第587話 あぁ、久しぶりに頭の痛い記事(その1)

ソースは現代ビジネス。表題は「重度の「感染症依存症」に陥った日本人に飲ませる“特効薬”は永久にできない、という残念なお知らせ」というものである。


論調は、これまでのCOVID-19に対する政策の批判、となっているが、あまりにも議論のすり替えや、知識不足、著者の勉強不足が目立つので、気になるところをピックアップして、コメントをつけておこうと思う。


<以下引用>

「7月29日、4年ぶりの隅田川花火大会が行われ、103万人が参加した。すると途端に元気になるのがコロナ騒動を終わらせたくない人々である。」


<引用ここまで>

「コロナ騒動を終わらせたくない人々」っていったい誰だ?逆に「コロナ騒動を終わらせたい人々」もいるわけであろう。ネットニュースを見ていると、後者の人々もよく騒いでいらっしゃる。COVID-19に対して、冷静に警告を出している人たちを「終わらせたくない人」と扱うのはどうかと思われる。「コロナ騒動を終わらせたい人々」の中にも冷静さを失っていない人も見受けられるが、医療従事者としてみると、「医療機関内」と「医療機関外の一般社会」を混同して議論している場合が多い。


一般社会でCOVID-19が流行すると、医療機関で働く人たちも、当然「一般社会」の中で生活をしているので、その影響は「医療機関内」にも影響を与える。


現時点では、「COVID-19はインフルエンザと同様の疾患」と言われているが、それは「死亡率」の話であって、「感染力」についてははるかにCOVID-19の方が強い。なので、感染者数も増えれば、重症者も増え、死亡者も増えるわけである。


しかも、「COVID-19の危険性が「インフルエンザ」の危険性と同様」と感じられるようになったのは、オミクロン株に変わってからである。


本文中で

<以下引用>

メディア・政治家・専門家・ツイッターの医クラ(医療クラスター)・コロナ脳らが恐怖を煽り続けたことをシレッとなかったことにしようとしているが、そうはさせない。私は本稿にて、この3年半に及ぶ歴史的騒動をしっかりと記録しておく。

<引用ここまで>


と書いているが、この文章では、その振り返りの視点は、「現時点での知見、視点」からである。


医療事故など、「医療、医学」にかかわることは、その時点の状況、得られている知見、今は分かっているがその当時は「まだ分かっていなかったこと」をしっかり認識して議論しなければならない。「医療裁判では『後出しじゃんけん』はやめてほしい」というのはそういうことである。その時点で得られていることだけを考えて、その選択が正しかったのかどうかを考えなければ、公正とは言えない。


例えば、明治の文豪 夏目 漱石は胃潰瘍からの出血で命を落としたが、現在、仮に患者さんが「胃潰瘍」からの出血で「死亡」されたとしたら、結構な問題となるであろう。


現在、吐血や多量のタール便など、上部消化管からの出血を疑う場合は、バイタルサインを安定させ、緊急用の輸血を用意した状態で、まず上部消化管内視鏡で診断、止血処置が可能であれば、内視鏡的止血処置を行なうのが標準である。潰瘍からの出血、食道静脈瘤破裂など、多くの上部消化管出血は内視鏡的止血術で対処できる。


ただ、どうしても内視鏡的止血術がうまくいかない場合は、速やかに消化器外科に介入してもらい、外科的止血術(&胃切除)を行なうことになる。


私が内科後期研修4年間で、「聞いた話」も含めて、「消化管出血」が原因で亡くなられた方は2名、内視鏡的止血術で止血困難のため、外科で緊急対応していただいた方は4名だったと記憶している。週に2,3人は、上部消化管出血で緊急内視鏡を行なっていたので、内視鏡的止血術の成功率が高いか、ということがわかるかと思われる。


閑話休題。COVID-19が中国で流行し、原因ウイルスであるSARS-Cov2ウイルスが同定され、海外からの情報が入り、そして志村けんさんや岡江久美子さんが亡くなられたり、客船「ダイアモンド・プリンセス」号でのクラスター発生と、当初は大騒ぎだった。武漢株は致死率4~6%と報告されており、基礎疾患のない方もバタバタと命を落としていった時期だった。この時期は、医療機関ができることは「対症療法」しかなく、SARS鎮圧の功績を持つ尾身会長も「治療法、ワクチンもない感染症に対しては、我々ができることは19世紀の医療に帰ることだけである。いわゆる「隔離」である」と言っておられたことを覚えている。


そこから、オミクロン株が流行するまでは、言葉は悪いが「死屍累々」であった。効果があるのではないか、と「イベルメクチン」や「クロロキン」などの免疫系サイトカインに影響を与える薬剤や、吸入薬の「オルベスコ」などが取り上げられ、情報は迷走していた。そうこうしているうちに、レムデシビルが治療薬として認可されたが、副作用も強く、少なくとも亜急性期~慢性期病棟である当院では使うことがなかった。


私の修業した病院は、COVID-19の重症患者さんまで受け入れる病院となっており、師匠は「院長」となっておられたが、メールのやり取りをするたび、「重症者が多すぎて、どうしようもできない」と嘆いておられた。大阪市立十三市民病院は、吉村市長の案で「コロナ専門病院」の体を取ったが、もともとが地域を支える急性期病院として複数の診療科を有していたため、COVID-19を扱わない他科(泌尿器科や産婦人科など)の医師や、助産師、専門技能を有する看護師さんが多数退職されたことは、「専門性」を重視する医療従事者としては避けられない選択だっただろうと思っている。


私の修業していた病院は、その地域の急性期医療の多くを担っていた病院なので、「COVID-19専門病院」とするわけにもいかない。COVID-19が流行したからと言って、心筋梗塞や脳血管障害、敗血症、大動脈解離、消化管穿孔などの致死的救急疾患が減るわけではない。その人たちのためにもICUは確保しなければならないが、COVID-19でECMOを必要とする患者さんが圧倒的に多く、「当院以外に受け入れできる病院はなく」、「しかし、当院でも受け入れするベッドが足りない」という状況で、師匠は本当に苦悩しながら指揮をとっておられたようであった。


私は、この事態を変えた「ゲームチェンジャー」はやはり、ワクチンだったと考えている。副作用の問題はあったにせよ、ワクチンによる選択圧の上昇は、COVID-19の弱毒化に大きく貢献したと思っている。


今となっては「途中報告」となってしまうが、2022年4月20日に読売新聞に記載されていた「コロナワクチン接種回数と、10万人当たりの新規陽性者数」、年齢別に記載されているが、未接種、2回接種、3回接種で分けられており、いずれの年齢層でも、2回接種者は未接種者の1/2~1/3程度、3回接種者は未接種者の1/3~1/9程度と報告されている。2回、ないしは3回のワクチン接種は、明らかに有効であったことが数字に表れている。


以前、この駄文シリーズで、ワクチンの副反応と、COVID-19の死亡率を比較した文章を書いたことがある。記憶だけで文章を書く、怠け者の私を赦していただきたいが、駄文を書いた時点で、ワクチン接種約1億5千万回に対して、重篤な副反応発生者数が3500人程度、COVID-19による死亡率の約1/100程度、と書いたことを記憶している。


<以下引用>

 もう世の流れが「コロナ? 何それ?」に向かうのは止められない。ワクチン接種を推奨し続けてきた日本医師会の釜萢敏理事(政府分科会メンバーでもある)も、ワクチン接種について方針転換してこう述べた  


「65歳以上の人や基礎疾患がある人以外が重症になる割合はそれほど高くはない。全体の感染を抑えるために無理をして接種してもらうというよりも、個人で選択してもらう時期に入った」


<引用ここまで>

これはその通りだと思う。確かに1回目、2回目のワクチン接種を行なっていた時期のウイルス株、感染の重症化率と、現在の重症化率を比較すると大きく違いがあるので、上記の言葉が出ても、なにも不自然ではない。「コロナはインフルエンザと同等の疾患だ」と声をあげる人が多いが、ワクチンについては、その言葉はあながち間違いではないだろうと思っている。


現在のインフルエンザワクチンについては、「個人の」予防効果については約60%程度と聞いたことがある。ワクチンを打っていても、インフルエンザに罹患し、高熱でウンウンとうなりながら受診される方は珍しくない。私は小学校時代に、インフルエンザワクチンで眼に強いアレルギー症状が出現し、眼科の先生から、「君はインフルエンザワクチンは打ってはいけない」と禁止されたので、インフルエンザワクチンは接種していない。


個人という視点で考えると、インフルエンザワクチンが本当に有効なのかどうか、と思ってしまうが、その一方で、このような論文がある(雑誌名忘れました。すみません。検索すれば出てくると思います。それなりにしっかりした雑誌です)。


私が子供のころ、インフルエンザワクチンと日本脳炎ワクチンは学校で接種していた。学校に医師が出張し、私のように「接種不可」となっていない児童生徒全員に前述のワクチンを接種していた時期があったのである。


面白いことに、インフルエンザワクチンの「学校での集団接種」が始まってから、「インフルエンザの超過死亡者数」が以前と比べ、統計学的有意差をもって減少し、諸事情で「学校の集団接種」が終了し、「希望者は医療機関で接種」となった途端に、「超過死亡者数」は「学校での集団接種」が始まる前のレベルに戻った、というものであった。


当然超過死亡者数のほとんどは高齢者である。「小学生」にワクチンを打つことで、「高齢者」が守られた、ということである。


これを考えると、「インフルエンザワクチン接種」は「個人レベル」では有効性を感じられないが、大きな社会集団として考えると、明らかに「インフルエンザの流行、超過死亡を抑制している」ことを示している。


おそらくCOVID-19ワクチンについても、同様の結果となると思われる。「特定の世代への「強制力を持った」集団接種」ができないので証明はできないが、「個人レベル」で有効性は感じられなくとも、社会集団としては明らかに有効性がある、ということである。


実際に私も、最近の外来では、「COVID-19ワクチンを打った方がいいかどうか?」と相談を受けたときに、「これまでの接種であまりしんどい思いをせず、ご自身で『打っておいた方がいいかなぁ』と思われるのであれば、接種してもらった方がいいと思います。ただ、『これまでのワクチン、そのあとしんどかったなぁ。あまりCOVID-19ワクチン打ちたくないなぁ』と思っておられるのでしたら、無理にワクチン接種をしなくてもいいですよ」とお話ししている。


ワクチンの効果、副反応についての考え方については、もう一つ、ポリオワクチンのことをお伝えしたい。


私の子供たちがワクチン接種年齢だったころ、ポリオウイルスは「生ワクチン(弱毒化した、生きたウイルスを用いたワクチン)」だった。私が診療所で勤務して数年たったころだから、今から10年ちょっと前か、ポリオのワクチンはそれまでの「生ワクチン」から「不活価ワクチン(ウイルスの抗体誘導に必要な部分のみを用いたワクチン)」に切り替わった。


ポリオ(poliomyelitis:急性灰白髄炎)はピコルナウイルス(ピコ:小さい、ルナ:RNA)と呼ばれるウイルス属に属し、手足口病やヘルパンギーナ、時には髄膜脳炎や心筋炎の原因となるコックサッキーウイルス、エコーウイルス、(狭義の)エンテロウイルスなどが属する(広義の)エンテロウイルス族に属するポリオウイルスによって発症する疾患である。エンテロ=腸のことであり、これらのウイルスは口、鼻などから消化管に入り、腸で増殖した後、全身に広がるという性質がある。ポリオウイルスもほとんどの場合は感染しても腹部症状、発熱などの経過で治癒するが、感染者の約5~10%が、ウイルスが中枢神経系(特に脊髄前角の運動神経細胞)に感染することで、感染細胞が支配していた領域の運動麻痺を来す。


戦後、日本では幾度か大流行を引き起こしている。1950年代に不活化ワクチン、生ワクチンが開発され、アメリカでは不活化ワクチンが、旧ソ連では生ワクチンが採用されていた。日本も、当時はアメリカ占領下であり、不活化ワクチンが採用されていたが、生ワクチンより高価だったこと、ワクチン回数も生ワクチンが2回の経口摂取であったのに対して、4回の皮下注射であった。


1960年に北海道で、5000人を超えるポリオの流行があり、「不活化ワクチン」よりも、より素早く、安価に抗体価がつく「生ワクチン」を希望する市民運動が起きた。生ワクチンは「生きたウイルス」を使っているため、100万人当たり4人ほど、ワクチン株由来のポリオを発症する、ということが明らかになっていたが、当時は、そのことが問題にならないほどポリオが流行していたため、「特別措置」として旧ソ連から「生ワクチン」を空輸してもらい、それ以降日本では、ポリオに対しては生ワクチンが使用されるようになり、急激にポリオ患者数は減少していった。


そんなわけで、2000年代には自然株由来のポリオは見られなくなった。そうなると、「100万人当たり4人ほど、ワクチン株由来のポリオを発症する」という生ワクチンの特性が問題となった。国内で発症するポリオのほぼすべてが「ワクチン株」由来であることが明らかになったため、「ワクチンで発症することのない」不活化ワクチンに切り替えられたのである。現在は従来の三種混合ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風)に、不活化ポリオワクチンを加えた四種混合ワクチンが乳幼児のワクチン定期接種に組み込まれている。


このことは、「流行している疾患の重症度」と「ワクチンの安全性」について明確な指針を示している。「流行している疾患が重症であり、頻度が高い」ものであれば、ある程度のリスクを許容してワクチンを行なうべきであり、「疾患の頻度が低い、あるいは軽症化し、ワクチンの副反応が無視できなくなった」場合には、ワクチンの変更が必要、ということである。


という点で、ワクチン行政に携わるスタッフの発言が変化するのは当然のことである。


長くなるので、章を変えます。

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