第783話 1日休むと、次の日が大変+COVID-19クラスター(1)(激動の土曜日シリーズ)

入院中の患者さんを毎日回診する、ということは結構重要な意味がある、と私は考えている。


私の兄弟子が、一時ご親族の経営する病院グループの中の一つで、院長を務めておられたことがあった。その病院は「療養型病院」と呼ばれる、ある程度病状が落ち着いているが、医療的介入を要する人がそれなりの長期間入院する病院であった。もちろん外来診察は普通に制限なく、行なっており、外来の患者さんが私の研修病院(兄弟子の病院と近かった)に搬送されることはしばしばあったし、うちからそちらの病院に療養目的で転院してもらうことも多かった。


その時、兄弟子は入院中の患者さん120人の主治医となっていたらしい。いくら病状が落ち着いている、とはいえ、毎日それだけの患者さんを回診して、カルテを書いて指示を出して、なんてことをすればそれだけで就業時間が終わってしまう。なので、その病院から再度、私たちの修業した病院に兄弟子が戻ってこられた時に、どのように仕事をしていたのか聞いたことがあった。


まず行うことは、全員のカルテを確認し、看護記録と熱型表(体温、脈拍、食事量、排便の有無、行なった検査などが1日ずつ縦に並んでおり、1週間で1ページとなるように作られている)を見て、便が2日出ていない人には浣腸の指示を、食事量が不自然に減ったり、発熱している人には血液検査の指示を出していたそうだ(カルテ回診という)。あとは曜日ごとに患者さんを回診する病棟を決めておき、その病棟の回診と、カルテ回診で問題のありそうな人を回診していた、ということであった。


私が現在勤務している病院は、病棟数を常勤医数で割ると、一人当たり約15人程度、となるため、兄弟子のような回診ではなく、毎朝、患者さんの顔を見て、熱があるか、胸部診察はどうか、困ったことはないかを確認している。ただし、研修医時代のように休みの日にも回診をする、ということはしていない(年齢と、自身の病気のため、休養が重要。休めるときには休むことにしている)


金曜日に有休をとったので、土曜日は1日置いての回診となったが、どういうわけだか、「休み明け」には大概何か「困ったこと」が起きている。これは定期の休み(私は、日、月を定休としている)でも同様で、大概火曜日は困ったことから一日が始まっている。


さて、この土曜日は朝の回診から荒れ狂っていた。もともと先週から、院内でCOVID-19クラスターが発生していたのだが、COVID-19患者さん未発生の部屋に入院していた、私の担当患者さん(Sさん)が前日の夜から39度ちかい熱を出していた。朝一番での抗原検査、遺伝子検査はタイミングが早い、と考え、午前中に院内至急項目の血液検査を、午後2時にインフルエンザA,B抗原検査、COVID-19核酸検査法をするように指示を出した。


また別の80代の患者さん(Mさん)。前立腺がんの多発転移で、腰椎にも腫瘍が転移し、病的圧迫骨折を発症。動けなくなり、かかりつけ急性期病院に入院となった。腰椎には、疼痛コントロール目的での放射線照射を行ない、痛みも落ち着いたのでリハビリ目的で当院に転院されてきた。転院当初は体の動きも良く、「そろそろ自宅での生活調整をしましょう」とご家族、ケアマネージャーさんと話をした翌日から、ひどい左大腿部痛が出現した。レントゲンでは「骨転移」と思しき陰影があり、歩けなくなったので、退院の話がストップしてしまった。2月10日ころから、「右手で日記を書くと、右腕が痛い」とおっしゃられ始めた。日を追うごとに痛みが強くなってきた、とおっしゃるので、レントゲンを確認すると、右上腕骨外科頚が骨折しているのが分かった。骨折するような転倒や打撲など外傷はなく、こちらも骨転移による病的骨折と診断。バストバンドで体幹と骨折肢を固定していた。


前日の夜間帯から、急に不穏が出現し、訳の分からないことを言い始め、「お怒りモード」に入ってしまわれた。私が回診した時も、意味不明なことを言って怒っておられた。それまで落ち着いていた高齢者が急に動けなくなったり、訳の分からないことを言い始めたときは、やはり感染症の存在を第一に疑うべきである。この方も血液検査と、インフルエンザA,B抗原、COVID-19核酸検査を指示した。


また別の80代の女性の方(Uさん)。2日前に短時間だけ、38度台の熱が見られ、速やかに解熱したので、「こもり熱」だったのかなぁ、と看護師さんと話をしていたのだが、その日の当直の看護師さんに、「昨日は黄色の痰が多くて、吸引が大変でした」と報告を受けた。この方は熱もなくいつもと変わらない様子であったが、やはり血液検査とFluA,B抗原、COVID-19核酸検査を指示した。


この数日間で、この病棟の私の担当患者さんが、退院2名、死亡退院2名の計4名がいなくなったのだが、残りの4人のうち3人が「怪しい」雰囲気を醸し出していた。


そんなわけで、回診を終えると、もうすぐに外来の時間となっていた。


「回診後、休憩も取れずに外来かぁ…」と思いながら、外来に向かった。


外来では「重症で緊急で転送が必要」という患者さんはいなかったのだが、「一筋縄ではいかない」患者さんが、どういうわけか、たくさん来院され、いっぱい頭を使わせてくださった。


1人は、当院の、別のDr.の外来に定期通院されている70代の女性。お薬の自己調整が好きなようで、いろんな薬を組み合わせて飲んだりしているようだった。継続して定期的に薬を飲んでいるわけではないので、不足した薬がある、ということで私の外来に来られたそうだった。


たくさん出ている当院の薬と、他院からも薬が出ているようで、漢方薬も3種類くらい飲んでいるらしい。血圧が高くて、フラフラしてしんどい、というのが主訴だったのだが、診察室での血圧は安定して、良好な数字であり、多くの薬を中止したら、なんとなく体調は良くなったが、怖くて血圧が測定できない、とのことだった。


長い経過で薬の調整をされている方が、初めて「こんにちは」の医師に、長年の薬について相談されても正直、経過も何も分からないので返答に困るのである。患者さんのお話には耳を傾け、しっかり傾聴はしたが、返答は決まっている。


「どのような経緯でこれらの薬を始められたのか、もう経過が長くて、当時の記載されたカルテは倉庫にしまわれています。今日は薬が足りない、ということでお見えになられたので、不足分のお薬は処方しますが、処方内容をどうするか、ということは、初めて私のところに来られ、数分程度の医療面接、身体診察では判断できかねます。そこは主治医の先生とご相談してください」


とお答えし、必要とする薬を確認、処方して帰宅とした。この患者さん、他院の薬も合わせると、いわゆる「ポリファーマシー」の状態だったのだろう。しかも、漢方薬を3種類も飲んでいるとのことだった。


臨床現場では、特に小児科領域では、特定の症状、例えば「咳が出る」とか、「鼻水が続く」、「下痢をしている」などの症状で来られる方が多い。そういう方に処方する薬も、ある程度パターンが決まっている。小児科領域では、体重で薬の量が変わるので、一人一人に、一つ一つの薬剤を、体重を計算して処方するのは時間がかかって大変である。なので、「約束処方」といって、いくつかの薬、量をあらかじめ定めて、小児科であれば体重も勘案してセットを作っておく。セットの名前は各医療機関で勝手に決めればよいのだが、例えば「咳と鼻汁が3日前から続いている、体重10kgの1歳児」で、身体診察からは、風邪症候群、と診断すれば、あらかじめそれに対応した約束処方、例えば「鼻風邪セット(10)」と名前を付けておけば、カルテに「鼻風邪セット(10) 5日分」と書けば、そのセットの中身、例えば、鼻の症状にセルテクト顆粒、湿性咳嗽に対してメジコン末(粉という意味)、ムコダイン顆粒、などと長く書かなくてもよいので楽である。


何故ここで、「約束処方」の話をしたか、というと、保険診療で処方される漢方薬はすべて、「複数の生薬」の「約束処方」なのである。なので、漢方薬を「生薬」のレベルで理解せずに、複数の漢方薬を処方すると、使われている生薬が重なってしまい、過量投与になってしまうことが多いのである。漢方を好む医師の中でも、そのことについてはあまり深く考えていないことが多くて、「これだけの種類、漢方薬を飲んでいたら、生薬の飲みすぎになってしまったり、真逆の効果を持つ生薬を飲んでいることになるよ」ということが多いのである。「生薬」の中には「附子(ぶす:トリカブトの根)」のように、過剰投与で命にかかわる生薬もあるのだ。漢方薬は決して「安全」な薬ではない。なので、「生薬」のレベルで薬を調合できるだけの知識を持つ「漢方医」でなければ、複数の種類の漢方薬を処方するのは不適切だと私は考えている。私自身も、患者さんに処方する漢方薬は1種類にとどめている。複数の漢方薬を希望される患者さんには


「私は漢方に詳しくないので、複数の漢方薬を使いたい、と希望されるなら、『漢方薬』に精通した医師に受診してください」


と断っている。


閑話休題。この患者さんで、15分ほど時間がかかってしまったが、どういうわけか、重症ではないけど時間がかかる、という患者さんが多かった。


もちろん、定期受診の患者さんもたくさんお見えになられたし、「発熱」や「咽頭痛」、「鼻汁」や「咳嗽」を主訴に来られた患者さんはほとんどが、診察前にインフルエンザ、COVID-19の抗原検査をしてもらっているが、その8割くらいの方が、「COVID-19」だった。外来診療をしている感覚では、今はかなり「COVID-19」が流行している、という印象を受けている。前日、久しぶりに平日の外出となったが、電車の中できっちり不織布マスクをしている人は半分程度で、マスクをしていない人も多いことに驚いたほどだ。


長くなったので次に続きます。

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