第627話 「急性期」のような一日(1)

今年の「シルバーウィーク」、9/16~9/18が3連休、となった人が多いと思う。しかし残念なことに私は土曜日は通常勤務日、ということで、ここは2連休だった。


以前から書いていたことだが、私が前職場でメンタルを崩して、現職場に転職してから、「月曜日」を「定休日」としているので、多くの人が「意味ないやん」と思っていたであろう9/23(土)の祝日、私にとってはとても大きな意味があって、私にとっては、9/23~25が三連休となった。


私だけなのか、多くの医師がそう思っているのか、よくわからないが、私は個人的には「週間スケジュール」をキープしたいたちで、不定期に休日が入るのはあまり好まない。


休みがあると、その日は患者さんへの目が届かず、また、休みの日を返上して患者さんを覗きに行く、というような「研修医」のようなことをしていると、これまた「休み」がなくなり、病んでしまうことになりかねない、と心配しているからである。


少しだけ話は脱線するが、「研修医時代」は家族旅行や学会などで地元を離れているときを除いて、日曜日など休日も、入院患者さんの回診を行なっていた。診療所に勤務し始めて数年は、そのようにしていたが、その習慣をやめた。


「研修医時代」に休日にも回診を続けることができた理由は2つあるだろうと今では考えている。


一つは当然のことながら、「若さ」である。遠回りして医師になったので、医師免許を取ったのは32歳、もうすぐ33歳にならんとする年齢であった。現役で医学部に入学した友人たちと比べると8歳年上、ということになるのだが、それでも30代前半、まだ体力には融通が利く年齢であった。診療所に移ったのは、もうすぐ40歳にならんとする年齢であった。さすがに40歳の声を聴くと、30代前半とはいろいろな意味で弱ってくる。


もう一つは「自宅」と「職場」の「距離」である。研修医時代は自宅から職場まで「徒歩数分」であった。診療所に移るときに、自宅を購入したが、自宅と職場は「片道30分ちょっと」となった。往復だけで1時間も使えば、休日の半分は「仕事」に費やすことになる。徒歩数分とは、積み重なると大きな違いになる。


そんなこともあり、「家族との時間を大切にしたい」という思いもあり、「不要な休日出勤」をやめることにした。今では、「過労」は「命取り」にもなりかねないので、「休めるとき」には「頑張って」仕事をしないようにしている。


ところが、患者さんが悪くなる時は、多くの場合、「主治医」の目が届かない「休日」や「夜間帯」が多い。今の職場では基本的には「休み」の主治医にコールすることはないのだが、一度、産業医の単位取得のため、東京に出かけていた時に緊急コールを受けたことがあった。


「先生。病棟ですが、☆☆さん、深夜帯から39度の発熱と血圧が下がっていて、尿も出なくなっています。お休みのところ申し訳ありませんが、おいでいただけますか?」

「主任さん、すみません。私、今日は産業医の講習会で、今、東京の慈恵会医科大学の校舎前なんです。ちょっとこれからすぐに、というのは厳しいのですが…」


なんてやり取りがあったことを覚えている。急変時は蘇生処置を希望しない、という患者さんだったので、「うちでできることをして、後は成り行き次第」と考え、血液培養2セット採取、点滴路の確保、点滴の指示と抗生剤の指示を電話で伝え、「あとは当直医の指示を仰いでください」としたことを覚えいている。


そんなわけで、毎週、休み明けの回診はいつもより緊張している。8月下旬に「脳梗塞疑い」ということで、ある意味半強制的にその週が「夏休み」になったのだが、その時は「休み明け」に出勤すると「院内COVID-19クラスター」が発生していて、私の担当患者さんも感染していて、がっくりしたことを覚えている。なので、この3連休明けも心配していたのだが、やはり不安は的中していた。


状態の安定していた95歳の男性。入院病名は「老衰」としか言いようのない方だった。もともと徐々に弱っていたところに誤嚥性肺炎を起こし、肺炎は治癒したものの、全身の衰弱が甚だしい、とのことでリハビリ目的で2か月前に当院に転院されてきた。血液検査もそれまでは「加齢性変化」で片づけられるような変化はあるものの、緊急性のあるものではなく、食事もしっかりとられておられた。リハビリスタッフにも介入してもらっていたが、「ほぼ寝たきり」となっていた95歳男性を離床させるのは非現実的である。ご家族にも「状態としては老衰です」とお話しし、転院調整をかけていた方だった。連休前の9/21に定期チェックとしての採血を行ない、特に問題のないことを確認していたが、日曜日から38度台の発熱が出現、当直医や日勤帯の病棟待機医が診てくれていたが、実際のところは、検尿をして膿尿であることを確認、後は主治医が出勤してから指示をもらうこと、となっていた。


週末とは大いに状態が変わり、ぐったりして尿量も著減していた。いくらDNARを確認している、と言っても、それはアメリカのDNARのように、延命のための治療を(抗生剤投与なども含め)すべて行わない、というわけではない。かといって、「本気」で治療を行なうなら、病態は「敗血症性ショック」と考え、各種培養提出後、中心静脈圧を15~20cmH2Oとなるまで大量の輸液負荷をかけ、それで血圧が上がらなければノルアドレナリンでサポート、となる。しかし、そのような治療をこのような高齢者に行えば、あっという間に肺水腫で患者さんは溺れてしまうことが目に見えている。多少治療を行ないつつ、患者さんのしんどさをあまり悪化させない、という形で治療を進めなければならない。


ICU医など、「救命」を主戦場としている先生方からは「何やってんだ」と笑われるだろうが、身体診察で、肺のラ音はなく、腹痛もなく、「膿尿が見られる」ということから、暫定的に「尿路感染症」と考え、尿量低下には、当日のみ晶質液1000ml/日、翌日からは500ml/日の晶質液の点滴と、セフトリアキソン2g/日の治療とすることとした。患者さんをあまりむくませることなく、うまくいけば治療の方向にもっていく、ということを考えれば、この程度の治療が超高齢者ではだいたいうまくいく(どちらに転んでも)。


私は毎朝7時には出勤して、朝の回診をしているのだが、医師の始業時間は9時、早出医師は8時が定時である。私が早出であろうがそうでなかろうが7時から仕事を始めているので、私の出勤日で早出医師が必要な曜日はすべて私が「早出医師」となっている。それでも毎朝1時間のサービス労働である。ただ、このようなトラブルがあれば、9時までの2時間で、入院担当患者さんの回診、カルテ記載、指示出しをするのはギリギリである。この日も、回診&朝の指示出しを終えれば、8:55。外来開始5分前であった。


この日の外来は、患者さんも多く、初診で手がかかる患者さんも多かった。一番最初の患者さんが、「数日前から血痰が続く」という、既往歴の特にない70代男性だった。


「血痰が続く」「喀血が続く」というのはしばしばあるが、時に、急激に命を取ってしまう(出血が肺胞腔をふさいでしまい、窒息死する)ことがあるので、甘く見ることはできない。もちろん、想定される疾患も重篤なものが多い。患者さんは発熱、体重減少はなく、寝汗もかかない、とのことだったので、「結核」ではなかろうと考えて胸部CTを行なったが、両側の上葉に各1か所、右中葉には空洞形成を伴う結節影、左下葉にも結節影があった。右中葉の空洞性病変はとても嫌な感じだが、病変が全て末梢病変で胸膜に接しているのも悩ましい。


頭の中で「病気として『最悪』なのは肺癌、公衆衛生上『最悪』なのは結核、見落とされやすいものとしては「肺塞栓、肺梗塞に伴う”Hampton’s Hamp”(肺塞栓症で、ある程度末梢側の血管が多発的に閉塞すると、閉塞部より末梢が虚血となり、肺梗塞となる。この肺梗塞病変は肺の末梢側、胸膜直下まで楔状に発生する。そのような胸膜直下の梗塞病変が多発している画像所見を”Hampton’s Hamp”と名付けられている)」と考えた。いずれにせよ、当院でこれ以上followすべきものではない。ということで急性期病院の呼吸器内科へ紹介状を作成した。この日の外来は患者さんが途切れることなく、結局3名の紹介状を作成し、13時過ぎにようやく外来が片付いた。


この日はこの後、13:30から新入院の方が来院され、14:30からNST(”Nutrition Support Team”:栄養サポートチーム)の会議が予定されていた。


なので、医局に戻り大急ぎで昼食を食べていると、突然院内PHSが鳴った。在宅医療部からだった。


次回に続く。

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