第580話 台風直撃

今日は終戦記念日でもあり、継父の誕生日でもあるのだが、それらを私の心から吹き飛ばしているのが、今、やってきている台風である。


7,8年ほど前に、大阪に直撃した時も火曜日だったような記憶がある。その時は雨よりも風が強く、ちょうど午後2時~4時あたりが一番風の強かった時間帯だと記憶している。当時は診療所で仕事をしていたが、所長は「定期訪問診療」のため外出、私は「午後診」のため、外来にいたが、猛烈な風雨(特に風)で、外に出るのもはばかられるほどの勢いだった。そんなわけで、外来を開いていたものの患者さんは来ず、開店休業状態だった。訪問診療に出ていた所長はもっと悲惨な思いをしたそうで、午後診終了後、30分ほどして帰ってこられたら、帰院後第一声が「死ぬかと思った」であったことを覚えている。


訪問診療用の自動車は何度も横転しかけ、車から患者さん宅に向かうにも、何か物につかまりながら出ないと動けなかったそうである。所長は男性なのでそれなりに筋力もあるが、かわいそうなのは、同行した看護師さんだ。風で何度も吹き飛ばされそうになったらしい。所長の身体を風除けに、片手に往診セット、片手でものにつかまって頑張って診療に回ったそうだ。


所長が訪問診療に回っていた時が風雨のピークだった。戻ってこられたときは結構風も穏やかになっており、普通はあり得ないことであるが、白衣のポケットから砂利がバラバラと出てきたのは、風雨の激しさを示唆していると思った。


所長が帰院後、診療所の外側の構造物に問題がないかどうかを、総務課長と確認に行ったことも覚えている。プラスチック製の看板は破損。スチールの骨組みとプラスチック製の屋根でできた自転車置き場の屋根も見事に壊れていた。夜間照明用の蛍光灯設備も壊れて地面に落ちていた。どう考えても「漏電」しているであろうことから、蛍光灯設備の電流を止めようとしたところ、自動ドアの電源と、蛍光灯設備の電源が同じブレーカーから分岐しているので、ブレーカーを落とすと、自動ドアが動かなくなってしまった。仕方がないので、一時的にブレーカーを落とし、総務課長と二人で、邪魔にならないように蛍光灯設備を片付け、「漏電の危険あり。触るな」と張り紙をして、自動ドアを動かすようにしたことを覚えている。


さてさて、思い出話はここまでにして、ここからは今日の話である。


前日から、「台風はどうも直撃しそうだ」という事はわかっていた。今朝起床すると、その時点で、外から「ゴウゴウ」と音がしていた。雨がひどいときは、「バチバチバチッ!」と雨粒が壁や窓を叩く音が聞こえるのだが、それは聞こえなかったので、おそらく雨はひどくないのだろう、と推測していた。


仏壇の水を替え、お勤めをして朝食の用意をする。やはり外からは「ゴウゴウ」と音がしていて、朝刊を取ってくれた長男君に聞くと「雨はそうでもないけど、風は強いよ」とのこと。朝食を食べ、6:30ちょっと前に自宅を出た。


普段は車に積んでいるお買物カゴ、日曜日に買い物をして、家に入れっぱなしだったのでそれを車に積んでから出発しようと思い、買い物かごをもって玄関の外に出た。風雨はあまり強くなさそうだった。


「大丈夫そうかなぁ?」と思いながら玄関を閉め、車に近づいた途端、横殴りの暴風が!ちょうど家が風除けになっていたようだった。久々の強風である。雨は小降りだが、風に吹かれて、ぱちぱちと身体に雨粒がぶつかる。「わわわわっ!」と声にならない声を上げながら、後部ドアを開け、買い物かごを放り込み、車に飛び乗った。


妻は、玄関先にいるので、それほど風雨には打たれていない。「行ってきま~す」と声をかけて、慎重に車を走らせた。いつ突風が来るかわからない、と考えると、あまり無茶な運転はできないものだ。


お盆休みと重なっているせいか、今日はいつもに比べて車が少なかった。時に強風で車が揺れるが、雨はそれほどひどくない。ワイパーは「間歇モード」で十分なほどの雨量だった。


いつもは制限速度+10km/hくらいの速度で走っているが、今日は制限速度を守って走行。すると、私の車の後ろに、軽自動車が車間距離を詰めて走ってきた。信号待ちのところで停車し、少しミラーで後ろを確認する。そんなに激しい雨は降っていないのに、ワイパーも高速で動かしていた。運転手さん、そんなにイライラしていたのだろうか?


道路には、折れた木の枝など、落下物が多く、やはり制限速度くらいで走るのが無難だと思い、穏やかに車を走らせる。後ろの車は、たぶん煽っているわけではないのだろうと思うが、車間距離が短く、ワイパーを高速で動かしているのを見ると、「イライラしているのかなぁ」と思って、申し訳なく思ってしまう。そんなことを考えながら、職場まで車を走らせた。


風は強いが、雨はそれほど降っておらず、傘をさして駐車場から職場まで移動。職場で朝の回診を終え、自分の机で一息つくと、窓の外では、雲が高速で移動していくのが見えた。やはり台風は近いのだなぁ。


作成すべき書類を作成し、確認すべきサイトを確認して、外来に向かった。いつもは午前の外来は2つの診察室で患者さんを診ていくのだが、なぜか、本来なら2診にある私の名札が1診にかかっていた。あれぇ?


「おはようございます。今日は僕、こっち?◇☆先生は?」と看護師さんに尋ねると、「先生、◇☆先生は今日、お休みされるそうです。今日の外来は先生お一人です」とのこと。なんと!!


ただ、外来が始まる9時ころになると、雨脚も強くなってきた。診察室には、おそらく病院の構造の問題だろう、ひどく雨音が響く。プレハブ屋根の上に雨粒が叩きつけるくらいに「バラバラバラ」と音がしている。さすがにそれでは、患者さんもたくさんはお見えにならない。


そんなわけで、何とか一人で外来をこなすことができた。


医局に戻って昼食をとる。窓は雨粒で一杯で、雲の動きが見える状況ではなかった。ニュースでは紀伊水道から大阪湾に入ったあたりで、ちょうど兵庫県に上陸するところだろうか?すぐ近くである。


昼食を終え、各病棟に顔を出し、対応しなければならない問題が起きていないかを確認する。特に問題はなさそうだ。


午後からは、予定入院の患者さんが来院される予定になっていた。先月末まで当院に入院されていた方だが、退院して2週間ほどで状態が悪化し、再度急性期病院に入院となっていた方である。


入院の時には、身体拘束のこと、急変時対応について確認をするようにしているが、退院から間がないので、「前回入院と同じ対応でよろしいですか?」と確認を取る。


ご家族の方が少し何か言いたそうな雰囲気を醸し出していたので、「何か気になることはありませんか?」とお尋ねした。


「訪問診療の先生から、『えっ!こんなにたくさん薬が出ているの!この貼り薬(ニトロダームTTS)もいらないでしょう』と言われました。薬のことについて、よろしくお願いします」とのことだった。


「そうですね。薬についてもみていきますね」とお答えしたが、非常に悔しい思いをした。


というのも、この方の退院カンファレンス(家族も参加)では、増やした薬についてはそれぞれ理由を、参加されていた訪問診療クリニックのスタッフにすべて伝えていたのである。


当院に入院される以前から、頻繁に「喉が痛い」と繰り返しておられ、耳鼻科にも、内科にも受診したが原因がわからない、と言われていたのだが、おそらく狭心痛だろうと見立て、ニトロ製剤を貼付することで「喉が痛い」という訴えは1/4程度にまで減っており、おそらく狭心発作だろう、と説明していたのである。


しかも、診療情報提供書にも同様のことを書いていたのである。前回は骨折で整形外科に入院されていたが、今回はうっ血性心不全の増悪で循環器内科に入院され、心エコーで前壁のhypokinesisが明らかとなり、やはりcoronaryの問題がある、と明らかになったわけである。


あのカンファレンスは何だったのだろうか?こちらが書いた診療情報提供書を訪問診療主治医はしっかり目を通したのだろうか?と非常にモヤモヤした(今もしている)。


その後も午後の仕事では、「マジか?おかしいやろ!」と内心叫びたくなることが続いたが、アンガーマネージメントはしっかりとでき、私の中にモヤモヤは「たくさん」溜まっているが、周りに表出することがなかったのは、自分を褒めておこう、と思う。


そんなわけで、今、終業時間をちょっと過ぎたところ。この文章を書き終わるところでもある。


外を見ると、また激しい雨が降ってきているようだ。気が重いなぁ。でも多分、明日は晴れるだろう。明日は訪問診療の日。また頑張ろう。

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