第846話 突然の耳鳴りと耳閉塞感。

昨日、帰宅後入浴しようとした17:50頃、脱衣所で服を脱いでいるときに、誘引なく突然に右耳に高調な「キーン」という耳鳴りを感じた。


以前から、時々短時間、右耳に「キーン」という高音の耳鳴りを自覚したり、ギターを弾いているときに、不自然に右耳だけが「少し不快なほどにうるさく耳に響く」ような感じを受けていたのだ。


私のエレキギターはアンプ、スピーカー内蔵型なので、ギターの正面から音が鳴る構造になっている。もちろんアコースティックギターやクラシックギターは正面にサウンドホールが開いていて、そこから音が広がるようになっている。


基礎練習など、多くの場合、弦を弾く「右手」ではなく、押さえて音の高さを決める「左手」の方を向くことが多いので、必然的に、左耳より右耳でギターの音を感じることが多い。


耳で音を感じる臓器は「内耳」であり、内耳に音が伝わるまでのどこかでトラブルがあり、音の聞こえが悪くなることを「伝音性難聴」(内耳に「音を伝える」部分のトラブルだから)、「内耳」から、聴覚中枢までの間が原因で起きる難聴を「感音性難聴」(音を感じ、脳に伝える部分のトラブルだから)という。


「伝音性難聴」、「感音性難聴」、それぞれ特徴的な所見があり、その特徴を生かした診察技法というものも存在する。


「感音性難聴」の特徴の一つに「リクルート現象」あるいは「リクルートメント」というものがある。聴力は落ちているのだが、ある一定の音量を越えると、ひどくうるさく感じる現象である。私がギターを弾いているときに右耳に感じる、「少し不快で耳につくようなうるささ」はもしかしたら「感音性難聴」のサインかもしれないなぁ、「時期を見て、耳鼻咽喉科でしっかりと聴力検査をしてもらわないとなぁ」と思っていた。


そんな中での昨日の「右耳の耳鳴り(耳鳴りは医学用語で耳鳴(じめい)という。以降は「耳鳴」と表記する)」である。あら、厄介だなぁ、と思いながら、もう裸になっていたので、そのまま入浴することにした。


頭や顔を洗った後、何となく右耳に水の入ったような「耳閉感」を感じた。これも「臨床医学」あるあるなのだが、片側性の聴力低下を「耳が聞こえなくなった」ではなく、「耳に水が入ったようだ」と表現する人が結構多い。特に水に入ったわけでもないのに、急に「耳に水が入った」みたいに、音が籠ったり、聞こえ方が不自然になった場合は、速やかに耳鼻咽喉科に受診する必要がある。


さて、入浴し、全身を洗って湯船につかりながら、様子を見ていたが、やはり右耳は「キーン」となって、水が入ったような「聞こえの違和感」が続いている。


急激に起きる片側性の耳鳴り、聴力低下、と言えば一番避けたいのが「突発性難聴」である。速やかに対応すれば、予後は良好であるが、治療が遅れるほど、聴力の予後は悪くなる。状況によってはほぼ聞こえなくなることもある。


突発性難聴の原因はいまだ不明であるが、音を感じる「有毛細胞」あるいは聴神経の低酸素状態が原因と言われたりしている。治療としては高容量のステロイド内服、そして漸減とされている。そんなわけで、急がなければならないと考えた。聴力が低下して、聴診器をまともに使えなくなったら、商売あがったり(雇われ人ではあるが)である。


お風呂から上がるとすぐに服を着替えて、近くの耳鼻咽喉科を探した。時刻は18:30、結構ギリギリである。


妻に


「ごめん、お風呂に入るときから、右耳に耳鳴りがして、聞こえが悪くなった。耳鼻科に行ってくる」


と伝え、Google先生に、自宅近くの耳鼻咽喉科を探してもらった。


近いところは2か所見つかった。一つは「古井耳鼻科」という、最近できた耳鼻科。もう一つは、「矢田耳鼻科」というクリニックだった。この「矢田耳鼻科」は、我が家の長男が幼稚園の頃、アレルギー性鼻炎で一時定期通院していたのだが、妻の印象が悪く、結局通院をやめ、私がそれ以降、今に至るまで処方を継続している、という少し因縁のある耳鼻科だ。


そのころ、妻は「待合室に『分からないことがあれば遠慮なくお聞きください』と書いてあるのに、質問したら怒られた」とのことだそうだ。答え方も口調がきつくて、叱られているように感じた、と言っていたことを覚えている。Googleマップの口コミも、あまりよろしくはない印象だった。


二つの耳鼻科の距離はそれほど離れてはいない。おまけに、その2か所以外は、「木曜の夜」という事でほとんどが休診だった。昼間に仕事を休むわけにもいかないので、大急ぎで車を飛ばしていった。


クリニック近くの駐車場に車を止め、「古井耳鼻科」に早足で向かった。角を曲がって、入り口を見ると、なんと内部は消灯されていた。入り口には


「4月から木曜の夜の診察はなくなりました」


と看板が出ていた。何てこったい!!!マジかよ…。


ならば「矢田耳鼻科」に行かざるを得ない。そこから必死に早歩き+走りで(走るだけだと私が死んでしまう)何とか18:50に受付に飛び込んだ。助かった。


「すみません。初めてです」


と受付を済ませ、初診の問診票を書き書きした。その時点で待ち患者さんが20人、という事で、結構繁盛しているようだった。


一応家を出る前に、簡単に「伝音性難聴」なのか、「感音性難聴」なのかを、自分自身で診察、評価はしておいた。


一つは”Weber試験“と呼ばれる手技で、鳴らした音叉を頭頂部に立て、音が頭のてっぺんでなっているように聞こえるか、どちらかに傾いてなっているように感じるか、という検査である。


診察用の音叉は確か112Hzくらいで、「ブーン」という音がする。私の持っているのは調弦用の440Hzの音叉なので、キーンと澄んだ音が鳴る。NTT電話サービスの一つ、時報サービスで、「ピッ、ピッ、ピッ、ポーン」となるが、その「ポーン」の音が440Hzである。


細かい説明は省くが、Weber試験、感音性難聴なら、健側の方に傾いて聞こえ(健側の方が大きく聞こえ)、伝音性難聴なら、患側の方に傾いて聞こえる(患側の方が大きく聞こえる)。


もう一つは”Rinne試験“と呼ばれる手技である。音叉をしっかり鳴らして、耳の後ろにある骨の突起(乳様突起)に音叉を当てる。時間とともに音は小さくなっていき、聞こえなくなる。聞こえなくなった時点で音叉を急いで、そちら側の耳の穴に近づける。音叉の音が聞こえると「正常パターン」、聞こえなければ「異常パターン」である。


最初に骨に音叉を当てるのは「骨導」と呼ばれる、骨を伝わって聞こえる音である。伝音性難聴は耳の穴から内耳に音を伝えるシステムにトラブルがあるので、患側の耳は、当然「異常パターン」になる。「感音難聴」は、伝音のところには問題がないので、「正常パターン」となる。実際に行うと、ひどい感音難聴では、健側とは明らかに異なり、ブンブン音叉が震えているのに「聞こえません」といい、耳の穴に近づけると「聞こえます」とおっしゃられるので、パターンとしては「正常パターン」でも、「明らかに聞こえが悪いやん」と分かることも多いのである。


この二つの試験を行ない、Weber試験は左耳(健側)が大きく聞こえ、Rinne試験は両側とも「正常パターン」だった。という事からも、「右耳の感音難聴」と推測を立てていた。


どうも私は最後から2番目の受付だったようだ。気長に待っていると、「先に検査します」という事で、純音聴力検査室に案内された。このクリニックのスタッフ、全員若い女性だった。できて10年も経てば、ある程度年季の入った人がいても良さそうなのだが、定着率が悪いのか、院長の趣味なのか、どうなのだろうか?


この症状で「めまい」があり、同様のことを繰り返していれば、「メニエール病」と言っていいのだと思うが、「めまい」は微妙な感じだし初発なので、何とも言えない。ただ、めまいがほとんどないのは助かる。


そしてとうとう自分の番が来た。呼び込まれて診察室の椅子に座る。


「こんばんは。よろしくお願いします」


とあいさつしたが、医師からの返事はなく、


「はい、座って。耳を見ますね」


といきなり診察が始まった。両耳の鼓膜を観察され、


「右の鼓膜がちょっと赤いね。たぶん軽い右の中耳炎を起こしているのでしょう」


とのことだった。


「あぁ、そうですか。急性発症の耳鳴、耳閉感、聴力の低下を感じたので、一番に「突難(突発性難聴)が心配で来させてもろたんです」

「うーん、この検査を見ると、「突発性難聴」は違うでしょう」


とのこと。純音聴力検査を見ると、気導は低音域で10dbほど低下していたが、骨導には左右差がなかった。確かにこのパターンは「伝音性難聴」のパターンだな。


「はい、鼻も見せて。はい、じゃあ喉も見せて」


と次々診察していく。


「アレルギー性鼻炎あるでしょ。薬を出しておきますね」


とのこと。確かに通年性アレルギー性鼻炎を持っているので、診断としては間違っていないのだが、私の印象としては、「主訴」、「自身が感じている症状」と「診断名」との解離が大きく、何となくモヤモヤしている。


「突発性難聴やったら、もっと聴力落ちますから。気になるんやったら、また来週でも検査に来てください。ちょっと様子を見ましょう」


とのことだった。


私のポケットの中に入っている「医師の格言集」には、


「自分が自分の主治医になる、という事は『最低の医師に受診する』という事である」


という言葉が載っている。自分のこととなると、どうしてもいろいろなバイアスが入ってしまうのだろう。この言葉に従って、いったん「モヤモヤ」はゴックンすることとした。


それに、通年性のアレルギー性鼻炎(あるいは「血管運動性鼻炎」というのが適切か?)があるので、点鼻ステロイドをもらえたのはラッキーである。


そんなわけで、昨日一日過ごした。


今日も、ふとした時に右耳の耳鳴があり、耳閉塞感は出現する。「大丈夫そう」というときもあれば、「いや、やっぱり聞こえにくよなぁ」と感じるときもある。


という事で、心配していた「突発性難聴」ではなさそうなのは良かった。


自分の症状をネットで検索、というのも「避けた方がいい」と言われることの一つだが、ネットで見てみると、大学時代には習わなかった(基本的には国家試験のガイドラインに沿った疾患を中心に学ぶので、珍しくない病気でも、「大学で習わなかった」という事は結構多いのである)「低音障害型難聴」というのがあるようだ。原因は不明だが、ストレスなどが関与、症状は反復すると書いてある。ムムムム・・・・。これ系の障害なのかもしれないなぁ、と思っている。

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