第551話 「因果応報」を恐るべきでは?

マンガだったか、エッセイだったか、もう思い出せないのだが、「誰かにとてもひどいことをされたときは、相手に呪いをかけてやる」というようなものを読んだように覚えている。「呪い」と言っても、相手の人生をめちゃくちゃにするようなものではない。「新しい靴を履いて歩いていたら、道に落ちていた犬のウンチを踏んでしまう」とか、「財布が小銭だらけだったので、小銭で支払いをしようとしたら、苦労して小銭を数えた挙句、1円足りないため、余計小銭が増えてしまう」、とか、「限定メニューのために並んでいたら、自分の前の人で売り切れてしまう」という呪いをかける、という、されたことを考えると、ちょっと「クスッ」としてしまうような小さな呪いをかける、というような話だったように記憶している。


ニュースソースはENCOUNT、Yahooニュースより


<以下引用>

 医療機関、とりわけ緊急治療を要するCCU(重症冠動脈疾患集中治療室)へのイタズラ電話に対し、憤りをつづった救急医の投稿がネット上で話題を呼んでいる。命に関わる現場への悪質な迷惑行為に対し、SNS上では批判の声が殺到。都内で救急診療を行う救命医エルメスさんに詳細を聞いた。


「不動産業者へ あなたが昨日一回だけ当院へ電話してきた不審電話 医者の名前を語って個人情報を聞き出そうとした電話 CCUホットラインですよ あなたは医者ですか? コレはCCU 命につながる電話です」「何度も説明しました 私は医者だと名乗り続けました 折り返しの連絡先を聞いたら罵詈雑言 都内の救急医療はパンクしてます ホットラインが鳴り続けています」


今月11日、CCUへの迷惑電話に対して怒りを露わにしたエルメスさんの投稿は、7000件を超えるリツイート、2万件の“いいね”を集めるなど話題に。「絶対許せません。命の現場と自分のノルマを並列に扱うなんて」「これは本当にひどい」「立派な偽計業務妨害」と批判の声が殺到している。


投稿者のエルメスさんは「今回の不審電話が100%不動産業者とは言い切れない」と前置きしつつ、電話の詳細について次のように明かす。


「CCUホットラインは通常の内線、外線とは異なる着信音が鳴る緊急で特別な電話です。電話があったのは10日午後8時頃。『整形外科の○○だけど、すごく緊急の要件だから、電話帳リストの先頭にある研修医の名前と連絡先を教えてほしい』と言われました。○○先生は実際に勤務している先生ですが、声も雰囲気も違う。循環器内科に整形外科の医師が緊急で電話してくる用もありません。CCU専用番号のため、かけ直すために折り返しの連絡先を教えてほしいと伝えましたが、『なんで口頭で言えないの? 急いでるんだけど、すごく困るんだよね。口頭で言ってくれる?』『だから、なんで口頭で言えないの? 急いでるんだよ。口頭で言えばすぐ済むだろ。ふざけるな』というどう喝の末に切られました。後日、その先生に確認したところ、電話はしていないとのことでした」


緊急ホットラインへの不動産業者を名乗った電話は過去にも複数回あり、「心肺蘇生中の音が聞こえませんか? 電話やめてください」「命に関わる電話なので、二度と電話しないでください」と告げたところ「ふーん、それで?」「誰か死んだって構わないよ。それより節税のいい話があるんですよ」と食い下がられたこともあるという。


「以前から不動産の節税対策の電話や不審な電話には困っていました。病院も非通知電話を受けない、怪しい電話には対応しないなど徹底するよう通達がでていますが、年度の切り替わりで不慣れな人を狙う、事情をしらない研修医を狙う、実在する医師の名前を使用するなど不審電話とは分かりづらい形で連絡をしてきます。警察に相談しても、相手が分からない、実際の被害がないことから何もできない。今まで医療者は泣き寝入りを強いられていましたが、一石を投じる思いで投稿いたしました」とエルメスさん。


不動産業者による営業ノルマを満たすためだけの電話だとしたら、断じて許されることではない。


<引用ここまで>


急性期病院での研修医時代も、診療所時代も、今も、このような電話はそれなりの頻度でかかってくるようである。ありがたいことにほとんどは受付でブロックしてくれるので、実際につながれることはほとんどないのだが、「ホットライン」に電話を掛けてくるのは本当に反則だと思う。


研修医時代は、多分頻度も高く、医師も多いので、ガードをすり抜けることもしばしばだったが、こちらにつながると、上記のように横柄な態度をとるセールスマンはいなかった(当たり前か)。先輩の中には、勧誘のセールスを受け、内容をセールスマンとアポを取って、条件を細かく確認し、実際に不動産投資に進んだ方もいた。「一線は引いているけど、時々その人と飲みに行くよ」と先輩はおっしゃっていた。


とはいえ、処置中などに電話がかかってくると本当に迷惑だったことは確かである。


記事の、「ホットライン」でのやり取りは極めて不快である。対応された先生はとても丁寧だと思った。世間で言われている通り、「横柄な医師」も多いので、「CCUホットライン」にそんな電話がかかってきたら、医師側が「これ、ホットラインなのわかってる?!ふざけんな!」と言って医師側からガチャ切りされてもおかしくはない。実際、一般医療機関からホットラインに電話をかけるときは、かける方も緊張する。時に「それは『ホットライン』が必要な症例とお考えですか?」と叱られることもある(いや、こちらは「ホットライン」が必要な状態と考えて連絡しているのだが?)。もちろんその時は、「赫々云々うんぬんかんぬんで「緊急の対応が必要」と考えました」とこちらの考えを伝えている。


心肺蘇生中の電話のやり取りも、記事を読むとひどいものである。


「ふーん、それで?」「誰か死んだって構わないよ。それより節税のいい話があるんですよ」なんて言ってくる人の話を誰が聞くと思うんだろう。それはもう「セールスの電話」ではなくて、完全に「嫌がらせ」である。人間性がその発言に現れていると思う。多くの人は、そのような人から物(しかも高価なもの)を買おうとは思わないだろう。


医師―患者間の信頼関係も同じだろう。私のような「診療所」や「小さな病院」の一般外来で仕事をしていると、患者さんとの最初の出会いは、「たまたま受診した時にカルテが私のところに回ってきた」だけ、というものである。そのような形で、何度か患者さんの健康トラブルに対応しているうちに、言葉を悪く言えば「値踏み」をされて、「まぁ、この医者、悪くないんじゃないか」→「しっかり対応してもらって助かる」→「いつも診てもらっている〇〇先生に診てもらいたい」という形に信頼関係が作られていくものだと思っている。


「接遇」なんて言葉を使うと仰々しいが、診察室に「普通に」入室された方には笑顔で挨拶をする、具合の悪そうな方には、「ずいぶんしんどそうですね。大丈夫ですか?今日はどうなさいました?」と医療面接を開始する。患者さんのお話に身体も顔も向けて誠実に向き合う。当然適切に鑑別診断を考え、身体診察、必要な検査を行ない、ある程度の根拠をもって現在の病態を説明する、薬で対応可能なら処方を、再診が必要ならその時期を、高次医療機関での診察が必要なら、予約外来でよいのか、今すぐ救急外来に紹介するのかを説明し、適切に動く、という「医師として当たり前の仕事」を「きっちり」行なうことが大切だと思って日々仕事をしている。


閑話休題。程度の差はあれ、医師として仕事をしていれば、このような電話を受けるのは珍しくはない。ただ、記事のような対応をするセールスパーソンには、「因果応報」という言葉を送りたい。


少なくとも「誰が死んだってかまわないよ」と宣った人には、最初に書いたような小さな呪いをかけてやりたい、と思ってしまうのが正直なところだ。ただ、「因果応報」、そういう人にはそれなりの報いがあると思ったりする。


私が好きな言葉の一つ、日蓮の言葉を書いて終わりたい。


「わざわいは 口より出でて 身をやぶる。さいわいは 心より出でて 我をかざる」



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