第605話 たまったものではない!(529話続き)2

続きです。


医師側のインタビューもあるが、字幕で補っている言葉が少し気になる。


<以下引用>

 一方、医師はー。


男性医師 「合併症を生じて助けられないということだけは避けたかった。(呼吸器を外すのは患者を説得するために)安全を担保してせざるを得なかった部分もある」


<引用ここまで>

インタビューの一部を切り取っているだけなので、本当は何とも言えないのだが、括弧で囲まれた部分、医師の意図は本当にそうだったのだろうか?急性期医療の現場であればあるほど、トラブルに巻き込まれることも多く、「医行為」の法的意義を考える場面は多いのでは、と個人的経験から思っているのだが。


なので括弧の部分は本当に正しいのだろうか。括弧の内容を少し変えてみるとどうだろう。具体的には、


「合併症を生じて助けられないということだけは避けたかった。(本人の強い希望があれば、リスクが高くても、法的にそれを無視するわけには行かない。故に)安全を担保してせざるを得なかった部分もある」


と解釈するのはどうだろうか?順法精神と現実の乖離に苦労した医師の気持ちが表れていないだろうか?報道の解釈が正しいのか、私の解釈が適切なのか、これだけを取り出すと判断はつかないだろうと思う。


地域性を考えず、現場のやり取りを見ずに第三者的にコメントする人は、個人的にはいかがなものかと思っているのだが、報道では、


<以下引用>

専門家はー。  


名古屋大学医学部附属病院・長尾能雅教授


「あらゆる医療行為は患者さんへの適切な説明と同意選択がないと行なってはいけない。同意が得られないからといって、医療者が患者さんにある種の肉体的苦痛を与え、選択を迫るような行為をしているように思います。医療倫理的には許されない行為ではないか」


<引用ここまで>


このコメントには大きな事実誤認があると言わざるを得ない。最初の「あらゆる医療行為は患者さんへの適切な説明と同意選択がないと行なってはいけない。」という言葉は妥当だと思われる。私が最初に述べた「医行為」が「傷害罪」として訴追されない要件として、患者さんの同意がなければならない、という事と矛盾しない。


問題は次の一文である。

「同意が得られないからといって、医療者が患者さんにある種の肉体的苦痛を与え、選択を迫るような行為をしているように思います。」


本当にそうなのか?もう二人の話は「気管切開の同意」云々の話から逸れて行ってしまっているわけである。患者さん側がヒートアップしているのは間違いなかろう。医師がヒートアップしていたかどうかは、詳細なやり取りが開示されていないので不明である。が、おそらく相当うんざりしていたことは確かだろうと思う。そうでなければ、決して選択しないはずの「人工呼吸器、外してみましょうか」というわけはないのである。


患者さん側も「この状態で人工呼吸器を外せるわけがない」と踏んでいるから「外してみぃ」と言ったことはほぼ明白であろう。格式ばった言い方をすれば「医療者に対する挑発、威嚇、脅迫」であり、ベタな言葉で言えば「子供のケンカ言葉」である。


残念なことに、彼自身がそういったことで、彼自身の命を危険にさらすことに気づかなかったのであろう。先に述べたように、患者さんの希望に反する医療行為は「傷害罪」である。医師がそれを意識していたのかどうかは不明であるが、「メンツ」という問題ではなく、「違法性」を回避するためには人工呼吸器を外さざるを得なくなったわけである。


モニタリングをすべて外して、人工呼吸器を外したわけではなかろう(それはそれで大変な手間である)。報道では「2分間」とされていたが、おそらく医師はそばで見ていたのだろう。モニタリングも継続していたのだろう。そして「これ以上は危険だろう」と判断して人工呼吸器を装着する、という事をしていれば、患者さんの安全を確保しながら人工呼吸器を外したのではないか?実際に医師は「安全性を担保して」と言っているわけである。


視点、あるいは言い方を変えれば、この出来事は、こう捉えることもできるだろう。


患者さんから「人工呼吸器離脱」の希望があったので、「法的な問題」も考慮し、実際に離脱が可能であるかどうかの判断が必要と考えた。そのため2分間、慎重なモニタリングのもと、一時的に人工呼吸器を離脱した。しかしながら、離脱後の経過は「安全に人工呼吸器を離脱できる」ものではなかったため、再度人工呼吸器を装着した、というように。


このように考えれば、これは違法な医療行為なのか、適切な医療行為なのか?本当に判断できるのだろうか?


専門家として登場している長尾教授は事実誤認をしていると思っている。事は極めてシンプルなのである。「気管切開に同意させるために『人工呼吸器を外す』という行為をしたわけではなく、「外してみぃ」と言われたので、「ほな、外しますわ」と外したに過ぎない。そこに「懲罰」の意図がなかったとは言わないが、患者さんの命を軽んじていたわけではないし、医師がが考える選択肢への強制的な誘導とも異なるのではないか。


「言って解らない人」にはいくら言葉を並べても「分からない(聞く耳を持たない)」のである。「現実を知る」ために一番有効な方法は「現実を体感する」ことである。


「医療」の根本に「本人の同意」がある以上、適切な医療を行なうために「本人の同意」は欠かせない。言語で理解できなければ、「命の危険のない範囲」で「現実を体感」してもらわなければ、理解してもらえないわけである。


「外してみぃ」という患者さんの言葉で、医師はとんでもない苦境に立たされたのである。「外さない」と選択すれば、「本人の不同意」で「傷害罪」、「外したら」それで、「苦痛を受けた」と傷害罪で被害届を出されるわけである。


病院側は、働く医師たちを「守る」という気持ちがあったのだろうか?常にこのような「倫理的」かつ「法律的」に“Double-bound”な状態に陥るわけである。少なくとも、法律の専門家として、この”double-bound”な状態を整理する弁護士さんなどを入れるわけにはいかなかったのだろうか?


こんなことが頻発するようなら、臨床の現場で働く医師は、本当に「たまったものではない!」と言いたい。

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