第820話 「小手先の『効率化』ではなく」

3/31の読売新聞、3面の記事「スキャナー」、明日から始まる運転手、建設作業員、医師の「罰則を伴う残業規制」の影響を取り上げていた。


建設作業員の「残業規制」の影響は現時点でも生じていて、様々な建築物の「完成予定」が当初より遅れていることが増えているようだ。ただ、建築物の完成が遅れても、多くの場合は、誰かの命に直接関係するわけではない。


運転手の労働時間については、時間だけでなく、走行速度などを含めて、「タコグラフ」という装置で厳格に管理されている(ことが多い)。休憩のタイミングなど、制限がいろいろとあるのだが、その制限通りに行動していないと会社側からお叱りを受ける、ということになっている。例えば、4時間走行すれば30分以上の休憩を取る、というルール、例えば、深夜から早朝の仕事で、朝のラッシュアワーの渋滞を避けるために、6時間連続で走行して渋滞多発地域を超え、そのあとで、50分ほどの休憩を取る、ということは許されていない。


荷主からは「到着時刻」を指定されていて、それに間に合わせなければならないのに、四面四角な規則のためにかえって運転手にストレス、負荷をかけている場合も珍しくはない状態である。


物流がスムーズに回らなければ、確かに困るのであるが、私たちの世代が生まれた昭和40年代。「即日配達」や「翌日配達」などのサービスがなかったころも、私たちはそれなりに社会を回し、生活を回していたわけである。もちろん、本当に「時間勝負」の荷物があるのも事実であるが、すべての荷物がそうであるわけではない。とすれば、現行の産業システム、物流システムを大きく見直し、本当に「時間勝負」であるものと、そうでないものを分け、そうでないものは配送に少し時間をかけても良い、ということにすれば、何とかなるのではないか、と思ったりする。


一番悩ましいのは、「医師」の労働時間制限である。「基本は休憩時間で、深夜帯に時に呼び出される程度」という「宿直」の定義にマッチした「当直業務」の病院も少なくはないが、「夜間はほとんど一睡もできない」のが普通、という当直業務を行なう医療機関も多く、そのような病院が、そのような病院に働く医師たちが最も夜間に発症した急性疾患の患者さんの命を救っているのである。


しかしながら、きわめて滑稽なことに、そのような病院がトリックのような詭弁を用いて「宿日直許可」を得て、そのようなハードな労働を「宿直」とごまかすことがいわば「常識」になってしまっている現状である。


先日、クモ膜下出血で亡くなった医師の労災認定が却下された、というニュースを見た。現実の勤務実態は、通常の日勤業務に加え、当直業務ではたくさんの患者さんに対応し、とても「宿直」とは言えないものだった。遺族側が、患者さんのカルテ記載など、その医師の「労働実態」を証明する証拠を提出したが、病院側が「宿日直許可」を得ていたため、実際はハードな労働実態があったにもかかわらず、「夜間の過重労働はなかった」という解釈で、裁判でも遺族側の敗訴となった、というものであった。「医師」の労働時間制限は、「医師」を守るためのものではなかったのか??極めて滑稽な話である。


先日の、私が所属する市医師会勤務医部会でも、地域の救急医療を担っている病院がことごとく「宿日直許可」を、かなりアクロバティックな方法で労基署から得ることで、残業規制を乗り越えようとしていた。


状況によっては医師の時間外労働は最大1960時間/年まで許可されているので、本来なら、そのような病院は、「医師の時間外労働を1960時間/年」までの申請を出し、実労働に対して、適切な給与を支払い、そのうえで、不足する医師の確保を考慮するのが「正しい在り方」だと思うのだが。ただ、そのようにしてしまえば、人件費の問題で、病院の経営が成り立たないのかもしれないが。


運転手、建設労働者の残業規制や様々な労働条件の規制が却って、労働者の不利益になってしまうこともある。医師については、必死に仕事をしていたのに、その証拠も明確に存在しているのに、「宿日直許可」を取っていた、という理由で実際に行っていた労働を「なかったことにされる」なんてことは、「バカバカしくてやってられない」と思う。そんな制限なら、ない方がよほどましである。


「労働者のため」という改革で、逆に「労働者の労働トラブル」から「労災」システムを使わせないようにしている、というように見えてしまうのだが。


記事の最後では、「業務の効率化を進める契機ととらえ云々」と書いてあったが、「小手先の『効率化』」ではなく、システムの根幹から考え直さなければならなかった問題であろう。ただそれを行なうには「5年」では足りなかったのか、真剣に取り組んでこなかっただけなのか、それは私には分からないところであるが。

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