第554話 「報告し忘れました!」

私の父の眠る場所は、私たちの家から少し遠いところにある。この数年のコロナ禍もあり、父の墓参に行けずにいた。妻の両親や祖父母が眠る場所は、それに比べると近いので、法事で数回訪れていたにもかかわらず、である。さすがに父に申し訳ない、と思い、昨日は家族で墓参に行ってきた。


父の墓参で、お供えに持っていくのは「ぶどうパン」と「芋けんぴ」である。父がこの二つを好きだったのは覚えている。ただ、ほかに父がどんな食べ物が好きだったか、と問われると言葉に詰まる。


父は基礎疾患として(おそらく1型)糖尿病があり、若年期のコントロール不良のためだろう、私の記憶がないほど私が小さかった20代に、糖尿病のコントロール不良で入院歴があり、私の記憶がしっかりした幼稚園以降では、31歳で脳梗塞と白内障、33歳の時に上部消化管穿孔に伴う敗血症で、36歳で心筋梗塞、大伏在静脈を用いたCABGを受け、当時はHBVもHCVも同定されていない時代だったので「血清肝炎」と呼ばれていた肝炎を発症した。おそらくそのころには腎機能も悪くなっていたのだろう。なんだかんだバタバタしているうちに透析導入となり、41歳で永眠した。


糖尿病があるので、多分父は、自分の好きなものを食べられなかったのだろうと思っている。(小学生のころ、自分の机の引き出しを開けると、身に覚えのないアンパンが数個入っていたことは内緒)。母がカロリー計算をして作ったものを、多分黙々と食べていたのだろう(とはいえ、母の料理はおいしかったと記憶しているが)。確か、干し芋も好きだったと記憶している。わたしは、芋けんぴは好きだが、干し芋はあまり好きではない。ということで、父には申し訳ないが、お供えで干し芋を持っていくことはない(お供え物、あとでお下がりとして家族で食べるから(笑))。お父さん、ごめん。


さてさて、連休の最終日なので、少し早めに家を出た。芋けんぴは前もって妻が購入してくれていたが、ぶどうパンは当日、墓地の近くのコンビニで買おう、ということにした。


我が家の愛車、普段は低速走行しかしていないので、時には高速道路を走らせてあげないと調子が悪くなりそうである。そんなわけで1時間近く高速道路を80~100km/h程度で走行した。アクセルを踏んで、エンジンの回転数を上げてあげた方がエンジンにはいいのかもしれないが、医師免許と同様に、運転免許も大切である。それでも、車にとっては良かったのだろう。


墓地について、タオルと水を汲んでお墓にやってきた。いつもは私が墓石をきれいに拭くのだが、今回は妻が「はい、あんたらがしなさい。おじいちゃんやで!」と子供たちに指示した。こういう時に率先するして動くのは長男である。次男はなんだかんだとそういう仕事から逃げようとする。これから学年が進み、大学生(になれるかどうかわからないが)、社会人となるうえで、そのような態度はいかがなものか、と思った。う~ん、困ったものである。


墓前で読経をし、「お父さん、子供たちもこんなに大きくなったよ」と伝え、「また来るね」と伝えて、墓地を後にした。


家に帰って、一息ついていると、お父さんに肝心のことを伝えるのを忘れていたことに気づいた。お父さんが買った家を売り払ったことを。


まぁ、日々のお勤めで、いつも父にも回向をしているので、わざわざ墓前で言わなければならないことでもないのだが、せっかく父のところに行ったのだから、報告すべきだっただろう。つくづく、親不孝な息子である、と反省した。

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