第779話 前もって、確認していてよかった。(その2)

続きです。


私たちは、私が医学生時代に結婚した。私の医学生時代のある程度の期間は、生活費を私と妻で折半して生活していた。妻にとっても、私以外に知人、血縁のいない土地で生活することになり、妻は某会社の正社員となった。彼女の配属は「総務課」であり、給与計算から、社内の雑務、新入職員の一次面接などを担当していたそうだ。そういう点では彼女は「面接をする側」としての経験値を持っている。


彼女の声掛けで、夕食後に彼の模擬面接を行なうこととなった。出願の時点から繰り返し、『なぜ医師になりたいか』ということだけはしっかり固めておくように、と伝えていたので、多少の修正は入れど、ある程度の形にはなるのではないか、と私は予想していた。


ところがどっこい。実際に模擬面接をしてみると、「『グダグダ』とはこういうことか」ということになってしまった。


名前を呼ばれて入室~着席までの手順は妻が教えていた。これはいったん身に付けば大丈夫だろう。椅子に座った時の姿勢で、両手は膝の上で「開いておく」か「握りしめておく」かで、妻と長男の間でやり取りがあったが、まぁ、これは本質とはあまり関係のない些末なことだと個人的には思った。私がどこかで呼んだエチケットの記事では「握りこぶしを作っておく」と書いてあったように記憶していたこと、長男君も「そのように聞いた」とのことだったので、そこで落ち着いた。


「では、あなたが「医師になろう」と思った理由を教えてください」


と彼に問いかけた。


「はい。え~っと、まず一つ目は……で、そして二つ目は、え~っと、…で…」


と答えていたところで、


「わーっ!ストップ、ストップ!」と慌てて止めた。


「その話し方は、あまりにも口語的で、面接としては全然イケてないよ。確か、3つ理由があるんやろ。そしたら、まず最初に、『理由は3つあります』と明示しておくねん。その言葉だけで、「賢そう」な印象があるやん。あとは、文章はだらだら繋げずに、短文に区切って、区切って話した方がいいよ。『…して~、…して~』って、全然知性を感じないよね。だらだらしゃべらずに、きっちり区切っていく方が絶対いいよ。今のしゃべり方は絶対ダメ~。やり直し!」


とやり直してもらった。妻からは「理由は3つもいらない」と指摘されたので、それはそれとして何も言わなかったが、「医師」というギルトの中にいるものとして、「新たにこのギルトに入会希望を出している人」に対しては、その3つは必要だろう、と個人的には考えた。


医師という職業への志望動機、当校の志望動機、については妻が質疑応答をした。あとは何を聞かれるかは出たとこ勝負だろうと思ったので、


「僕の方からはもう特にないよ。だらだら話さずに、理論立てて、一文一文を短くしゃべって、さっきみたいなグダグダな会話にならなければ、いいんじゃないかなぁ。あとは出たとこ勝負。君が感じたことを、だらしなくないように答えればよかろう」


と伝えて、模擬面接は終了した。


長男君曰く、


「やってもらってよかった~。ぶっつけ本番やったらやばかった」


とのこと。私も本当にそう思った。本当にやっておいてよかった、と思った。もし本番で、あのグダグダっぷりなら不合格間違いなし、である。医学部専門予備校に通っている人たちは、面接練習もたくさんしているであろう。とてもではないが歯が立たない。


さて、当日は本人曰く、まずまずの出来だったこと。面接で問われたことは「余命3カ月と宣告されて、『どうして私だけがこんな目に合わなければならないのか』と辛く感じている若い患者さんに、あなたはどのように声をかけますか?」というものだったらしい。


彼は、


「何と声をかけていいのか、全くわかりません。ただ、患者さんのとてもつらい気持ちに寄り添いたいと思い、そう思っていることを伝えて、寄り添っていこうと思います」と答えた、とのことだった。


その気持ちがあれば、医学部を目指す学生としては100点である。「キューブラー・ロスの、『死の受容の4段階』」や、「悪いニュースの伝え方」なんてものは医学部で学べばいいことである。そういったテクニックの奥にある、「つらい人に寄り添っていこう」とする温かい気持ち、この原石があれば、それで十分医学生の資格あり、だと私は思った。


ラッキーなことに、無事にその大学には合格できた。長男君、よかったね。


あとは第一志望の大学に受かるかどうか、である。ここは、まさしく「人事を尽くして天命を待つ」状態だと思う。

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