第641話 巨大病院の引っ越し

R5.10/2 大阪市内にある総合病院「医誠会病院」と「城東中央病院」が合併し「医誠会国際総合病院」として誕生したそうである。どちらも患者さんを抱えている病院であり、「患者さん」を含めた引っ越しが必要である。1日で両院に入院中の患者さん221名を引っ越しさせた、とニュースとなっていた。


私が後期研修医時代に、修業をしていた研修病院も2km離れたところに移転した。職員として、土地取得、病院設計の方針決定、設計、建設という流れを見ていた。適宜医局会で進捗状況の報告があり、引っ越しにかかわる各種委員会も設置されたことを覚えている。


私は、「引っ越し委員会」の「医局代表委員」となった。それぞれの部署から代表者が選出され、それぞれの部門の「引っ越し先」の配置などを決める職種である。


私に与えられた仕事は、医局となる空間の使い方、机の配置、書架の配置を決めることだった。電子カルテなど、建物の構造と関連するものは、どうしても制限が出てしまうが、それ以外のところは後期研修2年目の私が医局代表となったわけである。ある種、責任重大である。


当院では、診療科の壁がない、ということを利点として挙げていた。新病院は各部門の壁も減らす、ということで、事務部、看護部、医局を最低限の仕切りだけで区切り、どの部署からもそれぞれの部署が見え、自由に行き来ができるように設計されていた。なので、各医師の机の配置も、診療科を考慮せず、単純にくじ引きを行なって割り振りを行なった。


ただ、大きい組織になると、どうしても「この先生」と「あの先生」は「犬猿の仲」ということがある。くじ引きでも非常に残念なことに、犬猿の仲の先生同士が隣同士になってしまった。私の師匠(副院長、内科統括部長、総合内科部長、呼吸器内科部長)と、ER部長が犬猿の仲なのだが、この二人が隣同士になってしまった。絶対に近づけてはならない二人であり、私はどちらの先生にもお世話になっている。ということで、一応「神の手」という名の忖度を行ない、席を内緒で離した(医局会では「くじで机の位置を決めます」と宣言しているので、本当ならルール違反である)。ただ、今後の仕事を考えると、やむを得ず、の対応である。


引っ越し前の私の仕事は、そういう仕事だった。書架については、これは純粋にくじ引きで場所を決定し、これは忖度なしである。


そして、別の委員会で、引っ越し当日の人員配置、入院患者さんの転送の段取りなどが決定された。


引っ越しにかかわる病院の機能停止は48時間(引っ越し前日の12時~引っ越し翌日の12時まで)と決定。患者さんの搬送のためにグループ病院から患者さんの搬送車を派遣してもらった。


引っ越し当日までに退院可能な患者さんは可能な限り退院してもらい、400床を超える病院であったが、移送を要する患者さんは180人ほどに減らした。残念なことに、ICU入室中の方もおられたので、まず最初にICU入院中の重症患者さんから移送。重症患者さんはERから入ってもらい、移送中に病態の変化があればERでまず対応する、ということとし、容体の安定している患者さんは地下駐車場から搬入、という形とした。そして、どういうわけか、ICU待機医師は私、となってしまった(まじか?)ER看護師さんは信頼の厚いスタッフが配置されていたのだが、どういうことだろうか?


それはさておき、とうとう引っ越し当日となった。患者さんの出発前に、先にERスタッフが新病院のERに向けて出発した。新病院に到着し、「あぁ、新しくてきれいやなぁ」とみんなが感動したところで、問題が見つかった。


「先生、ERに必要なものがなにもないわ。どないしましょ」と看護師さんより。


そう、あれだけ話し合いをしていたのに、「ER物品の引っ越し」が完全に抜け落ちていたのだった。他の部署の物品の引っ越しについては、分からないが、少なくともERにはストレッチャー以外何もなかった。重症の患者さんをERに搬入しても、急変していた場合に何もできない。


「あちゃーっ!」と思ったが、時すでに遅し。すぐに患者さんが移送されてくる。


一人、また一人とICU入室患者さんがERに到着する。付き添いの看護師さんから、車内のバイタルや様子を確認。ありがたいことに急変された方はおらず、簡単に身体診察を行なって速やかにICUに移動。ということで無事に重症者の移送を終えた。あとは、本来地下駐車場から搬入の方で、急変が起きた場合にERへ、となっていたので、引っ越しが完了するまでは、ERに待機していた。ラッキーなことに急変はなく、15時ころにはすべての患者さんの移送が済んだ、とERに連絡があった。物品がない中で、トラブルなく引っ越しが済んでよかった。


ちなみにその前年、市立病院が移転したのだが、その際は病院機能を1週間停止していた。その間の急性期病院はER受け入れが増えて大変だった。なので、48時間の機能停止で引っ越しを終えることができて良かった。


「医誠会国際総合病院」も1日で引っ越しを終え、大きなトラブルなく済んだそうである。


大きな病院の引っ越し、大変である。

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