第618話 「E電」の二の舞にならなければよいが…。

ソースは読売オンライン、Yahooニュースより


<以下引用>

 日本糖尿病協会などが、糖尿病への偏見をなくすため、糖尿病の英語表記である「ダイアベティス」という呼称を用いる案をまとめ、近く公表する。「尿」の字を含む病名に抵抗感を示す患者の声を踏まえた対応だが、医師ら専門家からは「分かりにくく、普及は難しいのではないか」との指摘が出ている。


<引用ここまで>


「糖尿病」という病名には「尿」という排泄物を表す言葉が使われていたり、適切に治療を受けていれば、「尿に糖が出なくなる」こと、病気の本態が「血糖値の異常高値」であることなどから、「印象が悪い」「正しい病態を伝えていない」などの理由で、病名を変更しようという動きが、昨年だったか、日本糖尿病協会(日本糖尿病学会ではない)を中心に始まっていた。


このことは昨年(第168話 適切な「病名」って?)書いたことがある。


「糖尿病」はギリシア時代から認識されていた疾患で、当時はおそらくⅠ型糖尿病が多かったこと、治療法がなかったことから、「身体が尿に溶けていく病気」というとらえ方をされていた。たくさんの甘い尿が出て、身体がどんどん痩せて行って、命を落としていく病気だからだろう。英語の病名“Diabetes mellitus”も、その意は「甘い尿がサイホンのようにたくさん出る」というものである。


さて、糖尿病協会は、上記のように「糖尿病」という病名を「ディアベティス」に変えてはどうか、と提案したようだ。


これはいくつかツッコミどころがあって、一つは“Diabetes”という単語の意は「尿がサイホンのようにたくさん出る」という意味であり、必ずしも「糖尿病」を指し示しているわけではない、という事である(もちろん、“Diabetes”の一語で糖尿病を示すことも多いのだが)。


身体の浸透圧、水分量をコントロールするために、脳下垂体後葉からADH(Anti-Diuretic Hormone:抗利尿ホルモン、Vasopressinとも呼ばれる)が分泌されているが、その分泌が病的に低下したり、あるいは腎臓がADHに反応しない異常があると、尿が大量に出て、身体が脱水になっても尿が出続ける、という疾患がある。「尿崩症」と言うが、この英語名は“Diabetes insipidus”であり、こちらにも“Diabetes”という言葉が使われている。


尿崩症は珍しい病気なので、そうそう出会うものではないが、医療従事者の間では、糖尿病は頭文字をとって“DM”、尿崩症は”DI“と略すことが多い。なので、「ディアベティス」を「糖尿病」の意味で用いるのは、本来は不適切であること。


もう一つ、“Diabetes”の英語での発音をカタカナで記載すると、「ダイアビィーティース」であり、「ディアベティス」と言われると、やはり気持ちが悪い、という事である。


国鉄がJRに移行した時、長年都市圏で各駅停車などの通勤用車両として使われていた103系電車。国鉄時代は「国電」と呼ばれて親しまれてきたが、JRとなると「国電」では都合が悪い、という事があり、JR東日本は「E電」という愛称をつけ、浸透を図ったが、全く浸透しなかったことがあった。


この「ディアベティス」もそのようになるのではないかと危惧している。「糖尿病」という日本の病名は、1921年に内科学会が名付けたそうであるが、糖尿病の病態記載が初めて現れたギリシア時代の疾患の理解、英語名“Diabetes mellitus”という言葉の意味を組んでつけた名前として、私は「適切」だと思うのだが。もう100年以上使っている名前であり、その由来、背景も含めて考えると、よく考えられた名前だと思うのだが、あえて変える必要性は本当にあるのだろうか?と感じる次第である。

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