第705話 私が「冷や汗」をかいた(2)

転院時に希望されていた患者さんの「ゴール」は、著明に低下した筋力、ADLを回復し、寝たきり状態を脱し、ある程度動けるようになることである。


そのゴールを達成するためには、現状の消化管を使いながら、時間をかけて改善を図る必要がある。経口摂取で栄養を取ってもらおうとしても、便の状態を見るとどうも「素通り」しているようであり、「吸収不全」も伴っている様子である。また、経口摂取をすると、消化液が分泌され、より回腸ストマからの排液が増加する。正常な反応ではあるが、「脱水」を考えると手放しでは喜べない。


患者さんはこの状態で、半年、とか1年など「年」の単位で生命予後を考慮する必要があるだろうと考えた。


腸管からの栄養、水分の供給がうまくいかない場合、というのは確かに存在し、今回の患者さんや、何らかの形で小腸の大部分を失ってしまった方は、いくら経口で栄養を投与しても、十分に吸収できない(短腸症候群と呼ばれる)。


このような患者さんについては、上大静脈、下大静脈など「中心静脈」と呼ばれる高流量の静脈にカテーテルを留置し、水分や、経口摂取と同等のカロリーを血管内に注入することとなる。「中心静脈栄養」と呼ばれるものである。当院では一時的に中心静脈栄養のためのカテーテル(以下CVカテーテル)を挿入することは可能であるが、1本のカテーテルが、外界と血管内を直接つないでいるため、カテーテルを介した感染を起こしやすい、という問題がある。


長期間、中心静脈から栄養や水分を補給しなければならない、となると、一時的な留置では問題であり、中心静脈路そのものを皮下に埋め込むCVポートを造設することが最適解ではないかと判断した。


CVポート造設は基本的には外科の先生にお願いする仕事である。という事で、こちらに来たばかりであるが、CVポート造設のために、再度転院を考えなければならないなぁ、と考えた。


また、おなかに留置されたままのドレーンチューブをどうすべきかも考慮すべき問題であり、朝回診時に「至急で腹部単純CTの撮影」を病棟に出し、外来へと向かった。



外来の合間を見て、患者さんの腹部CTが撮影されたかどうかを確認した。撮影が済んだことを確認し、外来の合間にCTの確認をした。


CTを見ると、やはり悩ましいことが多い。


一つは、脱水の問題である。別のところで最近書いた記憶があるが、「下大静脈」がどれぐらい張っているか、という事は非常に重要な脱水の所見である。以前の方ほどではないが、やはり下大静脈は虚脱しており、2L以上の脱水があると推測した。また、左の側腹部に挿入されていたドレーン、びっくりしたことに右側の方へグーンと伸びており、先端は縫合不全を来たしている横行結腸の近位側内に挿入されていた。


一般的に術後のドレーンは術創周囲に留置し、術後の出血や縫合不全などを排液の性状で判断する”information drain”として留置されており、一両日中に抜去することがほとんどである。しかしこのドレーンは縫合不全を起こし、盲端となってしまった腸管の減圧目的で挿入されており、腹部CTを見ると「絶対に抜いてはいけない」ドレーンであった。CTを取っていてよかった。原則として、身体に挿入されている人工物はすべて感染の原因となるため、「不必要なら抜去」なのである。その体で考えなく抜去していたら、大変なことになっていた。


いずれにせよ、おおよその状態はわかった。この患者さん、今後の命をつないでいくためには、経口摂取、経口補水では不十分で、CVポートを留置し、中心静脈栄養(TPN)と多量の補液を続ける必要がある。地域連携室に、早急にご家族に病状説明をして、もともとおられた病院の外科主治医のところに、CVポート造設のために戻したい、と伝え、家族との面談調整をしてもらうようお願いした。


家族との面談は翌日に設定された。本当なら午前中に面談を済ませたかったが、午前中は私が訪問診療の担当日なので不在となる。仕方なく午後一番でお話しすることにした。


CT画像を見ながらが良いだろうと思い、一般診察室でご家族に病状を説明。ご家族は前医での縫合不全に対して少し不信感を持っていたが、「今は腸管の吻合は『自動吻合機』を使って、「ガッチャン」と吻合を行ないます。小さなホチキスをたくさん使って腸管同士をくっつけますが、どうしても小さな隙間があります。これは昔、針と糸で縫合していた時も同じです。その隙間はご自身のお身体で埋めていく必要があり、そこがうまくいかなかった、という事です。ある一定の割合で縫合不全は起き、その原因のほとんどは「本人のお身体の問題」です。手技の上手、下手については自動吻合機を使っていれば関係ないです」とお話しし、多少納得してくださった。CVポート造設についても同意してもらい、転院にも同意を得ることができた。あとは大急ぎで転送の準備にかかるだけである。


大急ぎで診療情報提供書(紹介状)を作成し、地域連携室を通して、急ぎ転送をお願いしたい、と依頼をした。


ところが、なかなか話が前に進まない。連携室経由でいろいろな質問がこちらにやってくる。曰く


「縫合不全を起こした方は、CVポート作成の成功率が低くなるリスクがありますが、それはご家族に説明しましたか?」


私はそのようなこと、初めて聞いた。その後uptodateなどで調べたが、そのような記載は見当たらなかった。私の不勉強なのかもしれないが、それは単純に「栄養状態不良」のため、創傷治癒遅延がある、というだけかもしれない。その質問については「私はそのような話は初めて聞いた。なので、そこについてはお話はできていない」と答えた。


またしばらくして、


「患者さんは急変時DNAR(Do Not Attempt Resuscinate:蘇生処置を希望しない)の意思表示がありましたが、そこについてはどうでしょうか?」とのこと。


次に書くつもりだが、DNAR、あるいはNo CPRという事をどうとらえているのだろうか?この患者さん、CVポートを造設し、十分な水分と栄養が安定して供給できれば、十分に生命の維持が可能な状態である。「DNARは『蘇生処置をしない』という事であって、『何もせず放置する』という意味ではありません。この患者さんはCVポート造設で安定した点滴路を確保でき、適切な輸液と中心静脈栄養を行なえば、命をつなげていくことのできる患者さんです。ぜひとも命をつないでいただきたい」と伝えた。


そして、


「病状が落ち着けば、また患者さんを受け入れていただけますか?」とのこと。


「もちろんです」と返答した。


そんなこんなのやり取りを3時間近くしていただろうか?その間に、病棟から、


「先生、患者さん、意識はありますが血圧が70台です」と報告を受けた。おそらく脱水による血圧低下と判断した。


「今つないでいる点滴のメニューは何ですか?えっ?ソリューゲンF?(酢酸化リンゲル液)、OK。そしたらそれを全開で点滴してください」


と伝え、患者さんの診察に慌てて向かった。


患者さんは受け答えはしっかりしており、眼に力もある。手足は冷たいが冷や汗をかいているわけではなく、頻脈となっているわけでもなかった。「血圧低下」は黄色信号ではあるが、まだ命にかかわる「低用量性ショック」とまでは悪くなっていなかった。


患者さんが「黄色信号」を出しているので、私の方は「赤信号」。。1本目の酢酸化リンゲル液500mlを全開で滴下終了間近だったので、


「もう一本、ソリューゲンFの点滴があったと思うので、それも全開で落としてください。注意して観察してもらい、2本目の点滴終了前にバイタル確認をして報告をお願いします」


と看護師さんに指示を出し、再度ご本人の診察に向かった。患者さんにはモニタがつけられており、血圧は80/60と低いが、HR 58,SpO2 98%で頻呼吸もなく、患者さんの表情も穏やかであった。


「OK!まだ大丈夫」と判断し、連絡を待った。


私の出勤日は常に早出当番をしているので、私の業務時間は8:00~16:00である。確か13:30に家族にお話をして、転院調整を始めたのだが、もうすぐ16時である。受け入れの可否についての連絡はまだ来ない。


結局、16:40頃、「受け入れます」の連絡がきた。あぁ、良かった。


患者さんが、無事CVポートを作って帰ってこられるのを待っておこうと思っている。


CVからの点滴メニュー、術後創はMRSA感染があるので、VCMの点滴も必要である。その辺りの采配は内科医である私の仕事である。

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