第607話 モヤモヤした気持ち

2021年に神奈川県立こども医療センターで、術後の児が術後5日目に急変し亡くなった、という医療事故について、病院側が昨日会見を開いた、とのニュースがあった。


術式などについては公開されていないが、手術そのものは成功した一方で、術後管理に問題があり、術後に出現した症状などに対し、適切な対応が取れていなかったこと、術後に出現した症状から適切な病態が把握できていなかったことが挙げられており、その原因として、「医師の体制の脆弱性」、「医師₋看護師間でのコミュニケーションが不十分だったこと」が挙げられる、として、「適切な対応が取れていれば、救える命だった可能性が高い」と述べていた。


遺族側は「スタッフのコミュニケーション不足によって我が子の命が失われたとされることについて、遺族として憤りを感じる」とのことだそうだ。


明確にはされていないが、手術日と死亡日の間に土日があり、それも影響を与えていたようである。


まず、亡くなられたお子さんに、心からご冥福をお祈りする。



神奈川県立こども医療センターは高度な医療技術を持つ病院で、近隣の大学病院などからも、患者さんの紹介を受けているそうである。そのような高度な病院でも、「予想していなかった患者さんの死亡」というのはありうる。


私も何度か書いたことがあるが、「医療事故」で避けてほしいのは、「時系列を逆にして読んでいかないでほしい」という事である。もちろん、「医療事故の調査」という事になると、時系列を逆に読まざるを得ないのは明白で、その中で、「現実の流れ」の中で気づかなかった「改善点」や「判断ミス」が洗い出されていくのである。ただ、有責かどうか、有罪かどうか、という事については、結果からの逆算ではなく、未来が見えない状態での決断が理にかなっていたかどうか、で判断してほしい。


ネットニュースでもこの記事は取り上げられており、たくさんのコメントが寄せられていた。半分以上は「他の医療機関では対応できない病気をこの病院で治療してもらった。今回のことは非常に残念だが、体制を改めて、地域に欠かせない病院として、これからも高度な医療を提供してほしい」という意見だった。


一部は「この病院に通院/入院したけど、対応は良くなかった。起こるべくして起きたことだと思う」という意見も見られた。


同じ対応をされても、人によって受け取り方は異なるので、このような意見が出るのも仕方がないだろうと思う。


ただ、私がモヤモヤしたのは次の2つの意見を読んだ時だった(どちらも、複数の人が同じことを書いていた)。


一つは、「医療レベルが低すぎる!」という意見の投稿だった。この病院を見て、「医療レベルが低い」と断言できるほどの「医学的知識」「医療の経験」をお持ちの人(おそらくそういう人は医師)であればあるほど、「医療の不確実性」を理解されているので、そのような「断定」をしないと思うのだが。


「発熱」の原因は多岐にわたるので、原因の同定が難しい。今回は手術内容が発表されていないので、何とも言えないが、手術そのものも発熱の原因になりうる。私が医学生の時に聞いた言葉だが「『手術をする』という事が身体に与えるダメージは、『お尻をバットで100回たたく』のと同じようなものだ」と外科の先生から習ったことがある。その他、感染症もあれば、薬剤熱などもある。術後数日であれば、血液検査は感染があろうがなかろうが、炎症反応は跳ね上がっているので、判断できない。


症状としては、記事には「発熱」「下痢」「嘔吐」が挙げられていたが、手術を行なった臓器によって、やはり考えるべきことは変わってくる。「検査」と言っても、診療報酬が「DPC」 と呼ばれる「定額制」のもの(いわゆる「大病院」はすべてこの制度)であれば、検査をするほど病院側の「持ち出し」になるので、診療報酬制度そのものも、患児の死亡に関連しているのかもしれない。


閑話休題。グダグダと書いたが、おそらく、「医療レベルが低い!」と投稿した人の多くは、本当の意味で「医療レベル」を測れない人たちなのだろうなぁ、と思いながら、モヤモヤしていた。


もう一つは、「このような高次機能を有する病院であるならば、土曜、日曜日と平日で提供できる医療のレベルに違いがあるのはおかしい。365日、常に高度の医療を提供するようにすべきではないか」という意見も複数確認した。


これも、言葉を悪くすれば「理想論」である。医療従事者も「人間」であり、「健康的かつ文化的な生活」をおくる権利を有している。また、「医師」に焦点を当てると、平日は病院での診療活動(当直含む)を行なっており、土日に学会が開催されることが多いので、土日は「演者(発表や講義を行なうもの)」「学会の出席者(講義を聞きに来たもの)」あるいは「座長(学会発表の進行役)」として出席することが多くなる。下手をすれば、1週間休みなしが続くわけである。


先日、神戸の病院の専攻医(後期研修医)が過労で自殺されたが、過労に起因するメンタル障害、研修医だけの問題ではなく、医師すべての抱える問題である。誰もが休息をとらなければならない。


ところが、この病院の常勤医は、「他の病院では対応できない」疾患に対して対応してきた、言わば「スーパードクター」である。そんな医師がそこいらにゴロゴロといるわけではない。


このような病院の当直をされる医師は、「スーパードクター」を目指して修業中の医師であろう。普通の病院であれば、十分に務まる能力を持っておられるが、この病院のレベルを考えると、どうしても多少レベルが落ちるのは仕方がないだろう。


と考えると、365日、同じ医療水準を求めるのは「実現不可能」である。どうしても土日や深夜の当直帯は医療水準が低下するのは仕方がない。無理なものを求められても無理である。


そんなことを考えて、モヤモヤ~っ、とした次第である。

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