第704話 私が「冷や汗」をかいた(1)

第702話の続きである。


状態の悪い患者さんが入院していれば、休日返上で出勤し、仕事をする、ということをメンタルが壊れるまでは行なっていたが、心を病み、休職の憂き目にあって以降は、既定の休日はよほどのことが無ければ「休日とする」ことに決めている。「無理は良くない」と思っているからである。


しかしながら、それはそれで、仕事をしていなくても、何かとその患者さんのことが気になり、「休んでいるのかいないのか、よくわからない」状態になってしまっている。どちらが良いのかは悩ましいことではある。割り切れない私の性格が一番の問題なのだろう。


そんなモヤモヤした休日(日、月)を過ごし、火曜日に出勤、朝の回診を行なった。患者さんの様子は週末と大きな変化はなさそうだが、休日の看護師さんの記録を確認すると、いろいろと悩ましいことが起きていた。当直の看護師さんからは


「先生!〇◇さん、食事を取るたびに、ストマ(人工肛門)から大量の排液と食べたものがほとんど消化されずに出てきます。パウチ(人工肛門部周囲の皮膚に貼り付けて、ストマからの排泄物を受け止める袋)と、ウロバッグ(本来は尿道カテーテルに繋いで、尿をためる袋。目盛りがついていて、大まかな排液量が分かるので、腸閉塞の患者さんで治療のために挿入したイレウス管/経鼻胃管や、今回のようにストマのパウチと接続して、排液量を確認するように接続する場合もある)をつなぐ管が食物残渣で閉塞して、パウチが破裂してベッドが「便まみれ」になることを繰り返していました。何とかなりませんか」


と厳しく言われる始末であった。食形態は「ミキサー食+メイバランス(栄養のある液体)」としているはずなので、本来は詰まることはないはずなのだが、難しい。排液量は1800~2500ml/日と記録されていた。


702話の予備知識でも書いたことだが、口から入ってくる液体/食事量に比べて、圧倒的に消化液の方が多量なので、現実として、大量の水分が失われていると考えられた。


人間の体内で1日に発生する老廃物を排泄するためには、最低でも500ml/日の尿量が必要とされている。また、呼吸や発汗(健康な方では皮膚に適度な潤いがあるが、そのうるおいは「汗」の認識されない程度の水分が「汗」として分泌されているからである)など、意識されない水分喪失(「不感蒸泄」という)が、これまた500ml/日程度とされている。


と考えると、患者さんは1日当たり、3500mlの水分喪失がある、ということになる。点滴を1000ml/日行なっていても、水分は全然足りていないことが分かった。


私の担当する患者さんについては、入院翌日の朝に血液検査を行なっている。その結果は火曜日には出ていたので、結果を確認する。白血球数や炎症の指標となるCRPは正常値であるが、尿から排泄されるべき老廃物であるBUN(血中尿素窒素)やクレアチニン(筋肉からの代謝産物)は基準値を大きく超えている。腎臓から排泄されるべき老廃物が十分に排泄されていない「腎不全」あるいは「腎障害」という状態である。


急性の腎不全/腎障害はその原因によって、3つのタイプに分けられる。一つは、老廃物をろ過する腎臓に、濾過されるべき血液が十分に供給されない「腎前性腎不全」(腎臓に入る血液は、老廃物の処理の流れを考えると、腎臓の前にある問題なので「腎前性」と呼ぶ)、腎臓そのものにトラブルの原因がある「腎性腎不全」、そして、高齢の男性などでよくみられるが、尿の排泄がうまくできず、作られた尿が「渋滞」している状態で腎機能が低下する場合は「腎後性腎不全」(腎臓の処理後の問題なので「腎後性」という)に分けられる。「腎前性腎不全」「腎後性腎不全」とも適切に処置できなければ、最終的には腎臓の細胞にダメージを与え「腎性腎不全」となってしまう。


この患者さんでは、明らかに水分不足があるので、「腎前性腎不全」と診断できる。「腎前性腎不全」の治療は、「腎臓に流れる血液量を増やす」つまり「脱水」を改善することであり、逆に、この腎機能の低下は「脱水」の存在を示唆しているわけである。


電解質を確認すると、血清Na値は151(mEq/L)となっていた。正常値は135~145程度なので、明らかな「高ナトリウム血症」である。


電解質異常の中で、ナトリウムに関するものは、「低ナトリウム血症」と「高ナトリウム血症」に分けられる(当然といえば当然)。「低ナトリウム血症」はかなりややこしくて、「体液の喪失を伴う低ナトリウム血症(水分もナトリウムもぬけている状態)」、「体液量の正常な低ナトリウム血症」、「体液の過剰な低ナトリウム血症」、と分類するが、これらはそれぞれ身体の中で起きていることが異なるので、その3種類を見極めたうえで対応を考える必要がある。


その一方で、「高ナトリウム血症」については原則として「脱水」が存在している、という事がわかっている。なのでその後の治療はともかくとして、原因は「脱水」の一言である。


そんなわけで、入院後の状況からも、血液検査からも「圧倒的に水分量が足りない」という事ははっきりした。


点滴指示を変更し、2000ml/日に輸液量を増やした。もちろん経口摂取は、さらに詰まりにくいもの(栄養ドリンク)に変更した。


とはいえ、末梢点滴路は極めて不安定であり、もし、この点滴路が漏れてしまったら、これだけの輸液を行なうことはできなくなってしまう。


週末にも考えたが、もう一度患者さんの今後について考えた。


続く

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