第780話 火力発電所見学(その1)

丁度COVID-19で社会経済活動に強い制限がかかっていたころから、自分のお小遣いを使って株を買い始めた。今後、インフレ基調となった時に、預貯金では、実質的に「目減り」してしまうことなどを考え、ちょっとだけ勉強、ということで始めた。日本の株式は原則として「単元株」の単位で売買を行なう。バブルのころは1000株が1単元となっていたかと記憶しているが、最近では100株が1単元、となっていることが多い。


なので、株式市場で「一株2000円」の値段がついている株式を購入しようとすると、原則は、2000円×100株=20万円の資金が必要である。ということで、株の売買を考えると結構なお金が必要である。


元プロ棋士で「株主優待」で生活を楽しんでいる、とテレビで時折紹介されている桐谷さん、株主の配当金も年に700万円ほど入るそうだが、株の総資産は4億円ほどだと紹介されていた。


私は貯金していたお小遣いの半分からスタートしたので、規模としては桐谷さんの1/200程度くらいだろうと思う。保有している株式も、1単元とか2単元である。


とはいえ、そういう人にも「株主」として、決算ごとに報告書が送られてきたり、株主総会への案内や、株主総会に出席できない方向けに、総会で取り上げられる議題について、ネット経由で賛否の票を行使することもできる。そして、思わぬ株主優待を受けることもできることがある。


現存する日本で最初の発電所は、京都市の東側、南禅寺の近く辺りにあり、琵琶湖疎水を利用して発電している関西電力の「蹴上発電所」である。今も発電を行なっているらしい。関西電力の株を数年間保有していると、「株主優待」として、「蹴上発電所の見学会」のお知らせが届いた。


今は京都市営地下鉄東西線となっているが、私が小学生のころは、京阪三条から、「京津線」という京阪電鉄の路線が滋賀県の大津市まで伸びていた。東山三条あたりから結構な勾配をのぼり、蹴上、御陵(みささぎ)へと昇っていく路面電車だったことを記憶している。ちょうど蹴上のあたりと、三条あたりの高低差は30m程度あり、蹴上発電所はその高低差を利用して水力発電を行なっている。


この見学会にも応募したのだが、残念ながら選に漏れてしまったようだ。坂を下っているときに少し見える蹴上発電所の歴史と風情のある建物は魅力的で、子供のころから好きだった。なので、もし来年も、この株主優待があるなら、ぜひ応募したいと思っている。


電力関連株としては、関西電力と、「電源開発(J-power)」という会社の株を所有している。電源開発はもともと戦後日本の電力不足に対応するために国策で作られた特殊法人であり、複数の水力発電所や、建設当時は「国内炭」を利用した(国策として炭鉱業を維持するため)火力発電所を複数所有している。その他、地熱発電所や、発電所建設で培ったノウハウを生かして、海外での発電所建設などを行なっている企業である。2004年に政府や、各電力会社が株式を公開し、一般の株式会社となった企業である。


今回、この「電源開発」が保有している、横浜の「磯子火力発電所」見学会が「株主優待」として実施された。


私自身は、人体などだけでなく、ダムや発電所などの大型プラント、大電力機器も好きであるし、最近の高性能PCの自作はしないものの、ちょっとした電気回路も好き、化学反応なども好き、といういわゆる「理系の人」なので、これまた喜んで、見学会に申し込んだ。


今回も抽選だったのだが、見事に抽選に当たり、しかもありがたいことに、職場でのduty(「義務」の意、ここでは、「外来」「訪問診療」など休んでしまうと、患者さんや施設など、対外的に迷惑をかけてしまう仕事)がない金曜日(普段はduty業務中の、他の医師が主治医をしている患者さんの急変に対応したり、新規の入院患者さんを受けたり、入院中の方の患者さんへ病状説明などに充てている)に当選したので、大喜びで有休をとり、発電所見学に出かけることにした。


妻からは、「子どもたちの入学式や卒業式にも休みを取らないのに、こんなことで有休をとるなんて」と釘を刺されたが、他の曜日はdutyがあるので、そうそう休みを取れない。少しそこは分かってほしいところである。


さて、集合は横浜市の「JR磯子駅」の近くであった。日帰りにするか、前日入りとするか、直前まで考えていた。もし天候が悪くなって東海道新幹線が止まってしまえば、「日帰り」計画は頓挫してしまう。しかし前乗り計画とすると、ホテルに1泊するお金が余分にかかってしまう。しかも前日は医師会の会合があったので、前乗りすると、23時ころに到着となってしまう。結局天気予報を見ながら直前まで考え、「日帰り」とすることにした。


いつもの出勤時間に家を出れば、十分に集合時刻に間に合うことは「乗換案内」で確認していた。いつも通りに起床し、朝食を食べて、いつもより10分ほど遅めに自宅を出た。最寄り駅まで歩いていき、京都行の普通列車に乗り込んだ。通勤ラッシュの時間帯のためか、京都行きもそれなりに混んでいた。


京都駅で新幹線に乗り換えて、新横浜に向かった。京都駅を出て、トンネルを二つ超えると滋賀県に入る。新幹線が走るのは琵琶湖の東岸、琵琶湖の西岸は比良山地があり、それなりに雪のあるところなのだが、山頂にわずかに雪が見える程度であった。2月中旬でこの雪では、スキー場は上がったりだなぁ、なんてことを思ったりした。


列車で移動中は何もせず、ぼんやりしていることが多い。ふと気が付くと、米原を過ぎて鈴鹿山脈を越え、列車は関が原を走っていた。今月初めには大雪で、高速道路で立ち往生がでた地域だが、この日は雪は全く見られなかった。例年、雪で徐行運転になることが多い区間なのだが、雪は全く見られない。それはそれで困ったことである。


なんてことを考えていると名古屋駅に着いた。名古屋駅から、次の新横浜駅までは、1時間以上かかる。少しウトウトしてしまい、気づくと小田原を過ぎていた。もうすぐ新横浜である。


私と、富士山の相性は非常に良くない。新幹線を使って東京には何度も往復したことがあるが、車窓からきれいな富士山を見たことはついぞない。まず、多くの場合は、移動が仕事終わりの「夜」であること。これでは富士山は見えない。たまに日中の移動になることもあるが、たいていは曇天、あるいは雨天で見えない。たまに天気がいいときは、横の人と前の人が、ブラインドを閉めてしまっていて、見えなかった、ということもあれば、いわゆる「海側の座席」で見えなかった、ということもある。今回も好天だったが、寝過ごしてしまい、富士山をまた見逃した。残念である。


そうこうしているうちに、新横浜駅に到着した。時刻は10時15分頃。随分と時間があるが、新幹線の切符の目的地が「横浜市内」となっているので、横浜などで降りてしまうと、せっかくの切符が無効になってしまう。そんなわけで、新横浜駅の待合室で時間を潰した。待合室ではNHKテレビ放送が流れていたので、いい暇つぶしになった。11時ころまで時間を潰して、在来線に乗り換えた。


首都圏のJRを「乗り回す」ということがないので、いまだに首都圏の路線図が頭に入っていない。しかも最近は「乗換案内」に頼りっぱなしで、自分がどのあたりにいるのか、たんと見当がつかない状態になっている。全くの「お上りさん」である。


横浜線のホームに移動すると、「桜木町」行き快速がやってくるとのこと。とりあえずこれに乗れば、おかしな方向に向かうわけではないことが分かった。とりあえずそれに乗って桜木町まで移動。そして、次の京浜東北線各駅停車 大船行きに乗って、目的の「JR磯子駅」に辿り着いた。街の雰囲気はどことなく、神戸のはずれに似ているように感じた。鉄道を境にして、海側は埋め立て工業地帯。反対側はマンションが建っていて、ちょっと進むと結構な丘(山?)が待っており、その上にも人の居住用の建物がある。山と海に挟まれたちょっと狭い平地、というのは、神戸と同様である。横浜と神戸、並び称されることも多いが、地理的に似ているのかもしれない、なんてことを考えた。


磯子駅前は、高層マンションの立ち並ぶ、大阪でいえば、ポートタウン内の住宅地にも似ているように感じた。駅前の「コメダ」で軽食を取り、少し散策して、集合時刻が来るのを待った。集合時刻の20分ほど前か、電源開発の社員さんと、観光バスがやってきたので、一番に受付を済ませ、バスに乗り込んで、ドキドキワクワクしながら、出発を待った。集合予定時刻を10分ほど過ぎて、バスは発電所に向けて出発した。


続く。

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