第781話 火力発電所見学(その2)

バスは駅前を離れると、海側の方に進んでいき、「いかにも埋め立て地でござい」という感じの、海と工場で挟まれた道を走って行った。駅前から15分ほど走っただろうか、「電源開発 横浜磯子火力発電所」に到着した。


磯子駅前で受付をした際に、1班、2班という札が配られ、私は1班だった。到着後は、会議室と思しき場所に案内され、おそらく本社のお偉いさんから、電源開発株式会社の歴史、今後の経営方針について講義を受け、その後、発電所のお偉いさんから、発電所の特徴について講義を受けた。


電源開発では、次世代の燃料としてはやはり「水素」をターゲットにして考えており、石炭を乾留させて一酸化炭素を発生させ、それを水を反応させて、二酸化炭素と水素を作る、ということを考えているようだ。副産物としてのCO2は、ガス回収後の天然ガス井に送り込んで、地中に保管する、ということを考えているそうである。


火力発電所からの排気ガスは十分高温であるはずなので、そこからさらに熱エネルギーを絞り出して、何らかの形でCO2を発生させない水素発生方法はないものだろうか、などと素人考えをしてしまった。


私が小学生のころ、父から、「科学年鑑」という1年間の科学の進歩やこれからの科学の進む方向性などをまとめた本を買ってもらったことがあった。その中にもすでに「リニアモーターカー」「核融合」「人工光合成」が取り上げられていたように記憶している。


人工光合成が可能となれば、最も良いのは光合成だろう。CO2とH2Oから糖と酸素を産生することができるのである。「糖」そのものもエネルギーを有しており、酸素も供給されるので言うことなし、となるのであろうが、私が小学生のころから研究されていて、いまだ実用化されていない、ということは、やはりかなりハードルが高いのだろう。そのようなものすごい反応が植物の葉緑体の中で行なわれているのである。生命の不思議である。


ミドリムシを研究している企業「ユーグレナ」とコラボして、ミドリムシの水槽に光とCO2をどんどん入れて、ミドリムシに頑張って光合成してもらえばどうだろうか、なんて夢想(妄想?)してしまったりしていた。


閑話休題。この磯子発電所は非常に様々な工夫を凝らした発電所で、発電効率は45%程度(!)、排ガスのクリーンさは天然ガス火力発電所と同程度、発電所で出た副産物もうまく再利用しているなど、環境にきわめて優しい火力発電所となっている、とのことだった。


熱力学第一法則、というものがあって、すべてのエネルギーは最終的に熱エネルギーとなって宇宙に放散していく、という法則である。現実問題として、例えば、自動車が走っている運動エネルギーは、走っている間はタイヤの転がり抵抗としてあらわされるタイヤと地面との摩擦によって、熱エネルギーとして失われていく(なので失われたエネルギーを補充するためにアクセルを開けておかなければならない)、ブレーキを踏めば、ブレーキそのものが運動エネルギーを摩擦力で熱エネルギーに置換する装置である。ハイブリッド車は「回生ブレーキ」で、運動エネルギーを電気エネルギーに変えることができるが、それとて、回路や電線の発熱などでエネルギーロスが「熱エネルギー」として生まれるわけである。


生体システムは、エネルギー効率としては破格のものであり、与えられたエネルギーの80%近くを運動エネルギーであったり、光エネルギーに変換している。筋肉を構成するアクチンとミオシンが運動のために要するエネルギーは体温程度の熱エネルギー(分子の揺らぎ)と同程度であり、その程度のエネルギーでどうやって一方向の運動を実現させているのか、ということを研究している研究室が、私の学部時代に所属した学科にあり、授業を受けたことを覚えている。


少し脱線したが、人間の作った機械は基本的に与えたエネルギーの半分以上を熱エネルギーとして失っている。内燃機関(エンジン)は現時点では最も効率の良いものでもエネルギー効率40%に届くかどうか、という程度なので、エネルギー効率45%というのは非常に良い成績なのである。


この発電所では、水をボイラーの壁面→加熱管を通して1次蒸気として、610℃、25MPaのものを得ている、とのことであった。1気圧が1013hPa(ヘクトパスカル=100パスカル)なので、25MPa(メガパスカル)は、気圧に換算すると、1気圧を1000hPaと近似して、25×10^6/1000×10^2=25×10^6/10^5=25×10、つまり250気圧の水蒸気となる。


蒸気機関車は確か10~15気圧の蒸気で動いていたと記憶しているので、蒸気機関車の圧力の10倍以上の圧力である。その蒸気で高圧タービンを回し、その後、その蒸気はボイラーで再加熱されるそうだ。


再加熱された蒸気は600℃、4MPa(=40気圧)程度だそうな。この蒸気で中圧タービンを回し、そのまま低圧タービンに蒸気は送られるそうだ。


低圧タービン部分では100℃、1気圧(沸騰したやかんから出てくる蒸気)程度の蒸気となっているそうだ。ただ、低圧タービンと、蒸気を水に戻す「復水器」が一体となっており、復水器の部分が陰圧となっている(蒸気が水に戻るので体積が小さくなるため)ので、その陰圧が低圧タービンの回転エネルギーを生み出している、ということであった。


その話を聞くと、発生した超高圧の蒸気の持つエネルギーをとことんまで絞りつくしているなぁ、と感心してしまった。これ以上、ボイラーからの熱エネルギーを回収しようとするなら、排ガスからさらに熱を回収することを考えなければならないだろう、と考えた。


さて、一般的に石炭火力発電所は環境に悪い、と言われるが、その理由が、石炭を燃やしたときに発生する「煤(ばいじん)」「窒素酸化物」「硫黄酸化物」の存在である。窒素化合物は「アンモニア―触媒法」で窒素に、ばいじんは電気集塵機で、99.9%以上を回収、硫黄酸化物は活性炭を用いた「乾式排煙脱硫装置」で回収し、環境基準値を大きく下回るクリーンな排ガスとして煙突から放出している、とのことであった。電気集塵機で回収したばいじんはセメントの原料に混ぜられて再利用、回収された硫黄酸化物からは98%濃度の硫酸が作られており、硫酸は100kg/日生成されているそうである。


施設見学は2時間近く、いろいろなところを見せてもらい、お話を聞かせてもらい、大変勉強になった。


そのあとは元の会議室に戻って、質疑応答となった。さすが株主をされていて、しかもこのような見学会に参加されるだけのことはあり、皆さん環境問題に大きな関心を寄せられていることが分かった。質問かなり高度なものが多かった半面、「あれっ?」と思うような認識不足があったりして、興味深かった。


ばいじんについては、環境基準以下の10mg/m3N(一立方メートル(1000L)当たり10mg)を満たしていても、1時間に200万立方メートルの排ガスをだしているならば、1時間当たり20kgのばいじんを出していることになる。この数字は、他の火力発電所と比較して多いのかどうか、という質問があった。そうかぁ、確かに200万立方メートル(=20億リットル)の排気ガスが出れば、それだけばいじんは出てくるんだなぁ、と、その着眼点に驚いた。


私個人としては技術的な問題として、ボイラーが超縦長で、メンテナンスなど、非稼働時と、全力稼働時で、長さが80cmも変わってくる、ということで、配管の継ぎ目に工夫はしてあるのか、とか、低圧タービンで最長径の部分は、先端が音速の2倍の速さで回転している、ということで、ソニックブーム(音速の壁)がタービンの回転に与える影響があるのかどうか、陰圧空間ではソニックブームによる抵抗が軽減するのか、などを聞きたかったのだが、うまく聞けず、結局「前回、30年でこの発電所を建て替え、建て替えてからもう20年を超えてきたが、今後の建て替えについて、予定はどうなっていますか?」という質問だけにとどまった。この質問には、おそらく本社からお見えになられたお偉いさんが、


「今後は、まず老朽化した発電所のリニューアルを進めていくことを目標としています」


という回答で、至極まっとうだとおもった。


排ガス中のCO2を回収することは考えていないのか、という質問が出た際には、発電所のおそらく所長と思われるお偉いさんが、


「排ガス中のCO2濃度は低いので、回収にかかる技術的問題やコストの問題があり、現時点では考えていない」


と回答されていた。質疑応答の際に質問できなかったので、帰り際に、


「具体的には排ガス中のCO2濃度は何パーセントですか?」


と聞いてみた。


「およそ13%程度です」


との回答だった。人間の呼気中のCO2濃度が約16%と言われており、人間の呼気よりも薄いCO2濃度であった。これには驚いたし、確かにそれなら「回収する意味はないな」と思った。人間や動物の方がはるかに高いCO2濃度を排出しているわけである。それを野放図にしているわけであるから、そこにコストをかけるのは費用対効果、という点では低かろうと思った。


そんなこんなで見学会を終え、新横浜駅でとりあえずシウマイを自宅用のお土産として購入し、自宅へ帰った。有意義な一日であった。

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