第784話 1日休むと、次の日が大変+COVID-19クラスター(2)(激動の土曜日シリーズ)

続きです。


さてさて、そんな感じで外来を進めていくと、またもや、悩ましい患者さんが受診された。患者さんは30代の男性、奥様、あるいは彼女さんも一緒にお見えになられていた。


患者さんを呼び込む前にカルテを確認すると、数日前に、私ではない医師の外来を受診されていた。その際にいくつか検査をされており、「結果を聞きに来た」ということで来院されたようだ。前回オーダーされた検査の項目を見て頭を抱えた。


「これで一体、何を見ようとしたのだろうか??」と。


検査を提出する際には、必ず、何らかの意図をもって検査を行なっている。ほとんどの場合は、病歴と、前回カルテを見れば、前医がどのような意図をもってその検査を出したのか、おおよそ推測がつくのだが、一つだけ、「非特異的IgE定量」という検査の意図が曖昧であった。


何か特定の物質に対する「特異的IgE定量」であれば、その物質に対するアレルギーの有無を見ようとしているのだろうと考えるのだが、今回の検査では、単純に血液中にIgEが多いかどうか、を見ているに過ぎない。もちろん、非特異的IgEは、アトピー性皮膚炎や、喘息を持っている方などで高くなりやすいのだが、非特異的IgE定量検査が高値だからといって、「あなたはアレルギーを起こしやすいです」と断定するものでもない。何ともとらえどころのない「もや~っ」とした検査なので、患者さんにこの結果から何を伝えるべきなのかが「もや~っ」としていて分からない。


悩んでいてもしょうがないので、患者さんを診察室に呼び込んだ。


「前回受診時の結果を聞きたい、とのことでおいでいただきましたが、今回のことについて、最初からお話を聞かせてもらえますか?」

「1週間ほど前に、のどが痛くて耳鼻科に受診しました。両方の返答が腫れている、ということで薬をもらいました(薬はカルテに記載されていたが、7種類くらい処方されている。明らかに薬が多すぎだろう、と思った)。耳鼻科の薬を飲み始めたら、顔がひどくむくんで、目も充血して真っ赤になりました(スマホの写真を見せてくださったが、顔や両方の瞼はひどくむくみ、結膜全体の強い充血、結膜下出血をみとめた)。眼科に受診し、ステロイドの内服薬と目薬をもらいました。前回受診したのは、その原因が何か、ということを調べてほしかったからです。耳鼻科の薬を中止してから、顔のむくみも、目の充血も治まりました。むくんでいた時は体重も5kgぐらい増えたので、なぜ体重が増えたのかも、教えてほしいです」


とのことだった。


「なるほど、わかりました。症状が落ち着いてよかったですね。前回の受診でお渡しした採血結果では、BUNという値が上昇しているくらいで、後は問題はなさそうですね。


検査センターに送った検体では、『リウマチ因子』や『抗核抗体』と呼ばれる、『自分の免疫システムが自分を攻撃』して起きる『膠原病』の有無を確認しようとされたのだと思います。こちらはいずれも基準値ですし、薬を止めたら元に戻った、ということなので、『膠原病』の可能性は極めて低いでしょう。


あと、こちらの『非特異的IgE抗体定量』という検査は、アレルギーの中でも、『蕁麻疹』や『アナフィラキシー』など『Ⅰ型アレルギー』の発症にかかわるIgEという物質が血液中にどれくらいあるか、というのを見る検査です。


結果は高い数値が出ていますが、この数値が高いからといって、『アレルギー体質だ』とか、そういう風に結論付けることはできません。ただ、アトピーやぜんそくなど、『アレルギー的素因』の関連する疾患をお持ちの方では、確かにこの値が高いことが多いので、何らかの関連はあるのかもしれません。


検査の結果は別にして、『薬を止めたら、症状が消失した』ということなので、『何らかの形で薬が悪影響を及ぼしていた』というのは確かだと思いますが、そのメカニズムは不明です」


と説明した。


「わかりました。あの、前回いただいた結果で、『BUNが高い』といわれましたが、それはどういうことでしょうか。どのような原因が考えられるのでしょうか?」


「はい、身体のタンパク質を構成するアミノ酸は、構造の中に窒素原子を持っています。なので、タンパク質、アミノ酸が体の中で分解されると、この窒素原子はまず『アンモニア』に代謝されます。ただ、アンモニアは有毒なので、肝臓で『尿素』という物質に作り替えられます。BUNは、『血中尿素窒素』という意味で、血液中にタンパク質の分解産物である尿素がどれくらいあるか、というのを見る指標です。BUNが上昇するのは大きく3つの場合があります。一つは、たくさんタンパク質を取ると、当然分解されて発生するアンモニア・尿素も増えるのでBUNは高くなります」


「私、プロテインを毎日飲んでいるのですが…。」


「でしたら、それは関連するかもしれません。2つ目は、身体が脱水に傾いているときです。身体から抜けていく水分をとどめようと、腎臓から、浸透圧物質を再吸収して、身体の浸透圧を上げて、水を回収しようとします。なので、脱水はBUNを上昇させます。


むくみがひどいときは『血管内脱水』といって、本来血液中にあるべき水分が組織の方に逃げてしまうので、検査をしたときは『血管内脱水』だったのかもしれません。


あとは、BUNは腎臓で排出されるので、腎臓がダメージを受けて、うまく毒素を排出できなくなるとBUNは上昇します。ただその時には、腎機能のもう一つの指標となる『クレアチニン』という値も上がるので、『腎臓が大きなダメージを受けた』という可能性は低いでしょう。


今回のことは『原因は薬』だったと考えていいでしょう。ただ、6種類も薬を飲んでいるので、どの薬が悪かったのかまでは分かりません」


とお話しした。患者さんは「良かったです。ありがとうございました」といって帰ってくださったが、20分近く説明の時間を取られてしまった。ただでさえ、カルテが山積みになっているのに、どうしよう。


と思っていると、検査科の主任が、検査データをもって私のところにやってきた。


「先生、朝に検体を出した二人とも、コロナは陽性でした。Mさんは、CRPも22を超えています。データは病棟に上げておきますね。よろしく~」


といって去って行かれた。やはり悪い予感は当たるものである。不穏になっていたMさん、COVID-19で、CRPも22かぁ…。熱も咳も鼻水もなかったけど、やはり「格言」に従うの、大事やなぁ、と思いながら、また外来診察を再開した。外来患者さんを診察しながら、頭のどこかで、「Mさん、どないしよ~?」という思いがこびりついていた。ステロイド、NSAIDs、アセトアミノフェン、麻薬などなど、飲んでおられる薬はすべて中止困難である。おそらくどれかは併用禁忌となっていたはずである。なら、パキロビットパックは使えない。


そんなことを考えていると、Mさんのいる病棟から連絡があった。


「Mさんが一時的に意識レベルがかなり低下しました。今は改善していますが、先生、外来が終わったらすぐに病棟に来てください」


とのこと。


「わかりました。外来が終わり次第すぐに向かいます。ただ、外来が終わるまで、まだまだ時間がかかるので、私が上がる前に何かあれば、病棟待機の先生に対応してもらってください」


と病棟に伝言してもらい、また外来を続けた。最後から3番目の患者さんも初診の患者さんだった。問診票を見ると「骨密度の値が定まらず、どれを信用していいか分からない」とのことだった。これまた厄介である。患者さんを診察室に呼び入れ、お話を聞いた。


「先日の市民健診をこちらで受けたのですが、骨密度の検査はYAM(Young Adult Mean:若年成人平均。自身の骨密度がこの値の70%未満、または80%未満で骨粗鬆症に特徴的な骨折(椎体圧迫骨折、大腿骨頸部骨折など)を有する場合を「骨粗鬆症」と定義する)92%、と良い数字が出たのです。でも、別の病院で検査した時は『骨粗鬆症だから薬を飲むように』と言われたこともあります。どうなっているのかわかりません。どうしたらいいのか分からないので受診しました」


「なるほど。今日は、他の病院の検査結果などはお持ちですか?」


「いえ、持ってきていないです」


何じゃそりゃ?!他院のデータを持ってきてくれなくては、客観的な話はできないではないか。


「そうですか。では、骨密度の検査はどのようにして受けられましたか?」


「いろいろな方法です。踵に機械をつけて測定してもらったこともあります。足のレントゲンを撮ったこともあります。全身のレントゲン写真を撮ったこともありました」


う~ん、「踵に機械をつけた」というのは、おそらく超音波で骨密度を測定したのだろう、と推測はついたが、「足のレントゲン」で骨密度を測定する、というのは聞いたことがない。患者さんのお話を聞いても、そのレントゲンは「股関節」ではなく、「下腿」のレントゲンだったそうである。


当院での骨塩定量装置は、前腕の「橈骨」という骨の密度を評価している。前職場では、掌にある、「中指の中手骨」で評価していた。腕にせよ掌にせよ、服を大きく脱がなくてもよく、靴も脱がなくてよいので簡単に撮影できる。でも、「下腿」なら、靴も脱ぐ必要があるし、ズボンも、場合によっては脱いで撮影しないといけないこともある。浩司の医療機関では、骨塩定量は、腰椎と大腿骨頸部の2か所で評価していることがほとんどであり、おそらくそれがガイドラインで規定された評価方法なのだろう、と思っている。


全身の写真を撮って、というのは、被ばく線量の問題を考えてもおかしな話で、それはCTで、別の評価をしているのを勘違いされているのでは、と考えた。


「そうですか。踵に機械をつけて、というのはおそらく超音波で骨密度を測定しているのだと思います。レントゲンでの評価より、超音波での評価の方が誤差が大きい、とされているので、『踵で取った骨密度と違う』というのは、測定誤差の問題だと思います。その他の骨密度の評価法は、聞いたことがありません。なので、検査結果を持参していただかないと、何とも言えません」


と答えた。画像リストを見ると、ちょうど5年前に、当院で骨塩定量をされていたので、そのデータと比較した。5年前のデータではYAM 100%という値だった。5年という時間を考えると、YAM 92%というのは妥当な値だと思われる。少なくとも、直近のデータが「測定異常」とは考えにくいと思われた。


「ちょうど、5年前にもこちらで骨密度の検査を受けてもらっています。その時はYAM 100%という値でした。5年の時間が経過していることを考えると、今回の骨塩定量の結果は、5年前の結果と整合性が取れており、『直近の検査でおかしなことが起きて、異常値が出た』というのは考えにくいと思います。ただ、現時点で確実に言えることはそれだけです。水曜日に『骨粗鬆症・リハビリ外来』という外来枠があるので、必ず他院の検査結果を持ってきて、その外来で詳しくお話を聞いてくださいね」


ということで診察を終えた。


結局、受付は12時までだが、外来終了は13:40だった。Mさんのことを考えると、1時間40分は大きい。


「勘弁してよ」と内心思いながら、外来テーブルに広げていた、私物の外来セットを片付けて、大急ぎで病棟に向かった。

続きます。

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