第771話 Norwegian Wood(ノルウェーの森)~The Beatles “Rubber Soul”より

こんな大胆な題名を持ってきたが、内容はたいして面白いものではないであろうこと、ご容赦いただきたい。最初に謝罪をしておく。


村上 春樹氏の有名な小説のタイトルにも名付けられたこの曲は、ビートルズの6枚目のアルバム”Rubber Soul”の2曲目に当たる。ビートルズの「スター」としての活躍は7年半であったが、それを大きく「前期」「後期」とすれば、おそらく境目は7枚目のアルバム”Revolver”と8枚目のアルバム”Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band”となるが、前期、中期、後期と分けるならば、このアルバムは、「アイドル」としてのThe Beatlesから「アーティスト」としてのThe Beatlesへと移行していく「中期」の作品に当たるだろう。若いころ、何かの評論、あるいはこのアルバムの解説文で読んだ記憶があるが、「このアルバムには、もう「アイドル」としての4人はいない」という文章に大いに納得した記憶がある。


この曲は主にジョン・レノンが作詞作曲したが、歌詞の中には、自身の経験してきた「ひとときの情事」のイメージがあるそうだ。歌詞の出だしは


I once had a girl, or should I say she once had me.”(昔、付き合った彼女がいるんだ。いや、彼女が僕と付き合った、というべきかな)


で始まる。そして曲の終わりの方で


When I was awoke, I was alone. This bird had flown.(僕が目を覚ますと、僕は一人だった。小鳥は飛び去ってしまった。)


という歌詞がある。


ずいぶんと昔の話だが、自分も同じような経験をしたことがあった。初対面なのに、お互いにどこかで会ったような気がして、彼女の方が先に私に恋をして、私の心の中を散々引っ掻き回して、鳥が飛び去って行くように自然と去っていった彼女。


当時はずいぶん心の痛手を負ったが、その傷も含めてその思い出は、私の心の中に静かに眠っていた。


広い日本なので、よほど変わった名前でなければ、「同姓同名」の人がいる可能性が高い。前職場では、ご夫婦で同姓同名、漢字も同じ、というご夫婦を診察していたこともある。


昨日の外来中、いつもの通り患者さんの診察をしていた。診察をしてカルテを書いて、という事を繰り返すのが診察の現場だが、先に診た患者さんのカルテを書き終え、クラークさんに「では次の患者さんをお願いします」と伝え、回ってきたカルテを見て思わず息をのんでしまった。


というのも、その患者さんは、私の心を振り回した「細やかな気遣いと同時に、とんでもない天真爛漫さ」を備えていた彼女と同姓同名だったからだ。生年月日を確認し、すぐに別人であることは気づいたが、その名前を見た瞬間に一気に蘇ってきた数々の思い出で、結構私の心は痛んだ。


もちろん患者さんは別人なので、普通に診察し、必要なお薬を処方してカルテを書き、診察を終了した。書き上げたカルテをクラークさんに手渡しながら、「昔、親しくしていた人と同姓同名だったので、名前を見たときはびっくりしましたよ」とお話をした。


邦題は「ノルウェーの森」とついているが、歌詞の内容を考えると「ノルウェー産の木材」が正しい。日本では、ノルウェーの木材は「高級品」とホームページに書いているのを見かけるが、イギリスでは、ノルウェー産の木材は安価で、日本でいわれるほどではない、一般的な木材らしい。


そんなわけで、同姓同名の患者さんから、昔親交のあった女性(歌詞のとおり”I once had a girl, or should I say she once had me.”という感じだった)のことと、彼女のことを思い出すと同時に、この曲を思い出したので、ふと駄文に書き留めた次第である。

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