第702話 いい加減な紹介状はご勘弁を!

当院の病棟では、基本的には「急性期」を乗り越えた「亜急性期」の方の入院を受け入れている。もちろん、終末期の患者さんも受け入れており、基本的には2か月程度で次のステップを考えるための病院、病棟である。「次のステップ」が「施設」や「自宅」であれば大変ありがたいのだが、時には、「別の病院」となることもあれば、「天国」となることもある。いずれにせよ、当院では「入院期間にある程度の制限があること」「病状がある程度安定していること、あるいは終末期であること」、心肺停止蘇生後に必要となる医療機器(人工呼吸器など)や薬剤などが充実していないため、原則として、「急変時は蘇生処置を希望しない」方、を受け入れている。


入院前に、他病院の病診連携室から、紹介状や看護サマリを送っていただき、それを各職種で確認し、「受け入れ可能」と判断が出た時点で、相手病院やご家族と話をして、当院受け入れの可否を決定している。


そういう点で、ゲートが広いわけではないのだが、当院で診きれない患者さんを受け入れることは、患者さんにとって不適切である。今は高齢化社会で、急性期医療を終えたが、その後の受け皿がない、ということも頻発しており、そういう点で当院の提供している医療は一定の意味を持っている、と考えている。


これだけのチェックをしていても、患者さんが来てみれば「おいおい、マジかよ…」と思うような病態であることも少なからずある。


もうずいぶん前に担当した患者さんだが、紹介元の病院からは、「転倒して、顔を強く打ち付け、『眼窩底吹き抜け骨折』を受傷。眼球運動に異常を認めないが、自宅での生活が困難なので、2週間ほどリハビリをお願いしたい」という紹介状が届き、私が主治医として受け入れた。入院時に一通り診察、検査を行なったところ、眼窩底吹き抜け骨折に起因すると思われる眼球運動障害はないものの、受傷側の目は穿通性眼球外傷を起こしており、視力は明暗弁に低下(ランドルト環を用いた視力測定では測定不可なほどの視力で、「今から目に光を入れたり外したりするので、光が目に入ったら、手をあげてください」という確認を行ない、それが分かれば「明暗弁」とする。それが分からなければ「失明」となる)、健側の目は「交感性眼炎(正常では「網膜」は体の免疫系から「隔離」されているが、眼球損傷などで、網膜が自分の免疫系にさらされると、健側の網膜に自分の免疫系が攻撃を行ない、視力が低下する疾患)」だと推測したが、健側の眼は「指数弁」(「指が何本立っていますか?」という質問に正しく答えられたら「指数弁」)となっており、胸部レントゲンでは著明な心拡大、聴診では心雑音が強く、高度の浮腫があり、血液検査では末期腎不全となっておられることが明らかとなった。


「何が『2週間のリハビリで帰宅』やねん。急性期病院ではいったい何を見ていたんだ?(DPCの影響で、多分眼窩底吹き抜け骨折しか見ていなかったのだろう)」と非常に腹立たしかったことがあった。ご家族も、そんな状態だとは露とも思っていなかったようだった。入院後、しばらくしてからの病状説明で、「当院でお身体を調べさせてもらうと、非常に状態が悪いことがわかりました。いつ命の炎が消えてもおかしくない(患者さんは90代)と思ってください」と伝えると、ご家族も仰天されていたことを覚えている。この患者さんは、「3か月」を入院期間のめどとする病棟に入院されており、それを少し超えて退院、施設入所となったが、施設入所後10日後に心肺停止状態で発見される、ということとなった。その後しばらくしてご家族の方がお見えになり、「先生が、『いつ命の炎が消えてもおかしくない』とおっしゃられていたのを、『本当かなぁ』と正直疑っていましたが、今、『あぁ、先生のおっしゃる通りだった』と思っています」とおっしゃられていたことを覚えている。


閑話休題。そんなわけで、入院患者さんを受け入れているのだが、今私の頭を悩ませているのは、先週末に受け入れた患者さん。


前医からの紹介状では、「大腸閉塞」で救急搬送され、精査にて「横行結腸癌による閉塞」と診断。横行結腸切除術を行なったが、術後閉鎖不全を来し、回腸に人工肛門を造設。その後、状態は安定しているが、筋力低下が激しく、リハビリをお願いしたい」とのことだった。80代後半の男性で、それだけのことがあれば衰弱もされているだろう、と思っていたのだが、入院翌日、非常に困った事態が見つかった。


少し予備知識。人の消化管内の水分の動きはかなりダイナミックである。大まかに、口から食物と液体として、約2L/日の水分が入ってくる。それに対する消化液は約7L/日。合計9L/日の水分が消化管内を動き、また小腸、大腸で水分を吸収し、最終的に便としては0.5L/日、となる。つまり、7L/日消化管に水が移動し、8.5L回収している、ということである。なので、消化管にトラブルが起きると、その水分の出納でややこしいことが起きる。例えば小腸閉塞であれば、消化液が大量に小腸に貯留し、大量の嘔吐を起こし、この患者さんのように大腸を介さずに排便してもらう、ということになれば、大量に水分を含んだ便が排便される、ということになる。


ということで、「回腸に人工肛門」を造設していれば、どうしてもストマからの便は「十分に水分を吸収されているわけではない」水様便となってしまうのは致し方ない。経口で水分を取ってもらっても、「消化管の吸収能力」そのものが落ちているので、水様便の量が増えるだけである。水分を吸収できなければ、身体は「脱水」となってしまう。


なので当初から、紹介状の「」という言葉に少し疑問を持っていた。調べてみると、医師の紹介状ではなく、看護師さんの「看護サマリ」に「1日に1000mlの補液を行なっている」との記載を見つけた。まぁ、それはやむなしかな、と思っていたのだが、もっと驚いたことがあった。


腹部の大きな手術の後は、手術した辺りや、おなかの中で、最も低くなる位置(臥位なら、右腎臓と肝臓の間にある「Morrison窩」、立位、坐位なら、男性なら「膀胱直腸窩」、女性なら「子宮直腸窩」(どちらも「Douglas窩」と呼ばれることが多い。本来の「Douglas窩」は女性の「子宮直腸窩」を指す)に、出血や腹水が溜まることが多いので、そこに溜まった液を排液する「ドレーン」を挿入することがほとんどである。使われるドレナージチューブは、毛細管現象を利用した「ペンローズドレーン」というプラスティックゴム製のチューブを用いられることが多い。


基本的には、何かトラブルが起きていると、ドレーンからの排液が多くなる。基本的には、ほとんど排液が無ければ、翌日、あるいは2日後にはドレーンは抜いてしまう。入れっぱなしにすると、そこから感染が起きるからである。


ところが、この患者さん、手術したのは、1か月以上前であるにもかかわらず、ペンローズドレーンが挿入されたまま当院に転院してこられた。少量ではあるが排液が続いており、とてもではないが、「」とは言い難い状態である。腹部の別の場所にある、別のドレーンを入れていた後の傷は化膿しており、膿が付着した状態であった。


基本的には、「ドレーン」が入った状態で「内科」に転科することはない。ドレーンが抜けない状態、ということであれば、術後、腹腔内の創部が安定していないことを示しているからである。


基本的に私は、患者さんの転院直後には、結構な項目の血液検査を行なっている。というのは、高齢者で頻発する病態が、スルーされていることが多いからである。転院翌日の朝回診では、看護師さんが、「先生、もう点滴する血管も、採血する血管もありません」とおっしゃられた。なので、足の付け根にある大きな血管から採血をしたのであるが、止血を確認し、カルテ記載のためにナースステーションに戻り、前日の看護師さんの記録で「ペンローズドレーン留置中、少量の排液あり、ドレーン挿入後の創には膿の汚染あり」という記載を見て、「マジか…。おかしいやん!」とがっくりした。理由は前述の通り、ドレーンが入りっぱなし、ドレーン抜去後の創は化膿している、1000ml/日の輸液が必要なのに、輸液路が確保できていない、ということである。


言葉は悪いが、「状態は安定しています。リハビリをお願いします」という紹介状は何だったのだろうか?リハビリ以前に、ドレーンをどうにかすること、化膿している創を何とかすること、水分の点滴路を何とかすることが優先である。「状態」は全然安定していない。これでは、「手のかかりそうな患者さんを『』した」ようにしか見えない。


土曜日で、私の「病棟の患者さん」に割ける時間は「朝回診」以外にはないので、状態を確認し、地域連携室に報告した。明日から出勤だが、ある程度採血結果は出ているだろうし、化膿している創の培養結果もめどがついているだろう。患者さんに必要なことは、今後継続して、点滴路(水分だけでなく、抗生物質の投与用としても)を確保するために、CVポートを造設すること(一時的にCVラインを確保しても、感染を起こせば抜去せざるを得ない。患者さんはおそらく命ある限り、1000ml/日の点滴が必要であるため、感染を起こしにくいCVポートが適切である)と、残存している「ドレーン」をどうするかを考えてもらうことである。


結果が出た時点で、もともとおられた外科に患者さんを戻すことになるのだろうなぁ、と心を痛めながらの週末であった。なぜだろうか、いろいろな意味で「悩ましい」患者さんにあたることが多いのは気のせいなのだろうか??

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