第748話 Face to Face Communictionの大切さ(市医師会地区会に参加 3)

そんなわけで、テーブルに回って挨拶においでになる先生には、


「いつもありがとうございます。元畑町病院内科の保谷と申します。よろしくお願いします」とご挨拶をして、少しお話しし、また食事とコーラに戻る、という「陰キャ」状態で過ごしていた。


少し遅れて、院長と反対側の私の隣の席に、私とほぼ同年代だと思われる先生が遅れてやってこられた。


「先生、初めまして。いつもお世話になっています。私、元畑町病院 内科の保谷と申します。よろしくおねがいします」


と挨拶をした。遅れてこられた先生も


「今日、名刺を持ってきていなくてすみません。本郷総合病院 総合内科の緑本と言います。よろしくお願いします」


と、少したどたどしい言葉で挨拶してくださった。


「あぁ!緑本先生ですか!いつも患者さんをご紹介いただき、ありがとうございます!」


と驚いた。この地域の中核となる急性期高次医療機関である本郷総合病院からは、亜急性期の患者さんがたくさん紹介されてくる。紹介状でしか知らなかったが、緑本先生からの紹介患者さんは非常に多いのである。


ただ、私の緑本先生への印象はあまりよくなかった。「総合内科」と称している割には、十分に内科的評価がされているわけではなかったり、時には紹介状の病名よりももっと深刻な疾患が放置されていたり、ということがしばしばだったからである。


ずいぶん昔に、ここで書いたように記憶しているが、2年ほど前、当院の物忘れ外来に定期通院中の方が、当市の山の手にある日赤病院から、なぜか「本郷総合病院宛て」の紹介状を持って私の午前の外来に受診されたことがあった。当院を受診した理由は、訪問看護師さんが当院の訪問看護ステーションに所属で、おそらくその方が本郷総合病院ではなく、うちへの受診を勧めたのではないか、と推測しているが、真実のほどは定かではない。


紹介状を開けて内容を確認すると「尿路感染症、加療のお願い」とのことであった。前日の昼過ぎから急に38度台の発熱が出現し、日赤病院の救急外来を受診。診察、検査で前述の疾患と診断。自宅から遠方で、内科疾患は本郷総合病院で治療中のため、患者さんの希望もあり、加療をお願いしたい」との内容であった。


病歴、自覚症状を丁寧に問診したが、発熱以外に自覚症状なく、身体診察も丁寧に行ったが、重篤感はなく、38℃後半の発熱以外の異常を認めなかった。


前日の日赤病院でも非常に丁寧な診察と濃厚な検査が行われており、その紹介状と検査結果を合わせて考えて、


「『尿路感染症』ってあるけど、ちゃうやん(違うやん)。おかしいがな」


と少し腹が立ったことを覚えている。基本的には、細菌感染症は外界と接しているところに起きやすい。外界の空気と接触している「肺炎」。食物が通過する消化管や、それに付随する肝臓、胆嚢、胆道系。「尿」を介して外界と接している尿路系。あと皮膚(蜂窩織炎)。これらが、発熱疾患の原因として多くを占める。私も研修医時代、ER当直の時は、高齢者の発熱について、細菌感染症を疑う場合は「初期評価」として上記疾患の有無を評価し、いずれも否定的であれば「原因不明の発熱」として病名を付けず、入院の上さらなる検査を進めていた。


病名を付けない理由は、「一度病名を付けてしまうと、そのラベルをはがすのに莫大な努力を要すること、ラベルに引っ張られてしまい、大事なことを見逃すこと」が頻繁に起きるからである。なので、ある程度自信をもって診断名を付けられなければ、病態名で入院を挙げたほうが、「先入観なく」看護スタッフも患者さんを見ることができ、より早く診断をつけることができるからである。


この患者さん、「尿路感染症(急性腎盂腎炎)」と診断する根拠が非常に弱かったのである。前医では、血液検査、尿検査、胸部、腹部の造影CTを確認されていたが、血液検査では白血球増多とCRP上昇以外に特記すべき変化はなく、県尿沈渣では、尿中白血球が5-9/H以外に異常なく、検鏡で最近も認めなかった。胸部CTでは肺炎像はなく、腹部造影CTでも、消化管、胆道系、胆嚢に異常を認めず、腎臓も造影剤できれいに染まっていた。


急性腎盂腎炎の場合、頻度はそれなりに多いのであるが、造影CTで腎臓実質内に染まりの悪い部分がパラパラとみられる「急性巣状細菌性腎炎」という所見が見られることが多い。ところが、この患者さんにはその所見は認めなかった。また、急性腎盂腎炎では、患側の腎臓周囲に、炎症に伴う脂肪組織の濃度上昇がみられることも多いが、それも見当たらなかった。


少なくとも、私がこの患者さんを転送するにしても、「尿路感染症」とは書かない。やはり「熱源不明の発熱」と書くだろうと考えた。


それはさておき、患者さんは受診されているが、前日に十分に検査されており、当院で行なうべきことは、前日処方されていた抗生物質が効いてきているのか、病状が悪化しているのかを判断することくらいだろう、と考え、院内緊急項目の採血の指示を出して、結果を待つこととした。


30分ほどして診察室に届いた結果を見て、「あぁっ!」と声を挙げそうになった。前日と比較し、若干白血球数、CRPは低下していたが、細胞の新陳代謝を示す「LDH」という項目が、前日300程度(やや高め)から、600台(かなり高い)に上昇していたからだ。


一度痛い目にあった疾患はやはり記憶に残る(拙文「やっぱりがむしゃら 後期研修医」第39話「学生時代の勉強が役に立つ」をご参照あれ)。おそらく疾患は「血球貪食症候群」が最も可能性が高い、と判断した。細胞同士の信号となる「サイトカイン」と呼ばれる複数の物質がハチャメチャな状態(サイトカイン・ストーム)となり、骨髄内で、血球細胞の分化増殖をサポートしている「マクロファージ」と呼ばれる細胞が、骨髄内で「血球」となるべき細胞を「貪食(食べて破壊してしまう)」する疾患である。血球貪食症候群は血球に感染するウイルス(EBVなど)や、悪性リンパ腫などが原因となる疾患である。専門診療科は「血液内科」となる。


紹介状に引っ張られて「尿路感染症」という診断にとらわれていたならば、大変なことになっていたわけである。という点でも、私が「無理に」病名を付けない理由がお分かりいただけるかと思う。「無理に病名を付けない」というのは研修医時代の師匠の教えであるが、師匠の教え、年を重ねるごとに、その言葉の重さが伝わってくる。


患者さんとご家族には、前日の紹介状から確認した結果と、今日の診察、検査の結果から「血球貪食症候群」が最も可能性が高いと思われること。専門診療科は「血液内科」であり、適切に対応しなければ「命を落とす」疾患であること、紹介元の日赤病院は、しっかりした血液内科を持っており、今は金曜の午前中なので、今からすぐに日赤病院の血液内科を受診するよう説明した。


ところが患者さんは「あんな山奥の病院は嫌だ。本郷総合病院がいい」と言って同意されない。5回程同じようなやり取りをしただろうか、「死ぬ病気だよ」と言っても「死んでもいいから本郷総合へ」と強弁された。そこまで言われれば、当方としてはできることは「本郷総合病院」への紹介を考えることくらいである。診察日を確認すると、血液内科外来は4日後の午前となってしまう。「それでもかまわない」というので、抗生物質と解熱鎮痛剤を処方し、紹介状を作成してその日の診察を終えた。


翌週の火曜日、患者さんの受診の日だった。おそらく転院となっているだろう、と推測していたのだが、夕方に本郷総合病院からFaxが届いた。


「○○様 本日入院となりました。 主治医 総合内科 緑本医師」


とのこと。そのFaxをみて本当にがっかりした。と同時に、総合内科はどうしても「便利屋」扱いされてしまい、時に専門診療科からとんでもない患者さんを押し付けられることもある。本郷総合病院 血液内科は非常勤医のみだったので、多分押しつけらえたんだろうなぁ、とかわいそうに思っていた。


それから3日後のちょうど1週間後、訪問看護師さんから話を聞いた。


「先生が先週見てくださった〇◇さん、昨日、日赤病院で亡くなった、と連絡がありました」

「へっ?なんで?ご本人は『絶対に日赤はヤダ』って言っていたし、本郷総合病院からも『当院に入院しました』とFaxが届いたよ。本郷総合じゃなくて、本当に日赤病院?」

「はい。私は「日赤で亡くなられた」とケアマネさんからの連絡を受けましたよ」


とのことだった。



「ほらぁ、やっぱり亡くなったやん!最初から日赤の血液内科に行っておけば、亡くならなかったかもしれないのに…。でも、なんで本郷ではなく日赤なのだろう??」


と不思議に思い、本郷総合病院の緑本先生と、日赤病院の主治医先生(当院からは、どの先生が担当されたのかが分からないので)宛てに「後学のため、そちらでの治療経過を教えてください」と診療情報提供書を書いてそれぞれの病院にFaxしてもらった。


数日して、両方の病院から返信が届いた。緑川先生からは


「細菌感染症として、メロペネム、バンコマイシンを投与しました。金曜日の午前中にショックバイタルとなり、日赤病院に転送しました」との短い紹介状が、日赤病院からは丁寧な返信が届き、要約すれば「骨髄穿刺で血球貪食像はなかったものの、フェリチンの超高値などからは、臨床的には「血球貪食症候群」だったのでしょう。当院紹介時点で血圧も低下しており、ステロイドパルスなどを開始したが、来院後8時間程度で永眠されました」との返信をいただいた。


その時の本郷総合病院からの「3行診療情報」にひどく「モヤッ」としてしまって、「こちらはわざわざ『血球貪食症候群』が疑わしい」と紹介状に書いたのに、なぜ血液内科医は「総合内科」に投げたのだろうか?緑本先生も、もっと早く血液内科に紹介できなかったのだろうか」というモヤモヤが今でも残っていた。適切なタイミングで治療介入できていれば、予後は変わっていたかもしれないのである。


なので、私の中の「緑本先生」のイメージは、適当な診療情報を書いてくる、適当な医師なのだろう、と思い込んでいた。


ところが、ご本人にお会いしてお話をすると、その印象は大きく変わった。緑本先生は、もともと他国の医師で、研究者として日本にやってきたそうだ。そして、その後日本での医師国家試験に合格し、日本の医師になった、ということだった。


「先生、しゃべるのは何とかなるのですが、文章を書くの、とても下手です。必要な情報を書けてなくてすみません」

「いえいえ、他の国から日本に来られて、ややこしい日本語を覚えるのは大変だと思います。先生、そこはそんなにお気遣いなく」と返した。


緑本先生、決していい加減な医師ではなかった。時々「あれっ?」という問題を見つけるが、顔を合わせ、バックグラウンドを知り、仲良くなってしまえば、批判的な思いではなく、むしろ可能であれば、私が担当した場合には患者さんと緑本先生のためにしっかりサポートしようと思った。大きく印象が変わってしまった。


その後、お互いの研修医時代の思い出話などでものすごく盛り上がり、会が終了した時には、お互いに「今日は楽しかったです。今後ともよろしくお願いします」と固く手を握り合う握手を交わして、帰路に就いた。緑本先生と深いつながりができたことだけでも、今回出席して、大収穫であった。


実際に顔を合わせてお話をすると、紹介状のやり取りだけでは見えてこない、分からないことがたくさんあったことがよくわかった。本当に緑本先生にお会いできて、お話ができて良かったと思った。


散会し、時間も遅かったので、建物から出るためには、直通のエレベータを使うか、駐車場を回るか、ということになってしまう。院長先生にお荷物と杖をお渡しし、上着を着ていただいて、


「先生、ではここで失礼します」


と伝え、院長先生を送り出した後で、自分自身がコートを着て、荷物をもって店を出た。院長先生と別れて5分ほどだっただろうか?一応エスカレーターを確認し、シャッターが閉まり、エスカレーターが使えないことを確認して、駐車場に向かおうとすると、駐車場への通路を逆行してくる院長先生が。


「いやぁ、先生。外に出るのはどうすればいいですか?」


先生、また迷子でしたか…。


「先生、この道を向こう向きに進んでください。そこにエレベータが見えていると思います。エレベーターで降りていただければ大丈夫ですよ」


とお伝えして、自分の車に向かった。今になってよく考えてみれば、私が院長先生をご自宅近くまでお送りしても良かったのかもしれない。


何はともあれ、やり取りの多い緑本先生と、顔を合わせてお話しできたことで、得られるものがたくさんあった。それだけで、今回出席した甲斐があるものだ、と思った次第である。

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