第734話 DPCの弊害か?

今週、当院に入院予定の患者さん。私が担当医となるので、前もって入院時の指示をある程度記入するのだが、入院指示を書きながら、「なぜ???」と思い続けていた。


確か患者さんは、80代後半だったか、90代前半だったかの男性。紹介元の病院に入院した際の病名は「低血糖」と「COVID-19」だった。患者さんは自宅で意識障害を来し、自宅近くの病院に救急搬送。救急外来で血糖値 24mg/dlとCOVID-19抗原陽性を認めたため、急性期病院である紹介元病院に転送、入院となった、と紹介状には記載されていた。


患者さんの既往歴を確認するが、「糖尿病」の記載はなかった。


「低血糖」の原因として一番多いのは、糖尿病患者さんで、「血糖降下薬(インスリン含む)」の効きすぎである。このような低血糖であれば、もちろん適切に血糖コントロールを行なう必要はあるものの、原因検索に悩む必要はない。


問題は、「血糖を下げる薬」を使用していないのに発症した、意識を失うほどの「低血糖」である。というのも、身体にはいくつもの「低血糖予防」のための安全装置が装備されているからである。


毎日3食、食事を安定して取れるようになった、ということは、人類の歴史としては極めて短い期間であり、長い間、人類は、あるいは生物すべてとして、「いつ食事にありつけるか分からない」状態で過ごしていた。


「低血糖」は「死」にもつながる病態であるため、体内には「低血糖にならないようにする」システムが何重にも組み込まれている。


血糖降下薬で起きる低血糖は、単純に薬の効果が、体内に備えられた「血糖値を下げすぎない」安全システムよりも強力に血糖を下げた、というだけの話であるが、そのような薬を使っていないのに「意識を失うほどの低血糖」を起こした、ということは、「安全装置」そのものにトラブルを抱えている、ということを示唆している。なので、「低血糖だったからぶどう糖を注射して意識が戻りました」では済ませてはいけないはずである。「命を守る」システムにトラブルが起きていることを示しているからである。


ところが、送られてきた紹介状では、低血糖については、「ブドウ糖を投与して意識が戻りました」としか記載がなく、結局その急性期病院では、「COVID-19について、経過を見ました。現在治癒の状態ですが、ADLが落ちて自宅に帰れません。リハビリをよろしく」ということで、「低血糖」については「全くの放置」であった。


急性期病院では”DPC”と言って、入院の原因となった疾患名に対して、病院に支払う保険診療費が決定されており、付随する疾患については「保険診療」ではお金が支払われないことになっている。


この患者さんもそうなのだろう。COVID-19で入院したから、COVID-19について治療をしました。その他のことは(悪く言えば)DPCの範囲外なので、ノータッチです、ということなのだろう。


入院時にある程度ホルモン系の評価は行うが、確定診断に必要な負荷試験を行なうための薬剤は当院に採用がないので、十分には調べきれない。


「隔靴掻痒」というか何というか、モヤモヤしたものを抱えながら、患者さんを受け入れることになりそうである。

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