第709話 「人工透析」しているなら、「守るべきこと」は守ってほしい

ソースはFRIDAY DIGITAL、Yahooニュースより


<以下引用>

12月6日、銀座にあるひとり4万円はくだらない高級ステーキ店から姿を現したのは、森喜朗元首相(86)。車いすで店の玄関から出てくると、両脇を屈強な男に抱えられ、時間をかけてゆっくり迎えの車に乗りこんだ。足元は、終始おぼつかなかった。


森さんは腎機能が低下した影響で、ここ数年は透析治療を受けている。相当応えるようで『透析後にはぐったりする』と漏らしていた。さすがにもう年には勝てないのかと思いきや、最近でも夜の会合には積極的に顔を出しているようだから驚く」(安倍派中堅議員)


<引用ここまで>


腎機能が悪化している場合には、本来であれば、厳格な食事療法が必要となる。人工透析をしたから、と言って、食事療法が必要なくなる、というわけではない。透析前とは重要視するポイントが異なるのだが、透析開始後も厳しい食事療法、水分管理が必要なのであり、食事、水分などの厳格な制限は続くのである。


私の父が亡くなる半年くらい前(糖尿病性腎症に起因する人工透析なので、透析後の生命予後は良くない)から人工透析を受け始めたが、厳格な食事制限に、食事を作る母もずいぶん苦労していたことを記憶している。父も母も苦労しながら透析を行なっていた記憶がある。


初期研修医の時には人工透析科で1カ月の研修を受け、院内で透析を行なうことができるので、人工透析を受けている患者さんの入院担当となったことも数多くある。


透析クリニックによっては、あまり厳しいことは言わず、「毒素や余分な水分が溜まっても、透析の時に抜いてあげればいいんだ」なんていう方針を取っていたクリニックもあったが、「透析後の生命予後」を考えれば、やはり「厳格に」食事制限を守った方が明らかに良い。ただ、厳しいことを言わない透析クリニックの方が「患者さんに人気」であることはそうだろうと思っている。それだけ、透析を受けている方の日常生活の食事制限、飲水制限は厳しいのである。


人工透析は一人当たり、年間で約480万円程度の金額がかかるとされている。森氏はおそらく収入の多い後期高齢者となるであろうから、この金額の7割が健康保険組合から、そして、人工透析患者さんは身体障碍者1級となるので、医療費の自己負担はかからなくなるはずなので、結局、年間500万円程度の人工透析にかかるお金は、すべて公費負担、となっているわけである。


VIPだから、店も特別に「人工透析患者さん」に適した料理を提供しているのかどうか、ということは分からないが、普通に考えて、「ステーキ」であれば、量にもよるがタンパク質の過剰摂取が心配になるし、味付けについては、食塩摂取量も気になるところである。しかも、外食を繰り返している、ということであれば、おそらく「本来は守るべき」である「食事制限」は「守られていない」と推測するのが妥当であろう。


イギリスはNHS(National Health Service)という保険制度が存在し、いろいろと問題のあるところではあるものの、NHSの枠内で医療を受けていれば、医療費は「無料」となっている。現在ではNHSで高齢者の人工透析についての制限はなくなったようだが、私が医学生、初期研修医のころに聞いていた話では、当時は「65歳以上の人工透析」はNHSの枠から外れている、ということだった。


「命に差別をつけるのか」という批判もあるかと思われるが、本来の「人工透析」の在り方は、「腎機能の悪化」のために命の危機にさらされており、「腎機能が維持できれば、通常の社会生活を営める生産年齢層の方」の命を助けるためのものだと考えている。


慢性腎不全の非代償期で、子供も中学生くらいで、まだまだ子育ての最中なのに死んでいかなければならない、という人の命を救うことが「人工透析」の意義であったはずだと個人的には思っているのと同時に、そのような人に年間、例えば私が子供のころであれば、企業立の健康保険組合であれば被保険者は医療費1割負担であったが、それでも年間50万は大きな負担であり、それを「身体障碍者」ということで医療費がかからないようにする、ということには意味があったと思っている。


人工透析が実用化された、黎明期での「腎代替療法」の意義はそういうものであったであろうと推測している。


翻って、現在の透析医療を見てみると、人工透析患者さんの約67%が65歳以上、となっている。当然この中には、「30代から人工透析を始めて、この年齢に至った」という患者さんも多数おられるのは承知の上である。その一方で、人工透析「導入」の平均年齢は71.08歳、新規に透析を導入される方は年間4万人ほどと報告されている。


センチメンタリズムを捨てて、医師法第1条に規定されている医師の業務「国民の公衆衛生の維持向上に資する」という視点で考えてみると、生産年齢層の人々が、給与から天引きされている「社会保険料」の金額の多さにびっくり、うんざりしている一方で、約4万人×約500万円=2000億円が新たに透析医療に投入され、しかもその対象者の平均が、71歳と「生産年齢層を超えている」世代を中心に支払われている、ということについて、どう考えるべきなのだろうか?この2000億円の金額が「国力を上げている」、あるいは「公衆衛生の向上に寄与している」と言えるのかどうかは、一考の余地があるだろう、と思うのだが。


森氏個人を責め立てるつもりはないが、透析を受けながら、会食で本来守るべき「食事制限」を守らない、ということは、氏にかかっている医療費を考えると非難されるべきものであろうと思われるし、森氏以外であっても、「人工透析」を受けているのに、それに付随する生活上の制限を守れない、ということに対しては厳しく対応すべきものだと思っている。


透析医療もある種「既得権益」となっていて、今更制限をかけると、人工透析クリニックがバタバタと閉院してしまうので、身動きが取れない感じはあるが、「高齢のために自分で通院ができない」という透析患者さんを、自院の車で送迎して透析を行なう、ということが日常化している現状、なんとなくモヤモヤしたものを感じてしまう。


私の中での人工透析の基準は、医学的な条件としては、腎機能の悪化によって、「水分の恒常性が保てない(余分な水分を尿として出すことができなくなり、心不全を起こす)」、「電解質、酸塩基平衡が保てない」、「明らかな尿毒症の症状で自宅での生活ができない」のいずれかを満たすこととしている。もちろん、この3つのいずれかの症状があれば、行なうのであれば緊急で人工透析を開始しなければならない条件である。


社会的問題としては、「その人の置かれている事情は考慮するが、年齢は前期高齢者まで」、「生活上の制限がきっちり守れそうな人」、「中等度以上の認知症がないこと」としている。社会的条件を満たしている末期腎不全の方は、医学的条件を満たす前に、あらかじめ腎臓内科に紹介し、前もってシャント造設を行なってもらっている。前述の医学的な条件を満たした場合には速やかに透析を開始しなければならないので、透析開始前から、透析をするに適切な人かどうか、を見ているつもりである。もちろん、初診の患者さんですでに「医学的に」透析の適応を満たしていて、速やかに高次医療機関に転送し、ブラッドアクセスを挿入してもらって緊急透析、とせざるを得ない患者さんもいるのであるが。


ということで、この「透析医療」。私個人的には高齢者に対してはある程度の制限をかけるべき、と思っているのだが。いかがなものなのだろうか??今まで知らなかったのだが、森氏が人工透析を受けている一方で、美食を堪能しているようなので、モヤモヤした次第である。

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