第725話 医療の世界でも、長期ビジョンは必要だろう。

私が研修医として修業中、循環器内科や消化器内科は、「消化器ガン」は別として、ある程度急性の経過をたどる疾患が多かったので、「長期ビジョン」ではなく、「今ある疾患」を乗り越えることで「仕事は終了」となることが多かった。今から20年近く前のことであり、高齢化もそこまでは深刻ではなかったことから、ある意味「患者さんのこれからの生活」を考えて、ということは少なかった。


その一方で、「呼吸器内科」や「総合内科」では、どうしても疾患が長期化するものが多く、例えば、呼吸器内科では「非結核性抗酸菌症」や「COPD」、「間質性肺炎」など、総合内科では「高齢者」における様々な健康問題に対応するために、ある程度「長期ビジョン」を考える必要がある。特に総合内科時代は、「認知症高齢者」に起きる種々の疾患(循環器、消化器、内分泌、脳血管障害などなど)を扱っていたため、「病気」を診るというよりも、「病気」がある程度安定した後、「どういう形で患者さんやご家族の生活を組み立てていくか」ということが重要であった。様々な職種の方と相談しながらあるべきスタイルを作り上げていくために、「急性期病院」でありながら、入院期間が1か月を超えることは普通であった。周囲に、今勤務しているような「亜急性期」を受け入れる病院が少なかったことも影響していたのだろう。


特に、栄養をどうするか、というのは大きな問題で、高齢者で大病をすると基本的には食事が取れなくなる。経口摂取ができないときにどうするか、ということは、特に急性期病院では悩ましい問題である。


このような場合の選択肢としては、「嚥下訓練を続ける」「経鼻胃管(鼻から胃に管を通す)で経管栄養を行なう」「中心静脈路を確保して、中心静脈栄養を行なう」「胃ろうを造設する」「末梢点滴でごまかす(高齢の方なら、1か月ほどで点滴を行なうことができる血管がなくなってしまう)」「何もせず、口を湿らすだけで看取る」というものがある。それぞれ、利点、欠点があるが、施設入所などを考える、本人の苦痛を考えると、積極的に栄養を入れていくなら、「胃瘻造設」が最も良い、と考えていた。もちろん今もそう考えている。


経口摂取ができず、言語聴覚士さんの評価、訓練でも嚥下機能の向上が期待できない、という方については、ご家族においでいただいて、代替栄養の話を行ない、「胃瘻造設」を希望される方については、自分たちで胃ろうを造設してから、施設、あるいは別の病院、場合によっては自宅への退院としていた。私自身は「主治医」というものは、そういうことまで考えて、治療を進めていくものだ、と考えていた。


現在の職場に来て、非常に残念に思うのは、明らかに「主たる問題点」が「嚥下困難・嚥下障害」であるにもかかわらず、代替栄養の話もせずに、「食事が取れないから」という理由で経鼻胃管を挿入され、また、経鼻胃管の挿入は極めて不快なので、自己抜去のリスクが高く、自己抜去防止のため、手に拘束用のミトン手袋をつけて転院されてくる患者さんがあまりにも多いことである。


ご家族にお話を聞いても、「栄養の投与方法にそれほど種類があるとは知りませんでした。向こうの病院では『食事が食べられないので、胃までチューブを入れて、栄養を入れてます』という報告だけでした」ということが多く、そのたびに私自身が「ガックリ」してしまう。というのも、私が修業時代は、「意向があれば胃瘻を造るところまでは急性期病院の仕事」と思っていたからである。


「胃瘻造設」はほとんどの場合、内視鏡下に造設する(PEG)ことが多いのだが、当院では人手の問題で「胃瘻造設」を行なっていない。また、先に述べたように、経鼻胃管を挿入されて、当然気持ち悪いから抜こうとするために、両手に抑制の手袋をつけて、という状態が「人道的」な対応ではない、と私は思っている。


何度も書いたことではあるが、「経鼻胃管」は腸閉塞の治療のためにも挿入するのだが、治療のために挿入される方は、意思疎通が十分可能であることがほとんどである。「経鼻胃管を入れて、消化管の減圧を図りますね」と言って、ERで経鼻胃管を挿入しようとすると「え~!またあれ入れるの?あれ、ほんまに気持ち悪くてきついねん。しゃあないことやけど、勘弁してや」と拒まれるのがほとんどである(もちろん拒まれても挿入せざるを得ないが)。


そのようなチューブを「いつまで入れておくのか?」なんてことは少しも考えていないことが紹介状からもよくわかる。紹介状に「経口摂取量が極めて少量で不安定なため、現在経鼻胃管を挿入、経管栄養を行なっています」としか書いていないからである。


急性期病院の医療費は「DPC」と言って、疾患名について、この金額、と支払われる金額が決まっている。なので、急性期病院としては、患者さんの病状が安定すれば、「さっさと別のところへ行ってほしい」のである。また、「平均在院日数」も病院の収入に影響を与え、平均在院日数が基準を超えると、病院側の収入が減額されるため、それも、患者さんの早期退院を目指す理由である。さらに付け加えるなら、地域の中核となる急性期病院では、救急車だけで1日20台以上、それに加えて、外来、救急外来に自力で来院された方の緊急入院が毎日20名近くいるわけである。なので、患者さんを別の病院などに動かさなければ、「救急車」の受け入れなど、地域の「救急医療」に明らかに悪影響を与えるのである。


そんなわけで、「代替栄養」の話も当院のような亜急性期の病院でしてほしいのだろう、ということは分かっている。ただ、例えば、代替医療の話をして、「では胃瘻をお願いします」となると、結局、紹介元の病院に「胃瘻造設お願いします」と紹介状を書いて日程を調整し、胃瘻を造設して、ある程度安定するまでは入院してもらうことになり、ご家族としては、「二度手間」になるわけである。


こちらとしては、転院した患者さんが、経鼻胃管+ミトンの手袋の状態でやってこられると、非常に心苦しいのである。「あぁ、しんどいやろなぁ」と思うからである。で、転院直後の患者さん家族とのお話で、「代替栄養」の話をすることになり、多くの場合、「では、胃瘻をお願いします」ということになるわけである。「二度手間やろ~~!」と叫びたい気持ちを抑えることになるのである。


DPCの縛りが厳しくなったから、胃瘻造設まで手が回らないのか、平均在院日数を減らすために、そこまでしないのか、それとも、「代替栄養」を考えるのは急性期病院の仕事ではない、と考えているのか、それは分からない。私が研修医としてトレーニングを受けたころからずいぶん時間が経っているので、状況が違うのだろうと思っている。


そんなわけで、頻繁に「経鼻胃管+ミトンの手袋」の患者さんを見ては、「これは胃瘻を造ってあげた方が、本人にとって楽やろう」と思い、私からご家族に、代替栄養の話をして、方針を決定している現状である。

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