第800話 さすが、役人の考えは深いわ。

本年度は診療報酬改定の年度であり、改定の詳細が決定した。新聞では「診療報酬は増額」と書いているが、何の何の、実際には多くの中小病院、内科系クリニック、訪問診療クリニック、精神科などは「減収」となりそうだ。


先日の当院での医局会。医事課より診療報酬改定についての説明&当院への影響が説明された。


入院については、4月から当院は、病床数を減らして、すべての病床を「地域包括ケア病棟」として扱う事となった。現在そのための院内改修などを行なっている。


今回の診療報酬改定で、地域包括ケア病棟の入院料は現在2089点(保険診療では現在、1点=10円で計算するルールとなっている。厚生労働省内では、1点=9円にしよう、という動きも出ているそうだ。)が2838点となる。これだけを見ると大盤振る舞いにも見えるが、実は落とし穴がある。「地域包括ケア病棟」の入院期間は「60日以内」と定められている。これまでは60日間すべてが2089点で計算されていたのだが、改定後は、「入院40日まで」は2838点なのだが、「41日以降」は2690点と減算されてしまう。


「地域包括ケア病棟」の目的は、急性期治療を終えた患者さんが自宅、あるいは自宅に準じた施設(グループホームなど。老人保健施設は含まない)に帰ることを目的とした病棟である。患者さんへのリハビリを行なったり、褥瘡などの処置を行なったり、施設調整を行なったりするのがこの病棟の存在意義であるが、「60日」というのは全く余裕がない。少なくとも容易に調整がついたり、自宅に帰ることができる人は、急性期病院からすぐ帰ることができるわけで、そうスムーズにいかない人のための病棟である。なので私の患者さんの場合は、多くは60日ギリギリラインで何とか、という事が多い。


医事課も、「41日以降は診療報酬減額」という事を考慮して、1月分の患者さんの点数比較をしたところ、新制度の方が68万円近く収入減となる、となってしまった。


在宅診療についても、「施設入所中の方への訪問診療」については、管理区分が細分化されてしまい、1月分で比較すると、当院では6万円近く減収となってしまう。在宅支援診療所は今増えてきており、医師の求人サイトでも訪問診療医を高額で募集しているが、そんな金額が払えなくなる可能性がある。


内科外来については、特定の疾患についてはこれまで「特定疾患治療管理料」という加算が算定されていた。喘息や高血圧、脂質異常症、糖尿病などなどである。この管理料を加算するためには、受診の際に患者さんに「指導したこと」をカルテに記載しなければならない。


「いや、俺そんな指導を受けたことがない」と思われる方もおられるかもしれないが、実際の私の外来でのやり取りを見てもらえれば、少しわかりやすいのではないかな、と思う。例えば、高血圧の診療であればこんな感じである。


「おはようございます。お待たせしました。今日は寒いですね」

「先生、本当に今日は寒いねぇ」

「最近、体調はどうですか?」

「体調は特に変わりないですよ。気になることはないです」


「おうちでの血圧はどんな感じですか?」(私の外来に来られる高血圧の患者さんには、自宅での血圧測定法を指導し、測定してもらうように伝えている)

「はい、手帳につけて持ってきました。見てください」(高血圧治療中の方は、薬局で相談すると、製薬会社さんが降圧薬に無料で付けている「血圧手帳」をくれることが多い)

「ありがとうございます。しっかり記録をつけてくださってますね。とても大切なことです。前回のところから拝見すると、自宅血圧はおおよそ130台くらい、いい数字だと思います。ではお身体を診せてくださいね」


…診察…


「診察しましたが、待合室での血圧も安定していますし、心音、呼吸音も問題ないです。ではいつものお薬を処方しますね。飲み忘れのないように。では、お大事に」


とやり取りをして、カルテを記載する。前回受診日からの受診が前回処方薬の日数とほぼ同じであれば、「薬はきっちり飲めている」と判断して、


「自宅血圧は130台で安定。服薬のアドヒアランスも良好。良い状態で安定している。自宅血圧測定を継続すること(自宅血圧測定をきっちりしていることに対して褒め、「大切なこと」と伝えている故)、薬の飲み忘れがないように指導した」


と患者さんとのやり取り(SOAPでのカルテ記載)とは別枠でまとめて赤枠で囲っている(指導内容のまとめ、として)。このようにして、療養上の管理、アドバイスをした場合に算定できる点数である。これは現行では147点+特定疾患処方管理加算66点が追加されるので、213点が再診料に上乗せされる。これは結構大きな点数であると同時に、結構手間でもある。いい加減な診療、いい加減な経営を行なっていると判断された医療機関に監査が入ると、内科であれば、大抵ここを見られる。いい加減なことをしていれば「返金」しなければならないが、開業の無償診療所であれば、一撃で倒産するほどの金額を返金しなければならなくなる。


という事で、外来診療の「アキレス腱」でもあったのだが、6月以降、算定対象疾病から高血圧、脂質異常症、糖尿病が外れることになった。


この3疾患についてはさらに縛りが厳しくなり、「生活習慣病治療管理料」という形となる。規定としては「当該患者の同意を得て治療計画を策定し、当該治療計画に基づき、生活習慣に関する総合的な治療管理を行なった場合に算定」とされている。つまり、今までの上記のようなやり取りではなく、個々の患者さんに対し、明確な治療目標を提示し、患者さんの同意の証として署名を頂いて、初めてこの管理料が取れるようになる。この管理料は2つの区分があり、「検査・注射を包括(みなし残業のように、この管理料の中に検査、注射のお金をあらかじめ組み込んでおく)」している「管理料1」が660点、検査や注射はこれまでのように出来高払い(検査をしたとき、注射をしたときだけ、それにかかった点数を追加でもらう)の「管理料2」が330点となる。治療計画書の作成は4か月に1回必要、という事になった。


現在の点数と比較すると、「再診」で処方箋を発行した場合(ふつうは薬を出すはず)、406点、金額として3割負担なら1220円(1点=10円、10円未満切り上げとなっている)。「管理料1」を取る場合は、795点、窓口負担2390円、「管理料2」を取って、検査などをしなかった場合は468点、1400円となる。


管理料を取らなければ、再診料75点+処方箋料 60点で135点、400円にしかならない。これでは病院はつぶれてしまうので、1,2、どちらかの管理料を頂くことになる。


ただ、基本的には書面でサインをもらう事(これも、現在厚生労働省が進めている、「電子カルテの共通フォーマット」に則った電子カルテを使う場合には「サインは不要」となっている。ここでも、画一化された電子カルテへの圧力が強くかかっていることがわかる)、4か月に1度は、書面作成のために血液検査などが必要となるので、医療者側にとっても、患者さん側にとっても負担が大きい。医療者側にとっては、患者さん一人当たりの診察時間が長くなるので、患者さんの待ち時間も増えれば、当然待ち時間に対するクレームも来る。


医療機関の「儲け」だけを考えれば、管理料1を取るほうがお得であるが、これまでの窓口負担の2倍になるわけで、患者さん側としては、「何でこんなに急に金額が増えるねん!」と怒りの種にもなりうるし、それで受診控えが起きれば、患者さんの健康上の不利益が大きい。自分のところに患者さんが来なくなるかもしれない、というリスクもあるわけだ。


現実としては、管理料2を取って窓口負担の上昇を抑えることになろう。4か月に1回書類の説明を受け、サインをして、という手間が患者さんには増え、医療者側にも大変な手間が増える、という制度である。


これは医事課で、生活習慣管理料加算を全く取らない場合を2月受診分のレセプトで試算したそうだが、1か月で185万円の減収、となるそうである。とてもじゃないが、この加算を取らなければ、病院がつぶれてしまうわけである。


6月から実質的な診療報酬改定となるようだが(これはすべて決定事項)、「診療報酬プラス改定」どころか、よくよく見れば、「減収」となるところがとても多い。


この結果を見れば、「日本医師会が政府に圧力をかけて暴利をむさぼっている」という論調がいかに誤っているか、分かるであろう。


保険診療や、介護保険サービスは、価格を国(厚生労働省)が決めているので、インフレが進んでも、給料の「原資」となる「診療報酬」が実質的に上がっているわけではないので、上がりようがないのである。


「プラス改定」となった医療費でさえこうである。「マイナス改定」となる介護保険分野がどんな状態になっているか、推して知るべしである。


介護職は平均年収が全職種平均よりも月額約7万円低い、という結果が報道されていたが、この超高齢化社会、「介護」を担う人がいなければ、多くの「働き盛り」と呼ばれる世代の人が「介護離職」に追い込まれることになる。


社会保障費が莫大になっていることそのものも深刻であるが、現実として莫大なものとならざるを得ない状態にもなっているのである。


医師法第一条には


「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」


と規定されているが、相反する問題を複数抱える中で、どのように医療を持っていくべきか、極めて悩ましいと思うこの頃である。

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