第716話 「院長」だからって実名を出していいのか?

読売新聞に対して、それはいかがなものか、と思った記事。


ソースは読売新聞オンライン。Yahooニュースより


<以下引用>

 神戸徳洲会病院(神戸市垂水区)で今年9月、入院していた70歳代男性患者に対し、糖尿病の治療に必要なインスリン投与などが行われず、その後、男性が死亡していたことが神戸市への取材でわかった。主治医は○○ ✕✕(実名)院長で、病院側は当初、遺族に投与ミスを伝えていなかったという。市は医療安全体制に問題があるとして、22日に立ち入り検査を実施した。


 同病院では、循環器内科の医師が行ったカテーテル手術後に11人の患者が死亡。市は8月、是正を求める行政指導を行った。引き続き調べたところ、入院した男性へのインスリン投与を一時実施していなかったことが発覚したという。


 市によると、男性は糖尿病で通院していたが、新型コロナウイルスに感染して肺炎となり、大学病院に入院。症状が改善したため9月5日に神戸徳洲会病院に肺炎の治療のため入院し、9月15日に死亡した。病院側は当初、遺族側に「死因は肺炎」と説明していた。


 市が病院側に指摘した後、病院側は遺族への説明内容を「血糖値をコントロールする治療をできずに死亡した可能性がある」と変更したという。市は○○院長が糖尿病の既往歴を見落としていた可能性があるとみており、再度の行政指導も検討する。同病院は読売新聞の取材に対して、「事案の詳細は調査中で答えられない。調査を早急に進めたい」としている。


<引用ここまで>


この患者さん、本当に「糖尿病」で亡くなったのだろうか??という疑問が残る。「糖尿病」で致死的となる病態は「高度の低血糖」、「糖尿病性ケトアシドーシス(以下DKA)」、「高血糖高浸透圧症候群(以下、HHS)」の3つである。一つは低血糖、2つは高血糖+高度の脱水である(最近は「正常血糖糖尿病性ケトアシドーシス」という病態も知られるようになったが、この病態で亡くなった、という事は聞いたことがない)。


私がかつて勤務していた「診療所」は、緊急の血糖測定は「糖尿病患者さん用の自己血糖測定機」を使って測定していたため、自分自身が「他の医師」が診察しているところに割って入った時に「血糖」を失念したことはあったが、いわゆる「病院」と呼ばれる施設、特に救急患者を積極的に受けている徳洲会グループの病院で、採血セットの中に「血糖値」が入っていないことは考えづらい。DKAは時に、血糖値200台でも発症することがあるが、一般的には600~800mg/dl前後、HHSは800~1200mg/dl程度の血糖値となるので、血液検査ですぐに疑うことのできる病態である。COVID-19感染による肺炎、という事で転院されたのであれば、少なくとも2,3日に一度は血液検査をするであろう(急性期の患者さんの管理には、少なくともそのくらいの頻度で評価が必要である)。だとすれば、おそらくインスリン不投与は2,3日程度であるはずだし、また、患者さんがⅠ型糖尿病でなければ、普通の病院食を食べているだけで、2,3日で正常近い血糖値が、命にかかわるほど上昇するとも考えにくい。ただし、患者さんがⅠ型糖尿病だった、とすれば、インスリン不投与は明らかに医師の責任である。


記事では「入院していた男性へのインスリン投与を一時実施していなかったことが発覚した」とある。10日間の経過の中で、その「一時」がどれくらいの長さだったのか、また、転院してきた患者さんの状態はどうだったのか、インスリンの投与が中断されたことで、血糖値やその他、患者さんにどのような影響が出たのか、という事が記事では見えてこない。なので、院長の治療が仮に不適切であったとするならば、どの程度の不適切さなのかが見えてこない。


例えば、転院時には血糖値は200㎎/d未満でコントロールされていた方が、インスリンの不投与で血糖値1200㎎/dlのHHS(DKAではここまで上がらない)を起こした、という事であれば、インスリン不投与が死亡という結果に大きな影響を与えた、と考えてよかろうと思うが、COVID-19感染後の転院、という事であれば、ステロイド投与中、という事も考えられ、転院直後から血糖は200~300台くらいを行き来していたのが、インスリン不投与で血糖値500になった、という事では、少なくとも私は「糖尿病の悪化」を死因と判断することに異を唱えたい。


インスリン投与の絶対適応は、私はケトン体の増加、だと考えている。ケトン体が増加する、という事は体内で「インスリン」が働いていないことの指標である。DKAは当然ケトン体はバカ上がりしているわけで、ケトン体が作られていなくても血糖が著高している高血糖高浸透圧症候群は本質的には「脱水」なので、治療として当然インスリンは使うものの、本質的には「脱水の補正」である。DKAは、インスリン機能の欠乏でケトン体が増加しているため、治療の本質は「インスリン投与による糖代謝の正常化」であり、もちろんDKAでも脱水は存在しているために、脱水の補正も必要であるが、治療を行なう上での持つ意味が異なってくる。


DKAであれ、HHSであれ、その補正の最中、あるいは補正後に起きる様々な合併症が致死的になることはある。ただそれは報道からはわからないことである。


私が不快に思うのは、同院の循環器内科で、トラブルが起きていたが、ここに関与していた医師の実名は報道されていない。にもかかわらず、「本当にそれが原因かどうか判断できるだけの情報が提供されていない状態」で、今回は実名報道がされている。実名報道をするのかしないのか、それを判断する基準はどこなのだ、という事である。


循環器内科の一件では、病院の責任者として、院長名が報道されるのは止む無し、だと思われる。しかし、今回のことは、「院長」であるかどうかとは関係なく、一人の医師としての「診断の適切さ」が問われているわけである。「診察の適切さ」を問うのであれば、この医師よりも循環器内科で問題になっている医師の方が、より深刻であろう?おかしいじゃないか?


報道に携わる者は、自分の行なう「報道」に対して明確な基準をもって対応してもらいたいと思う。循環器内科医が実名報道されていないのであれば、今回のことも「実名」を出す必要はないだろう。「一人の医師」としての治療方針の可否が問われているわけであるから。


と、またもやモヤモヤした次第である。

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