第774話 かつての「医局制度」も社会に大きな貢献をしてきた

2004年に「初期研修医」の「研修必修化」が始まるまでは、多くの新卒医師は「大学病院」の「医局」に属して医師としてのトレーニングを開始していた。


「大学病院」はある種、いびつなところで、医師以外の職種の人は、当然働けば「給料」がもらえるのであるが、医師という職種だけ、なぜかわからないが、「診療」「治療」という仕事をしても給料がもらえない「無給医」が当たり前のように存在したり、場合によっては「診療」「治療」という「病院にとっての『生産活動』」を行なっているにもかかわらず、「大学院生」という身分で、さらに大学側にお金を払わなければならない医師がこれまた当たり前のように存在している。恐ろしいことにこれらの「無給医」「大学院生」が大学病院から去ってしまえば、「大学病院」そのものが維持できなくなるにもかかわらず、である。


とはいえ、「大学医局」が「絶対悪」というわけではなく、次の2点で、医療の世界で極めて大きな仕事を担ってくれていた。


一つは「医師のへき地への派遣」という問題である。「医局制度」がまだ盤石だったころは「教授」の指示は絶対だった。なので、教授が「この病院に行ってくれないか(いや、当時は「行くように」と言っていたのかもしれないが)」と言われれば、是非もなくその病院に行くことになっていた。しかしこの制度があればこそ、いわゆるへき地と呼ばれる地域にもそれなりに実力のある医師を派遣することができたわけである。


徳洲会グループの創始者、徳田虎雄氏は、自身の著作の中で、自身のジレンマについて語っていたことがある。


「徳洲会」の「徳洲」とは「徳之島」を意味する言葉である。氏は自身の出身地である「徳之島」にしっかりした病院を立てて、彼自身のモチベーションでもあった「貧しいがゆえに医療を受けられず命を落としてしまう事のない世界」を作りたかったのである。しかし、当初、徳田氏は、自身の出身大学である大阪大学のある、大阪に病院を作らざるを得なかった。


氏は当然「実業家」でもあったので、単純に「徳之島」に病院を立てても、経営が成り立たないことも理解していた。氏の理想と、「大阪に病院を立て続けている現状」とのギャップに氏は相当悩んだらしい。


そこで、氏は、「都会の病院である自院に勤務する医師」を「一定期間」徳之島や離島に作った病院に派遣する、そして人を交代させていくことで、「都会の病院」と「へき地の病院」を両立させる、という事に思い当たったそうだ。という事で「徳洲会グループ」の伝統である「へき地離島研修」が始まった、という経緯があると書いてあった。


閑話休題、そんなわけで、医局制度の良かった点1つは、へき地にも「医局」の力で医師を派遣できた、という事である。


医局制度の良かった点のもう一つは「臨床をさせてはいけない」医師を「研究者」の名目でいわゆる「飼い殺し」にできたことである。


今回の医誠会病院、そしてその前の勤務地である赤穂市民病院での伝説を聞く限りにおいて、この医師は「臨床に出してはいけない」医師であることは確かである。当然、毎年8000人近くが新たに医師免許を取得しているのだが、それだけの数がいれば、医学生時代には気づかれなかった「臨床医をするには危険」な人がわずかであるが紛れ込んでいる。これは確率の問題なので、如何ともしがたいところである。


「古き良き医局制度」であれば、教授の権限で、そのような医師は「先生、先生の力を、ぜひ研究で生かしていただきたい」と言って、それなりのポストを与え、それなりのテーマを与えて、大学病院に留めておけばよかったのである。「医師の世界」のヒエラルキーとして、大学教授を頂点として、というピラミッドがあり、大学のポストが「研究の成果」を基準に与えられるので、我々医師は気づくと気づかざるにかかわらず、無意識の中で「研究>臨床」という価値観となっている(実際に多くの学会で、専門医取得のために、ある程度の研究実績を要求している)。なので、その価値観の世界なら、「危険な医師」は「研究の世界で生きている」というプライドを満足させることができて「ハッピー」、患者さん側は「危険な医師」にさらされなくて「ハッピー」、というwin-winな関係でいることができたわけである。


一時は「諸悪の根源」のような言われ方もされた「大学医局」ではあるが、それはそれとして、きっちりと多大な社会貢献をしてきたのも事実なのである。


「労働者」としての「医師」として、労働に見合う給料を支払うべきとは思うが、そうすれば大学病院がつぶれてしまう、というのもまた事実である。とかく現実は複雑に入り組んでいるのだが、かつてのような「医局制度」が維持されていたとすれば、このような問題は起きなかったのかもしれない、と思わないでもない、というのが、「赤穂民報」の記事を見て、私が思ったことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る