第840話 眼の奥にある臓器が悪いかもしれない

わたしは、火曜日から土曜日までを通常勤務の日としている。現職場の入職時に、「土曜日の医師が足りないので、どうしても土曜日は出勤してほしい」というのが条件だったからだ。代わりに月曜日をお休みとして週休2日としているが、Happy Mondayの日はちょっと損をした気分になる。


ということで毎週土曜日は出勤の日である。土曜の仕事帰りにはいつも疑問に思っていることがある。理由はよくわからないのだが、土曜日の帰宅時だけはなぜか、通勤経路にある交差点の一つがひどく渋滞しているのだ。純粋に「自然渋滞」なので、その交差点の交通量のキャパシティーを実際の交通量がオーバーしているだけなのだが、その交差点の先にショッピングセンターなどの商業施設もないので、なぜキャパオーバーになるのかが今でも分からないのである。


平日なら、一度の信号待ちくらいで通過できるのが、2,3回の信号待ちをしなければならない、というのは、少々面倒だし、後ろから来た車に横入りされることも多く、それもあまり気持ちのいいものではない。


高速道路の渋滞のように「逃げ場」がなければ、諦めて待つのだが、一般道では土地勘のあるところでは、抜け道を通っていくことが多い。もちろん住宅地で「住宅地のため、通り抜けご遠慮ください」とあるところは、基本的には通らないようにしている。


私の居住地も、前職場も、現職場も道幅の狭い地域なので、3ナンバーの車では使い勝手が悪い。ということで今の私の愛車は「小型普通自動車」に分類される(いわゆる「5ナンバー車」)SUZUKIのソリオ、現行型の1世代前のものである(8年物)。ご近所さんは、ほとんどすべてのお宅で、3ナンバーのミニバンか、外国車か、SUVのようだが、自宅の駐車場から車を出すときに、切り返しが必要なようである。また、我が家は車の後ろのスペースに自転車を止めているのだが、3ナンバーの車を駐車場に入れてしまうと、その横を自転車が通り抜けできないので、そういう点でも不便なのである。


昔のホンダ シティターボのように、「小さなボディ」に不釣り合いな「ビッグパワー」のエンジンを持つ車があれば、そういう車に乗りたいのだが、私の車の使い方、予算などを考えると、そのような車は視野に入らない。「家族4人が普通に乗れて、その状態でそれなりにしっかり荷物も積める」小型普通自動車、となると当時はソリオ一択であった。それに、ソリオ、8年乗っての私の不満は、下り坂や、高速道路での追い越しの時に、思ったようにエンジンブレーキがかからなかったり、キックダウンが思ったより効きすぎて、「MT車だったら、思うようにシフトチェンジができるのになぁ」とイライラすることがある程度で、後は不便を感じない。


閑話休題。その渋滞の道を回避しようと考えると、地図では、「メインルート」となりうる道路が平行に3本走っている。地図で見ると、一番左が通勤ルート、そこから距離を置いて2本、代用となりうる道路が延びている。普段の通勤路はアンダーパスで鉄道をくぐっているのだが、残りの2本は鉄道を超えないので、その道よりは空いているのだ。


鉄道のアンダーパスから問題の交差点までは、直線だが信号を3つ超えることになる。この日はアンダーパスを抜けた時点で、渋滞がアンダーパスのところまで伸びていたので、「ダメだ、こりゃ!」状態と判断し、右側の抜け道にシフトしていくこととした。自宅までの距離を考えると、真ん中のルートが道は狭いが最短、一番右側のルートはバス通りであるが、集落をぐるりと大回りすることになる。


真ん中のルートは駅前のタクシー乗り場のロータリーが起点となっている。その道が空いていたので、そのルートを通ることにした。


この道は少しカギ型の交差点となっており、自分が進もうと思っている道に入るには2mほど左折してから右折し、まっすぐ進んでいくこととなる。この道も交通量が多いので、駅からつながっている道には交差点、その先の少しずれた直進道路の出入り口には、白線で、中に「×」が書かれている白い四角の道路標示があり、「そこには車を止めないように」と表示がされている。


私の予想通り、その道は空いていて、交差点の一番前で、信号待ちをしていた。直行する道路の信号が赤に変わり、当方の信号が青になったので発車した。左折を始めると同時にすぐ右折の方向指示器を出したのだが、対向車線にいた、某「L」のつく国産高級車ブランドの車が、思いきり「駐停車禁止」の道路標示の上で信号待ちをし始めた。私の進行方向を思いきり「通せんぼ」である。対向車線のその部分は、少し膨らんでいて、1.8車線くらいあるのだが、その車が私を「通せんぼ」しているので、その車の左側に別の車が、これまた「駐停車禁止」の道路標示を無視して、車を停車させてしまった。


その車の後ろには、後続車両はいないのだが、運転手の男性は下がろうともせず、シートにふんぞり返って、私に「意味の分からない」ジェスチャーをしてくるのみだった。


7,8秒、「イラッ」としながら、相手の出方を待ったが動こうとはせず、対向車線に門どんどん車が連なっていった。私が先頭車両なので、私が動かなければ、こちらの道も渋滞してしまう、と考え、その交差点から自宅方向への道に入ることをあきらめた。


もし私の車が「ソリオ」ではなく、黒塗りの高級ミニバン、とか、ベンツEクラス、とかだったら、あの人はどんな対応を取ったのだろうか、とモヤモヤしながら私は車を走らせ始めた。


先ほどは「右折」してこの道に入ったのに、今度は「左折」することになった。ということは、結局元の道に戻る、ということである。ただ今度は、直進するはずだった交差点に、「右折」という形で入ることになったので、渋滞には捕まらなくて助かった。遠回りはしたが、多分信号待ち1回分くらいのロスで済んだのだろうと思う。


初期研修医1年目、研修を始めて3か月目くらいのことだったか、循環器内科をローテート中のことだった。指導医から、「この患者さん、この場所に雑音があるよ、聞いてみて」と、その場所に私の聴診器を当てて、聴診器を渡してくださった。その翌日からはその心雑音がバシバシ聞こえるようになったのだが、どういうわけかその日は全く聞き取れなかった。


「先生、よくわかりません」


と指導医に伝えると、


「おかしいなぁ、先生の聴診器もしっかりしたものだし、僕にはよく聞こえたんだけど…。わかった!先生の耳と耳の間が悪いんだよ。じゃぁ回診を続けよう」


とおっしゃられた。さらっと言われたので、数秒意味が分からず、そのあとでその意味に気づき、怒りとか恥ずかしさではなく、その先生の表現の『うまさ』にちょっと感動したことがある。


「駐停車禁止」の道路標示が見えなかったのなら、眼球の後方についている「網膜」の問題だろうし、見えていて、それでもその1.5m程度の隙間を我慢できずに詰めて車を止めたのなら、両眼球の後ろにある臓器に問題があるのだろう、と考えることにして、自宅に帰った。いったい何なんだろうねぇ?

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