第592話 妻との夜デート

仕事中に救急搬送となったので、職場の駐車場には自家用車が置きっぱなし、となっていた。仕事については、発症翌日から通常勤務に戻るつもりだったのだが、同僚の先生から、「先生、少しお休みを取ってください」と繰り返しグループライン(常勤医で作っている)でメッセージが届いた。当初は「大丈夫です。明日から出勤します」と返信していたが、先生方が繰り返し、そのようにメッセージを送ってくださると、我を通すことはかえって先生方に失礼になると思った。


なので、夕方頃に「ご心配をおかけしてすみません。先生方のお言葉に甘えます」とメッセージを送った。外来師長さんが調整を行なってくださり、一応今週いっぱいはお休み、ということになった。


職員には、5日間の「夏季休暇」が付与されることになっていること、年に5日の有給休暇取得義務があるので、休業中、私が担当している入院患者さんには申し訳ないが、制度的には辻褄が合うこととなった。


さて、休暇となったのだが、そうなると、車がないのが不便である。目の届かないところに置きっぱなし、というのも心配だ。ということで、車を取りに行くことにした。


さて、どうやって車を取りに行くか?我が家では車を運転するのは私だけ(妻はペーパードライバーで、「絶対運転しない!」と宣言している)である。任意保険も「35歳以上の私、家族」となっているので、妻と私以外の運転では適応されない。なので、「誰かにとって来てもらう」という選択肢はない。日中は非常に暑いので、「療養中」の私が外をウロウロするのは色々問題だろう。患者さんや職員に見つかってしまうのも非常に気まずい。


そんなことを考え、夕食後に車を取りに行くこととした。自宅からタクシーを使って、勤務先近くまで向かえば楽である。妻も子供たちに、「ほら、お父さん。多分タクシーを使うで」という始末であった。ムムム…、見透かされている気分だ(笑)。


タクシーを使えば、結構な金額がかかる。面倒くさがらずに電車を使えば初乗り運賃で済む(一駅のみ)。無駄なお金を使わない、ということを考えれば、電車一択である。


「そういえば、子供のころはよく「夕涼み」をしていたなぁ」と思い出した。私が高校生のころまでは、蒸し暑い大阪の夏であっても、日が沈めばそれなりに涼しかった。


実家の前は広い道だったこと、今はその道は幹線道路につながっているので昼夜を問わずそれなりの交通量があるのだが、そのころは「行き止まり」だったので、交通量が少なかった。6軒長屋がいくつか並んだ地域だったので、ご近所さんとの交流も多く、夏の夜は、夕食後、家の前に出て、歩道にゴザやピクニックシートをひいて、夕涼みをするのが日常だった。


私自身は第二次ベビーブーマーで、近所に同級生や年の近い子供たちが多かった。なので小学生のころは、どこかのお宅が「花火」をしようとすると、地区の子供たちの多くが集まって、道路のところで花火をしていたことを覚えている。中学時代は、父の病気で「夕涼み」どころではなかったが、私が高校生になり、父と過ごした最後の夏、継父と暮らし始めた夏の夕涼みは覚えている。亡くなる前の父は、人工透析を受けていたので厳しい水分制限を受けていた。そのせいなのか、もともと父が好きだったのか、夕涼みの時にたまにではあるが、父がウイスキーを飲んでいたことを覚えている。「タバコ」と「ウイスキー」は亡くなった父の思い出とリンクしており、「タバコ」と「ビール」は継父の思い出とリンクしている。


継父と暮らし始めてからは、夏の夕涼みは「継父」やご近所の方とビールを飲み(こらっ!)、大阪の汚れた空でも見える明るい星を見上げながら過ごしたことを覚えている。


あのころと比べると、今は夜もずいぶん暑いが、日中に比べるとやはり涼しい。


ということで、夕食後に、最寄り駅まで歩き、電車で一駅。そこから歩いて職場の駐車場に行くこととした。「タクシーを使うだろう」という妻の予想、半分は当たりだが、半分は外れだった。


そんなわけで、夕食後にお出かけすることを妻に伝えると、「じゃぁ、私も行く~!」と。


子どもたちは夏休みの宿題に追われているので、彼らをおいて、妻と二人でお出かけすることとした。


こんな遅い時間に二人だけで出かけるなんて久しぶりである。熱帯夜とはいえ日中とは比べて随分涼しい。


他愛無い話をしながら歩く。どういう話からその話題になったのか、ドラえもんの四次元ポケットの話になった。


「う~ん、別次元の空間、と言っても認識としては別の三次元やんな。」

「『次元を変化させる』って難しいよね」


と妻が言ったとき、ふと若いころの思い出がよみがえった。まだユニクロも有名ではなく、「安い洋服屋さん」と言えば、結構適当なものを扱っていた。その商品で、デニムのお尻のところに「ポケット」柄の印刷がされているズボンが売られていた。


「いや、次元を下げたら実現できるよ。『二次元ポケット~!(と大山のぶ代さんドラえもん風に)』」

と彼女に伝えた。


「何それ、どんなポケット?」

「三次元だと立体やろ?二次元やと平面やんか。だから、ズボンのポケット、印刷されているだけ」

「何言うてんの。それってポケットちゃうやん。ものが入れられへんかったら、ポケットの意味ないやん」

「いやいや、俺、高校生か、浪人生の時に実物見たことあんねん。デニムのお尻に、「ポケットの柄」が印刷されたやつ。だから、次元を増やすのは無理やけど、減らすのは可能やわ。もうすでにできてたわ。『二次元ポケット~!』」

「もう、何言うてんのよ~。あぁ、おかしい。もう!笑いのツボにはまったやんか!あぁ、おかしい」


と彼女は涙を流して笑っている。


そんな感じで、妻と手をつなぎながら駅までお散歩。駅で切符を買って職場の最寄り駅へ。丁度ホームに電車が止まっていたので大急ぎで乗り込む。冷房がよく聞いていて涼しい。


先ほどとは真逆の表現だが、「日中に比べるとましだが、それでも夜は暑い」と書いておく。


「若いころは当たり前に乗ってたけど、こんな時間に列車に乗るなんて久しぶり~。なんか新鮮な気分」と彼女は喜んでいた。


一駅だけ列車に乗り、駅を降りて職場の方に向かう。手をつないでお散歩していたが、急につないでいた手を彼女が離した。


「どうしたん?」

「『もう、病気しません』って約束して!」

「いやいや~、それは無理やろ~」

「電話もらったとき、すごい心配したんやからね。健康に気を付けて!」

「まぁそれはそうやけど、このような病気は不意打ちやから。健康に気を付けてても、なるときはなるねん」

「あかん、許さへん!」


と彼女は少し不機嫌になった。手をつながないまま、またおしゃべりをしながら職場の駐車場に向かって歩いていく。


「車が無くなっていたらどうしよう?」

「そら、警察に「盗難届」出さなあかんわな」


といいながら、駐車場に着いた。


「あぁ、よかった。車、あったわ」


と言って、鍵を開け、二人で乗り込む。エンジンも無事かかり、帰宅することにした。


いつもの慣れた道を車で走り、自宅近くで、ドラッグストアに寄り道。子供たちにおねだりされていた「アイスクリーム」を買って家に帰った。


1時間ちょっとだろうか?短い時間だったが、久しぶりの「妻との夜デート」だった。

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