第835話 本来は「国民皆保険制度」とセットで実施しなければならなかったと思う。

ソースはNHK news web(2024.4/7)より


<以下引用>

武見厚生労働大臣はNHKの「日曜討論」で、医師が都市部などに偏り、地方の病院で不足する偏在の問題をめぐり、地域ごとに医師の数を割り当てることも含めて検討すべきだという考えを示しました。

この中で武見厚生労働大臣は、医師の偏在対策について「今までも試行錯誤して、入学試験に地域枠を設けるなどしてきたがまだまだ偏在を解消できていない。地域ごとの医師の数の割り当てを、本気で考えなければならない時代に入ってきた」と述べ、地域ごとに医師の数を割り当てることも含めて検討すべきだという考えを示しました。


<引用ここまで>

国民皆保険制度ができたのは、1961年(昭和36年)のことなので、もう60年以上前のことである。この制度ができるまでは、「医療」は「贅沢品」であり、「医者を呼ぶときは『死亡診断書を書いてもらうときだけ』」なんて言葉がまかり通っていた時代であった。国民皆保険制度のおかげで、誰でもがある程度「当たり前」のように医療サービスにアクセスできるようになったわけである。


おそらくそのころは、現在ほど「都会」と「僻地」の格差は大きくなかったように思われる。なので、武見厚生労働大臣が述べたように、「地域ごとに医者の定員」を決定する、という事も、その当時ではある程度可能だったのではないか、と思っている。あるいは、保険診療医を「準公務員」として、国がそれぞれの医師のキャリア形成を勘案しながら、各地域に配置する、という事も当時であれば可能だったのかもしれない。これだけ私立病院や私立のクリニックが都心で乱立してしまった現代であれば、それは難しいことかもしれないが。


アメリカではそもそも医療がとても高額で、国民が「破産」する一番の原因が「医療」という、なんともおぞましい事態になっているが、それは横に置いておいて、アメリカでは、各種学会が強い権限を持ち、「その診療科の専門医養成コース」に進める人数を各学会で定めている。アメリカで最も高収入、最も地位が高いとされているのが「脳神経外科」であるが、「脳神経外科専門医育成コース」に入るためには、非常に高い倍率の試験を受ける必要がある。当然、学業成績や、初期研修医のころの成績も必須である。各診療科がそれぞれ国の実情に合わせた「定員」を設けているので、「診療科のアンバランス」は日本ほどひどいわけではない。


「人がかかる病気の8割は、よくある2割の病気である」という言葉を学生時代に聞いたことがあるが、この言葉はおおよそ正しい。なので、「特定の分野に特化した専門医」の数はそれほど必要ではない。むしろ、その2割に対応でき、「その2割の病気ではない」と診断して適切な専門医に紹介できる医師の方が、数としては必要なのである。アメリカでは、各学会の「専門医コース」に進める人数を、学会として厳格に決定している、という点で、日本のように「誰もが自分の希望する診療科に」というスタイルで生じる診療科間の人数のアンバランスを生み出さないようにしている。


イギリスでは、NHS(National Health Service:国民健康サービス)という医療形態がとられており、原則としてすべての国民は、自分が登録されているGP(General Physician:一般内科医)にまず診察を受けることになっている。「一般内科医」と訳しているが、先ほどの2割にかかわる疾患(内科に限らない)をカバーしており、当然小児科も診察する。ある程度の傷であれば、縫合処置する。ギプス固定で管理可能な骨折ならギプスを巻く、典型的な肩関節脱臼などであれば整復する、など、「内科医」というよりも「総合診療医」というのが適切であろうか。GPの診断で、「専門医」の治療が必要と判断されれば、GPより、各専門医に紹介され、治療を受ける、という流れになっている。医療費については、NHSの流れに沿っている限りは「無料」となっている。


NHSの問題はGPから専門医への紹介に時間がかかることであり、例えば、GPで「早期胃がん」と診断され、消化器外科へ紹介となったが、消化器外科の予約日が3か月後。その間に「早期胃がん」が「進行胃がん」に進展した、などという笑うに笑えないこともあるので、待ちきれずにNHSの流れを外れて専門医に受診する、という事もある。この場合には「専門医」は自費診療となる。


イギリスでは、GPがどの町に何人配置するか、という事は国に決定されており、NHSの枠を外れて診察ができる医師となるためには、医師会の厳しい審査があるとともに、その資格に定員があるため、空きが出ないと、NHSの枠を外れた専門医になることができない。という点で、医師の数、配置は国家と医師会によって厳格に制限されている。


以前、NHKだったと思うが、ドイツの開業医システムの番組を見たことがある。ドイツの医師会も、日本の「弁護士会」と同様に必ず入会しなければならず、各地域の開業医の数は、医師会によって厳格に決められている。イギリスと同様に、その枠が空かなければ、自分で勝手に開業することはできない、と決められている。


ヨーロッパは、おそらく古くからの職能集団「ギルド」の流れを引いていて、「医師会」の力が「医師」に対して強く、医師会が自律的に「地域医療に必要な医師の配分」を決定している。アメリカは、「民間保険会社」の存在のために「とんでもない医療状況」となってはいるが、「専門医の数」は「各学会」が自律的に決定しており、医師の診療科による偏在が起きにくいシステムとなっている。


という点で、時すでに遅しの感はあるが、武見厚生労働大臣の発言については、「国民全体に(ある程度)等しく医療を供給する」という点では傾聴すべき点はあると思われる。ただ、日本という国がこれから人口が縮小化していくので、「医師の偏在化の防止」だけでなく、「コンパクトシティ化」であったり、「地域の医療機関の集約」なども含めてシステムを考えていく必要があるだろう、と思う次第である。

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