第757話 「歯が痛い」の続き
先日、歯が痛いことを書き、ありがたいコメントもいただいた。その後も、痛みの方は一進一退、というところである。
日曜日の未明には、歯の痛みで目が覚めた。これまでの人生の中で、「痛みがひどくて目が覚めた」という経験をしたことがほとんどなかったので、驚いた。あまりに痛みがひどいので、寝室からリビングに降りて、ボルタレン1錠とタイレノール(市販のアセトアミノフェン 300mg/錠)を2錠飲んで、冬の寒さに震えながらベッドに戻り就寝した。
自身のこの痛みで「変だなぁ」と思うところは、痛みがひどくなると、下顎にある、原因となる歯、だけでなく、三叉神経で枝の違う、上顎神経(V2領域:三叉神経は第五脳神経なので、ローマ数字の“5”である“V”を、第二枝なので“2”と表記した。額の部分はV1,科学の部分はV3と表記する)領域にも局在のはっきりしない、それなりの強さの痛みを感じることである。V3領域では、疼痛を自覚している奥歯~下顎角(耳の下あたりの、あごの骨が角ばっているところ)に、ある程度局在のはっきりした痛みを感じているのとは対照的であることだ。
三叉神経の神経節(神経細胞の集まり)は、頭蓋内に存在し、眼神経(V1)は上眼窩裂という頭蓋骨の隙間から、上顎神経(V2)は正円孔という穴から、下顎神経(V3)は卵円孔という穴から頭蓋外へ出ていくので、3本の神経、それぞれ神経節から離れると、関西人の方や鉄道ファンならイメージがわきやすいと思うが、阪急電鉄の十三駅から京都、宝塚、神戸方面の3方向に線路が分かれていくように、頭蓋内で枝が分かれていくのである。
なので、局所(右下顎)に腫脹、熱感がなく、明らかに「腫れていない」のに、上顎神経領域に痛みを感じることが、本来はおかしなこと、なのである。
昨日も、「ボルタレンを飲むとちょっとまし、だけど薬が切れてくるような頃合いになると痛みが下顎~上顎まで広がる」という症状に悩まされた。昨日も「いけないこと」とは知りながら、ボルタレンを1回2錠で飲んだり、合間にタイレノール2錠を飲んだりしてやり過ごしていた。
痛みの性質は「ズーン」とした重い痛みで、電気が走るようないわゆる「電撃痛」ではなかった。痛みの性状を考えると、「三叉神経痛」はやはり考えづらい。どうしてV3だけでなく、V2にも痛みが出るのか、も分からない。頭を悩ませながら、適宜鎮痛剤を使ってしのいだ。
「トラマール(一般名トラマドール:麻薬指定は受けていないが、麻薬の鎮痛経路に働く鎮痛剤)も処方してもらっておくべきだった」
なんてことを考えていた。
後期研修医時代に、兄弟子が「興味深い症例を経験したよ。症例の紹介が“New England Journal of Medicine”にあったので、勉強会をしよう」と、その日に経験された症例と雑誌のコピーを用意してくださり、ちょっとした抄読会を行なったことがある。
患者さんの年齢、性別は忘れてしまったが、主訴は、「右の下顎辺りが何となくピリピリしびれている」というものであった。総説の表題は”Numb-Chin syndrome”とあった。”numb”は「ピリピリしびれること」、“Chin”は「顎」である。発音は「ナン・チン・シンドローム」と少し滑稽な響きであり、病名も「病態そのまま」である。
ただ、総説を読むと、名前の滑稽さとは異なり、原因、病状は結構深刻なものであった。この症候群は、V3が、卵円孔の部分で不自然に圧迫されて出現するものであり、圧迫の原因としては、頭蓋底の悪性リンパ腫や転移性悪性腫瘍が主な原因となりうる、と文献には書いてあったことを覚えている。
V2の出口である正円孔とV3の出口である卵円孔、すごく距離が離れている、というわけではないが、隣り合っている、というわけでもない。という点でも悩ましい。
歯磨きをすると、一番奥歯で、内側の、「銀のかぶせ物」と自分の歯の象牙質の接合部に一番痛みを感じ、それ以外の場所では歯ブラシを当ててもそれほど痛いわけではなく、やはり「痛みの根本原因」はこの場所だろうと思っているのだが、それだけでは、V2領域の痛みは説明できない。頭蓋底の腫瘍は普通のCTスライスでは評価しづらいので悩ましい、と思いながら、普段からの定期薬と、抗生剤、鎮痛剤、鎮痛剤の使い過ぎで胃を痛めるので胃薬も合わせて内服した。10種類ほど、薬を飲んでいることになる。
今、高齢者医療の分野で、複数の種類の薬を飲むことが問題視され、その状態を”polypharmacy”と言うのだが、今の私はまさしくpolypharmacyである。厄介なことだ、と思いながら昨日を過ごした。
今日はずいぶんと痛みは落ち着いている。ボルタレンは続けているが、タイレノールは飲まなくても何とかなっている。このまま、金曜日の再診まで痛みの再増悪がなければいいのだが…。
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