第850話 つまり、AHAの「PERASプロバイダコースに合格させよ」ということですね。

ソースは毎日新聞 4/19付、Yahooニュースより。


<以下引用>

一宮市立市民病院(愛知県一宮市)に入院していた女児が退院後に窒息状態となり、意識を回復しないまま3歳で死亡したのは病院側の対応に問題があったとして、女児の両親が市に1億1230万円の損害賠償を求めた控訴審判決で、名古屋高裁(長谷川恭弘裁判長)は18日、両親が敗訴した1審判決を変更し、病院側の過失を認め市に計約7500万円の支払いを命じた。【道下寛子】


判決によると、女児は2018年2月に誕生。喉頭の組織が軟弱で、気管が塞がりやすく呼吸がしづらい「喉頭軟化症」と診断され、呼吸を補助する器具「気管カニューレ」を装着していた。


同年7月下旬に別の病院から一宮市立市民病院に転院。その後、8月中旬に同病院を退院するまでの間に器具が外れる事故が3回起きていたが、両親に具体的な説明をせず、緊急性の高い呼吸悪化が生じた場合の対処法や気道確保の重要性についても説明、指導を行わなかった。


女児は同病院を退院した翌日、何らかの原因で器具が閉塞(へいそく)して低酸素脳症となり、意識が戻らないまま21年2月に死亡した。


1審判決は病院側の対応に問題はなかったとして請求を棄却したが、2審判決は医師らが両親に緊急的な事態に即した指導をする義務があったことを重視。長谷川裁判長は「療養指導義務を怠った過失があると言わざるを得ない」と指摘し、両親が気道確保の重要性を認識した上で救命措置を施していれば「低酸素脳症を回避することができ、死亡することもなかった」として過失と死亡との因果関係も認めた。


判決後、女児の父親は「原因が分からなくて、自分たちに原因があると思っていた。自分たちを責める気持ちでいっぱいだった。今回の判決で病院の責任を認めていただいて、娘の無念を晴らせたことでほっとした」とコメントを発表した。


両親の代理人を務める森下泰幸弁護士は「療養指導義務違反を指摘する判決はしばらく出ていなかったとみられる。意義のある判決だ」と強調。気管カニューレが外れる事故は全国で相次いでおり、「今回の判決を受け、退院時には必ず救命方法などの指導を全国の病院で徹底してもらいたいし、指導・説明に対するガイドラインなどができればいい」と訴えた。


一宮市立市民病院は「判決文が届いていないので、現時点ではコメントを差し控える」としている。


<引用ここまで>


詳細が明らかにされていないので、何とも言い難いが、全文を読むと「は?」と言いたくなるような記事である。


当方、高齢者を中心に診療を行なっている内科医であるが、後期研修医時代は新規に入院された方を、入院中に「気管切開」を行なったり、「胃ろうを造設」する、ということは珍しいことではなかった。なので退院時は必ず、気管切開部の管理方法や吸引の方法など、胃瘻についても胃瘻からの栄養注入方法や胃瘻の管理方法など、説明し、看護師の監視下で実践してもらい、安全かつ過たずできることを確認してから退院してもらっていた。時には人工呼吸器をつけたままでの退院もあったので、人工呼吸器のトラブル時のアンビューバッグでの対応なども指導していたように記憶している。


診療所で訪問診療を行なっているときも、そのような機械をつけている方については、ご家族の方もしっかり日常の管理や緊急時の対応を身に付けておられたように記憶している。私の担当患者さんではなかったが、ALSで人工呼吸器管理となっておられた方、呼吸状態の悪化で、2回程緊急呼び出し、神経内科主治医のいる大学病院までの救急車での搬送に付き添ったことがあるが、アンビューバッグの使い方、私よりご家族の方が上手だった(私も6年間のERやICUで当たり前のように使っていたので、ある程度「うまい」と思っているのだが)。


現在勤務中の病院でも、身体に人工的なもの(ストマであったり、尿道カテーテルであったり、胃瘻であったり、CVポートであったり)をつけて帰られる方については、日常の管理などについてスタッフが指導を行ない、きっちり管理ができる状態になるまで練習してから退院となっている。


なので、記事にあるように、「両親に具体的な説明をせず、緊急性の高い呼吸悪化が生じた場合の対処法や気道確保の重要性についても説明、指導を行わなかった」ということについて、「あぁ、そうですか」とは思えないのだ。


10分間呼吸が止まれば、それまで元気だった人も死んでしまうわけである。なので何より「呼吸」にかかわることについては、スタッフも慎重に説明しただろう、と思うのだ。


Yahooニュースには子供さんの写真が掲載されていたが、気管切開カニュレには「人工鼻」がつけられている。


「鼻」の役割は、「においを感じる」こと以外に、「異物をトラップすること」「適度な加温、加湿を行なうこと」という働きがある。人工鼻は、鼻の働きの中で、後者の2つを担うものである。


気管切開を行なっていない、普通の状態では「鼻呼吸」をするので、鼻の中を空気が通る際に、鼻の粘膜の水分で加湿を、鼻の粘膜の体温で加温が行なわれ、適切に加温、加湿された空気が気管~気管支~肺胞を通過するので、それぞれの粘膜へのダメージが低くなる。


気管切開カニュレを留置すると、乾燥し、微細なほこりなども含まれた空気が直接機関に入ることになる。なので、フィルターでできた「人工鼻」をつけることが多い。人工鼻のフィルターは、N95マスクとほぼ同程度の性能を持っているので、細菌やウイルスの侵入を防ぐ。と同時に、呼気中の水蒸気でフィルターが湿るので、その湿り気で吸気を加湿する仕組みになっている。


ただ、「人工鼻」の危険なところは、フィルターに液体が付着すると、その部分は空気が通らなくなってしまうのである。室温との差で、人工鼻の中にできた水滴や、喀痰などがフィルターについてしまうと空気が入らなくなる=窒息するので、速やかに人工鼻を交換する必要がある。


ただ、このことは「人工鼻」を使っている人すべてに説明することなので、おそらく説明を受けているであろうと思うのだが。


また、気管切開カニュレについては、成人用のものは、先端に「カフ」と呼ばれる風船がついていて、それを適切な圧で膨らませることで一つは、口腔内からの垂れ込み、誤嚥のリスクを減らすこと、もう一つは、カフがつっかえとなってチューブが抜けにくくなる、という利点がある。


麻酔やERでの蘇生の際に使う、気管内挿管チューブ、成人用には「カフ」がついているが、小児用にはカフがついていない。その理由は不勉強で、私は知らないのだが、そこから類推すると、小児用の気管切開カニュレには「カフ」がついていないのだろう。とすれば、何かの拍子にチューブが抜けてしまうことは十分にありうる。児自身が首元の不快感で、抜いてしまう可能性も十分にあるだろう。なので、入院中に3回、「カニュレが外れた」ということについては、もちろん「こまめな観察」が必要なことだと思われるが、どこかで避けられないことでもある。また、「カニュレ」が抜けたからすぐ「窒息」するわけではないし、「カニュレ」が挿入されていても、内腔が喀痰で閉塞していれば「窒息」するわけである。


在宅で看ていくということであれば、カニュレ内の吸引処置の仕方なども指導されているのが普通である。重症患者さんをたくさん受け入れ、たくさん退院させている医療機関であるわけなので、その辺りに「手抜かり」があるとは思えない。


記事には、


「2審判決は医師らが両親に緊急的な事態に即した指導をする義務があったことを重視。長谷川裁判長は「療養指導義務を怠った過失があると言わざるを得ない」と指摘し、両親が気道確保の重要性を認識した上で救命措置を施していれば「低酸素脳症を回避することができ、死亡することもなかった」として過失と死亡との因果関係も認めた。」


とあるが、「緊急的な事態に即した指導」って具体的には何を指しているのだろうか?「人工鼻」内部が喀痰で汚染されたり、水が溜まっていれば「速やかに交換する」、気管切開チューブが抜けていて、児が元気そうだったら、チューブを清潔な水で洗って再挿入してあげる、呼吸が止まっていれば、心臓マッサージを開始し、速やかに救急車を呼ぶ、指導できるのはこれくらいだろう。


「両親が気道確保の重要性を認識した上で救命措置を施していれば「低酸素脳症を回避することができ、死亡することもなかった」として過失と死亡との因果関係も認めた。」


とあるが、この判断が正しいか否かは、「児がどのような状況で発見されたか」によるので、この記事だけでは、裁判官の判断の正誤を判断することができない。


児が窒息直後で、シーソー呼吸をしながら、どんどん顔色が悪くなってきている、という状況で発見されたのなら、急いで吸引処置をして気道の開通を図ることで、低酸素脳症を回避できたのかもしれない。しかし、発見された時点で、呼吸停止し、ぐったりしていたら、その時点で「気道確保の重要性を認識したうえでの救命処置」を行なっていても、「低酸素脳症」は不可避である。「時すでに遅し」なのだ。


「判決後、女児の父親は「原因が分からなくて、自分たちに原因があると思っていた。自分たちを責める気持ちでいっぱいだった。今回の判決で病院の責任を認めていただいて、娘の無念を晴らせたことでほっとした」とコメントを発表した。」


との記載があるが、「退院後に自宅で起こったアクシデント」は本当に「」なのか?と極めて疑問に思う。しかも、退院翌日の出来事である。入院中に「退院後に必要なケア」の指導が本当に「行われて」とすれば大問題であるが、標準的なケアの指導を受け、それがしっかり行えていれば、この死亡事故はだれの責任でもないものだと思われる。


AHA(アメリカ心臓学会)が、様々な状況下での救命処置の講習を行なっており、受講し、合格すれば、AHAから有資格の認定を与えられる。(AHAの認定がなくても、それぞれの人の職業ができる範囲で、その処置を行なうのは一向にかまわない)。医療従事者ではない、一般の「子どもと接する職業」に従事する人を対象にした小児の救命対応のトレーニングコースとして「PEARS」というものがある。受講に約2万円ほどかかり、8時間の講習が必要とされる。


判決では


「医師らが両親に緊急的な事態に即した指導をする義務があったことを重視。長谷川裁判長は「療養指導義務を怠った過失があると言わざるを得ない」と指摘し、両親が気道確保の重要性を認識した上で救命措置を施していれば「低酸素脳症を回避することができ、死亡することもなかった」として過失と死亡との因果関係も認めた」


とあるので、この判決に従うならば、障害を抱えた子供を自宅で看ていくご家族、特にご両親には、「緊急的な事態に即した指導をする義務」を果たすべく、ぜひ「PEARS」の受講を勧め、PEARSプロバイダとして合格することを、「自宅退院」の条件とすべきであろう。


この判決内容を見れば、「そのようにしろ」と言っているのに等しいように私は思うのだが、どうだろうか??

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