である。「請求棄却」を求めている、とまで言っていると考えれば、病院側は完全に「自分たちに非はない」と考えているわけである。


亡くなった専攻医の遺書も公開されているが、明らかに「オーバーワーク」が自殺の原因と分かる内容である。なので私は病院側に、


「そこに『愛』はあるんか?」


と強く問いたい!


一緒に働いていた仲間、後輩が亡くなったのだろう?多少なりとも、自分たちの仕事の進め方や、指導方法など、振り返り改善しようという気持ちはなかったのだろうか?仲間に対して「申し訳ないことをした」という思いはなかったのだろうか?


自分たちの仲間に親愛の情を持てないで、どうして患者さんに愛情をもって、優しく医療を行なうことができるのだろうか?どう考えてもおかしいだろう!私は腹立たしくて仕方がない。


「初期研修医」は制度が必修化されたことに伴い、「不慣れな初期研修医」から患者さんを守るため、と同時に、「患者さんとのやり取りなど、不慣れな業務」から初期研修医を守るために、非常に細かな制約がついている。私は初期研修医必修化初年度の人間だが、そのころと比べて、今の制度はかなり制限が強くなっているそうである。


アメリカの研修医制度もそうであったが、アメリカで「初期研修医」に相当する研修医は病院側に非常に厳しい制限が課されていて、それを守れなければ、その病院はその後「初期研修医」を受け入れることが許されなくなる。日本の現行の「初期研修医」制度は、アメリカのそれを参考にしていたと記憶しているので、「初期研修医制度」が確立した後に、日本でもアメリカでも同じことが起きたのである。それが、「初期研修」終了後の若手医師の過重労働である。厳しい制限が外れ、従前から医師の世界が慢性的なオーバーワークの世界であるので、どうしても一番弱いところにしわ寄せが来るのである。


ちょうど私が医学生のころ、アメリカでの「専攻医」のオーバーワーク問題についての本を読んだ記憶がある。時間がずれて日本でも起きている、ということである。


しかし、本来「専攻医」は単純な雑用係でも、小間使いでもない。「専攻医」を受け入れる、ということは、その専攻医に知識と技術を身に付けてもらい、医療の最前線で一緒に働くことのできる「仲間」を作ることである。


各病院は「専攻医」を受け入れ、育てるためのプログラムを用意し、それに共感した「若い医師」が「専攻医」として、そのプログラムにエントリーするのである。「専攻医」を受け入れるためには、「厚生労働省の天下り機関」と名高い「日本専門医機構」が指定している課題をクリアできるようなプログラムを作成すると同時に、「プログラム責任者」も用意するように決めている。なので、病院側が言うように「研修プログラムは専攻医の自律的な取り組みで『指揮命令関係はなく、労働ではない』」というのは大きな嘘である。病院側が「専攻医はこの研修プログラムに沿って働いてください」と提示しているのであり、当然病院側の指揮命令関係があり(当然「プログラム責任者」が中心、各科の指導医も含まれる)、当然のことながら「労働」でもある。


研修医だけではなく、本来は医師全員が”on the job training”を行なっている。「外来診療、病棟管理、訪問「診療」などの医業は、当然それまで自身の身に付けた技能で行なっているのと同時に、その医業から、また新たに学ぶことも多いのである。どの仕事も本質的にはそうなのかもしれないが、「労働」と「自己研鑽」を明確に分離することはできない。


特に「初期研修医」や「専攻医」はより「自己研鑽」の比率が高くなるのは必然であるが、「労働」が完全に消えることはないだろう(ここが医師免許を持たない医学生との違い)。それに、「専攻医」がその病院にいる一番の理由は、「専門医」を取得することであって、「この研修プログラムを終えれば、専門医が取得できる」ということになっているのであり、研修プログラムに沿って仕事をしている限りは、「労働」と「自己研鑽」は同義であり、並立するものであるはずである。


私が何より驚いたのは、この記事には書いていないが、病院側の発言で、「病院にいる時間全てが労働時間ではない」というものである。一般的な労働訴訟で、そんなふざけたことを言ったら、その時点で「労働3法を理解していない」として「大失態」となる発言である。


労働者が職場にいる場合、たとえ休憩時間だとしても、緊急の連絡の際には対応しなければならない状況に置かれている場合には、「業務命令下」に置かれているとして、「労働時間」と解釈されるわけである。例えば、「研修レポート」を作成していたとしても、横に院内PHSを置いて、呼び出しに対応して病棟に顔を出したりしていたなら、その時間は「労働時間>>自己研修時間」という解釈である。


「言うに事欠いて…」というのは全くもってこのようなことである。この発言を初めて聞いたときは、開いた口がふさがらなかった。


「日常業務」に疲れていたのであれば、「診療科長」を中心とする指導医が、「研修レポート」や「学会発表」など、「日本専門医機構」が設定した基準に追われ、疲弊していたのであれば「プログラム責任者」が配慮すべきであろう。それぞれが「管理責任」を問われてもおかしくはないのではないか(診療科長と診療科専攻医は明らかに「上司、部下」の関係であり、プログラム責任者と専攻医の関係は、「プログラム提供者と受講者」の関係である)、と思うのである。


甲南医療センターはこの悲しき事件の前にも、「専攻医たち」から、「業務改善希望」を出されていた、という報道も耳にしていたことがある。それを顧みることなく、オーバーワークでsuicideが起きても、「我関せず」の姿勢を貫いているわけである。自分たちの病院を信頼してきてくれた若者ではないのか?その若者を失って、「遺憾」の意思表示すらなく、遺族の方の請求棄却を求めているわけである。もう一度繰り返すが、


「そこに『愛』はあるんか?」


である。そして、自死された専攻医の業務量が「『標準的かそれ以下』で、過重労働はなかった」というのは、全くもってひどく、許しがたい発言である。「死人に口なし」とはこのことか、と怒りを覚えるほどである。故人を貶めるのは本当に大概にした方が良い。


私は「医学生」たちからは「ハードトレーニング」で知られている病院グループの後期研修を終了した。月のほとんどは、土曜か日曜に24時間当直が入っていたし、朝はAM7:30に仕事を開始。当直明けにも通常の勤務をして、その日の帰宅が22時ころ、なんてことは珍しいことではなかった。dutyのない土日であっても、自宅を離れていない限りは病棟回診には顔を出していたので、もしかしたら無意識のうちに100連勤していたのかもしれないが、それでも、ここまで追い込まれるようなことはなかった。「標準的かそれ以下」ってどういうことだろう?その発言の基となる客観的根拠はどこにあるのだ?と私は問いたい。


裁判官が、常識的な判断をしてくれることを願うばかりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る