第746話 気が重いなぁ。緊張するなぁ…。(市医師会地区会への参加 その1)

数年前、院長先生からの指示で、市の医師会の勤務医部会の当院代表となってしまった(前任者退職のため)ので、医師会の集いにも参加せざるを得なくなった。


研修医時代は「名ばかり医師会員(研修医ゆえ、しょうがないのだが)」で、6年間で1~2回、何かの集いに参加したことはあるが、その後、前職でも、現職でも市医師会に加入している。市医師会に加入すると、自動的に都道府県医師会、日本医師会にも入会となる。


当市の医師会(多分どこの医師会でも同じだと思うが)では、3つの会員資格がある。A~Cに区別されており、A会員は開業医、あるいは病院長など、自身がその医療機関の代表者である医師、B会員は勤務医や、現役を引退した医師、C会員は研修医、となっている。それぞれの会員で、入会費や年会費が異なり、A会員になるには、かなりのお金がかかる。なので、医師会に属さずに開業される医師も珍しいわけではない。


「医師会」と言えば、世間的には「開業医の利益集団」というイメージが強いが、必ずしもそういうわけではない。例えば、各種ワクチンの啓蒙活動であったり、医師の「生涯教育」をサポートしたり(勉強会などを開催)、健診事業を行なったり、地元の行政と連携して、健康、公衆衛生にかかわる事業をサポート、あるいは推進したり、地域によっては「休日、夜間の当番医」を医師会が調整している場合もあるだろうと思われる。


当市は急性期高次医療機関が複数あるので、そのような調節をせずとも、それらの病院の救急外来が市の救急医療を支えてくださっている。前職場の市内には「急性期高次医療機関」として頼りになる病院がなかったので、近隣の市にある病院に重症患者さんを転送することがほとんどだったが、当市にある病院にもたくさんの患者さんを転送し、助けていただいた。


そんなわけで、「私欲にまみれた医師の巣窟」、というイメージとは全く異なる組織が「医師会」という組織である。他県の詳細は存じ上げないが、大阪府医師会は、各市町村でそれぞれ医師会を有しているようである。前職場の時も、私はその市の医師会のB会員であった。


基本的には人見知りで、雑談下手の私にとっては、知らない先生方、偉い先生方が集まる「医師会」の会合に参加するのは苦手である。今朝起床時から、医師会のことを考えると気が重くなっていた。とはいえ、医師会の会合への参加は、現在は院長と私の二人で担っているので、参加しないわけにもいかない。これも仕事である。


今回は、当院の所属する地区と、医師会理事の先生方との懇話会+懇親会、ということだった。昨年参加した、市医師会全体の総会では名刺を切らしてしまう、という大ポカをしてしまったので、今回は名刺入れにぎっしりと名刺を入れて、心の中には気合を入れて参加した。


今回は土曜日の開催、ということで、多くの先生方は時間的余裕のある時間帯ではあるが、当院では私が土曜日の戦力、ということもあり、通常通り仕事を行ない、職場を早退し、会場へ直行、ということとなった。


今回は院長先生も参加される、ということで多少は気が楽だった。私が直接車で向かうので、院長先生にも「私の車でよければ、会場まで車で一緒に行きますよ」とお伝えしたが、「タクシーで向かいます」とのことだった。院長先生は車の免許証は持っておられないこと、もちろん高齢、ということもあり、病院から、地元のタクシー会社のチケットをもらっておられる。タクシーチケットを使えば、費用も掛からず、ということで、移動の際はタクシーを使われている。最近は足腰も弱っておられ、確かにタクシーで移動された方がよさそうであった。私が仕事を中座し、病院を離れようと医局のドアから出ると、ちょうど院長先生がお見えになられており、「先生、では後程」と挨拶をして、病院から少し離れたところにある職員駐車場に向かい、自身の車を走らせた。


会場は、市内の百貨店のレストラン街にあるお店だった。百貨店の駐車場に止めれば楽なのだが、自分自身がお金を払うわけではないので、駐車料金の「〇時間無料割引」が使えないかもしれない、と考えた。


その百貨店の会員カードを持っており、百貨店内で2000円以上の買い物をすれば3時間無料(会員カードがなければ2時間無料)となること、次男の問題集を購入し、成績の悪い科目のテコ入れを図りたい、と考えていたこともあり、会の始まる15分ほど前に百貨店の駐車場に車を止め、百貨店内に店舗を持っている本屋さんで、本を5千円ほど購入した。駐車券の手続きをしてもらい、「3時間無料」を無事にゲットした。これで、万一、駐車券への配慮がなくても何とかなるはずである。


ホッと一息ついて、ふと背後に気配を感じて振り向くと、私の後ろに院長先生がおられた。


「院長先生。先生も何か本を買いに来られたのですか?」

「いや、保谷先生…。6階のレストラン街に上がることができなくて…」


あらあら、院長先生、道に迷っておられたのですね。しかしそれはそれで困ったことである。最近、院長先生、「臨床の現場」に立たれることがないので、患者さんに迷惑をかけることにはならないが、やはり加齢に伴う認知機能の低下はあるのかもしれない。


「院長先生。私もこれから会場に向かいますので、いっしょに行きましょう」

「保谷先生、助かります」


ということで、院長先生と連れ添って、百貨店内に1か所しかないレストラン街へのエスカレーターへと向かった。本屋さんとそのエスカレーターは百貨店の端と端、正反対の場所である。院長先生の歩みに合わせてゆっくりと歩く。先生は、この1年間で2回、結晶性膝関節炎(偽痛風)で入院されており、それに伴ってADLも低下されている。実質は院長先生の後ろをついて、近隣の先生方との顔つなぎをするための出席なのだが、先生のリハビリに付き添っているような気分になる(悪い気分ではない)。


そんなわけで、エスカレーターに乗り、会場のレストランにほぼ定刻通りに到着した。


医師会の事務担当職員の方が、


「大東先生、お疲れさまでした。今日はお席は自由となっています。先生はこちらのテーブルにどうぞ」


と院長先生をテーブルに案内される。私も後ろをくっついていき、院長先生の隣に座る。院長先生のカバンや杖を荷物置きにおいて、先生のコートをハンガーにかける。そのあと、自分の荷物を荷物置き場において、コートをハンガーにかけ、席に戻った。まるで院長先生の秘書である。


席に着いた時点で、自分の周りを見回して驚いた。院長先生はおそらく今回の出席者で最高齢であり、一時は市議会議員も兼務されていたこともあり、いわゆる地元医師会の「重鎮」である。なので、医師会のスタッフは、先生を「重鎮」のテーブルに案内されたようだ。気が付かない私も鈍いのだが、テーブルに居並ぶ面々を見渡すと、地域を支える中核急性期病院の理事長で、前市医師会会長の先生、現在の市医師会長の先生などが座っておられる。私のような若輩者の座るところではなさそうである。とはいえ、顔見知りと言えば院長先生しかおられない。


なので、私は肩を小さくして、他の病院やクリニックの先生が院長先生に挨拶に来られた時に、おまけとして


「いつもお世話になっております。元畑町病院内科の保谷と申します。よろしくお願いします」


とご挨拶する。今回は、近隣地域の先生方の集いであり、本当にいろいろとお世話になることも多い先生方である。名刺もたくさん持ってきたし、顔を覚えていただくのに必死である。緊張で胃が痛くなってきた。懇話会の後は、懇親会として食事が出るはずだが、のどを通るだろうか、と不安になるほどであった。


そうこうしているうちに、懇話会が始まった。


(続く)

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