第776話 医師の時間外労働規制の現実とは、こんな感じなのだろう。

過日、市医師会の病院勤務医会が開催された。「医師会」と言えば「開業医」の団体とイメージしている方も多いが、必ずしもそうではない。以前にも書いたことがあるが、医師会の会員資格には3つのグレードがあり、A会員は「施設の代表者レベル(病院長であったり、開業医の院長であったり)」、B会員は「勤務医」、C会員は「研修医」となっている。医師会は日本医師会、各都道府県医師会、市町村医師会、大学病院医師会とあるため、「勤務医」の医師会員も多いのである。


今回の会合は、「開業医」ではなく、「病院」の集いだった。市内の病院、と言っても大学病院は独立した「医師会」を有しているため、大学病院を除いたものであり、急性期の大きな病院から、当院のような100床未満の小さな病院まである。


院長先生からの指示で、私が当院の「病院勤務医」の代議員、という立場になってしまったので、この集いには出ざるを得なかった。人当たりは良いと言われるが、基本的には人見知り傾向の自分なので、あまりこのような会には出たくないのだ.


ただ、今回は医師以外の職種の参加もある、ということだった。なので私が「行かない」ということはあり得ない。


会は、最初の30分は「医師」だけの「勤務医総会」という形で、「勤務医会」の決算報告などが行われ、その後、他職種の方も交わり、講演会を聞き、最後に「病院紹介」というプログラムとなっていた。もちろん私は最初から参加である。


今回の講演会は、2024年から始まる「医師の働き方改革(労働時間規制)に対する各病院の対応」がテーマであった。神戸の病院で専攻医(後期研修医)の方が、過労による抑うつから自殺されたのは記憶に新しいが、そこまで行かずとも、ほぼすべての後期研修医や「中堅」と呼ばれる医師、場合によっては「部長」クラスの医師でも、労働基準法で定められている、いわゆる「過労死」ラインを超えて仕事をしていることは「当たり前」のことである。新しい規制では時間外労働時間は年間で最大1940時間とされた。これは特定の病院での規制であり、一般の医療機関では年間960時間未満とされている。


私の労働時間が一番長かったのは前職場である有床診療所のころであった。当直週2回、週休半日で、当然のように当直明けも通常勤務をしていた。1週間は24時間×7日間で、168時間であるが、そのころの週の総労働時間は100時間を超えていた。仮に100としても、週に60時間の時間外勤務である。1年は52週なので、時間外労働は60時間/週×52週=3120時間/年と概算できる。研修医のころは、「当直の質」が診療所レベルとは異なってはいたが、時間外労働はもう少し少なかったように感じていた。それでも1940時間/年では済まなかったように思う。


時間外勤務の大きな部分を占めるのがいわゆる「当直勤務」である。研修医時代は、私が研修を受けた病院では平日の当直時間16:30~翌7:30を1単位、土、日、祝日の24時間勤務を2単位、として、1単位いくら、という形で手当てがついた。手当、といっても手当を時給換算すると最低賃金を下回ることになっていた。とはいえ、「手当」がつくだけでもましである。


病院の中には「年俸型月給制度」を取っているところもある。診療所時代は、「年俸」で労働契約を結んでいた。なので、残業しようが、当直をいくらこなそうが、それに手当てがつくことはなかった。このような条件で医療を行なっている医師も少なくはなかろうと思う。


格安で長時間「医師をこき使う」ことで、日本の医療制度は成り立っていた(成り立っている)。なので、今回の改革は、医師の時間外労働の扱い、「当直帯」の扱いという「医師をこき使う」ことの本質となる部分に「メス」を入れることになる。なので各病院とも大変に苦労している。


「当直帯」といってもそれぞれの病院によって業務量が異なる。「急性期病院」では、正直、寝る暇もない。一方で、診療所の当直は、そこまで忙しいものではなかった。


厚生労働省の解釈としては、前者の「寝ることもままならない」当直は「本来『時間外労働』であって『宿直』ではない」とされており、いわゆる「当直・宿直」は少なくとも私が経験した「診療所レベルの当直」、つまり、時に時間外の患者さんで呼ばれたり、病棟の患者さんの急変で呼ばれたりはするが、基本は当直室でゆっくり過ごせるようなものを指す、とされている。となれば、私の研修医時代の当直は本来は「時間外労働」であり、基本とされる時間給に割り増しされた金額を支払う義務があったわけである。となれば、あの「当直手当」どころの金額ではない。それでは病院の経営は成り立たない。また、今回の改正で時間外労働時間を制限されれば、「人繰り」の点でも困ってしまう。


ということで、各急性期病院とも、深夜の当直帯を「通常業務と同等量」と判断される「時間外労働」ではなく、穏やかな当直である「宿日直」として当局に許可を求めることを一つの柱としていた。病院の中には、「診察時間」「検査オーダー入力時間」「検査結果解釈、診断の時間」「結果説明の時間」と細かく区切り、それ以外は「当直室で休憩している」ということにして、「宿日直の許可」を取った、という話も聞いた。


これもいい加減な話で、人間の睡眠、そんなに細切れにすることは難しい。現実に即していないことであるが、そこまでして当直帯を「仕事の極めて少ない『宿直』」と解釈してもらわなければ、夜間救急は成立しないのである。


ということで、各病院の取り組みを見ながら、「結局、医師の時間外労働規制」も「穴だらけ」になるのだろうなぁ、と思う次第である。トラックドライバー不足の問題同様、担い手が少なく、現状で精一杯の状態で、規制を厳しくすれば成り立たないのは『道理』であろう。『無理が通れば道理が引っ込む』という言葉そのものである。

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