第549話 安定のドタバタっぷり(土曜日シリーズ)

先週は「土曜日シリーズ」としなかったが、患者さんが急変してバタバタしたことを書いた(第538、539話。残念ながら患者さんは永眠されたそうだ)。その他、「土曜日シリーズ」として、いくつか文章を書いているが、私の心の余裕のなさなのか、「週末」という特別な時間のためなのか、思わぬイベントが起きるのは土曜日が多いように感じている。今日もまた、「安定のドタバタっぷり」であった。


道路が空いていたからか、いつも通りに家を出たはずなのに10分近く早く、職場についてしまった。今日は「早出」担当ではないので、私の定時は9時なのだが、6:50頃に職場についてしまった。病棟は午前7時に照明がつくので、一応7時以降は患者さんの回診をしてもいいだろう、と勝手に思っているが、さすがに7時前では「早すぎる」と叱られてもしょうがないかもしれない、なんてことを思いながら回診を開始した。


安定している患者さんはそれなりに、重症の方はそれなりに、と「想定の範囲内」の回診となった。昨日新入院となった患者さんは、前医の情報からも、ご家族からも「気難しい人」と聞いていたので、あまり早く回診に向かうと「もう少し眠らせてくれ!」と言われるかもしれない、と思い、一番最後に回診した(とはいえ、7:20くらい)。こちらの言うことは理解されており、失礼が無ければ、男性に対してはあまり何も言わない方なのかもしれない(高齢男性は、「男尊女卑」の傾向を持っている人が多い)。


無事に回診を終え、午前の外来までに少し時間があったので、机の上に積まれていた書類を片付け、いつもチェックしているサイト(もちろん「カクヨム」も含まれる)を回る。そうこうしているうちに外来の時間が近づいてきたので、8:50頃に外来に向かった。


先週の土曜日は天気が悪かったためか、患者さんが少なめだったが、今日は待合室は混んでいた。忙しい一日になりそうな予感がした。


患者さんの多くは、定期受診の方だったが、いつものごとく、健診の方も多かった。健診では「問診票」を書いてもらうことになっているのだが、問診票の内容と、患者

さんに聞き取った内容がずいぶん違う、ということは珍しくない。問診票では「既往歴(過去にかかったことのある病気)」の欄にも「特になし」とチェックされ、「治療中の病気」にも「特になし」とチェックされている人が、実は結構ややこしい既往歴を持っていた、ということがあり、今日もその落とし穴が待っていた。


「既往歴」欄にも「治療中の病気」欄にも「特になし」をチェックされていたので、確認目的で、「これまで、病気か何かで入院したり、定期的に通院したりしたことはありますか」とルーティーンに聞いたところ、結構大きな手術を受けており、その際の輸血で肝炎を発症した、とのことだった。


輸血後肝炎についてはB型肝炎、C型肝炎がまず挙げられるが、どちらも、この10年弱で大きく治療が進歩している。


なので、治療の状況を聞くと、「はい、いつも高血圧で診てもらっている先生に、半年に一度くらい確認してもらっています」とのこと。


「『既往歴』欄にも『通院中の病気』欄にも『特になし』とチェックをしてるやないか~い!」と、心の中でツッコミを入れ、「半年に一度程度のfollow、ということはB型肝炎?でもご本人の話ではC型肝炎と言っているし、どうなってるの?」と思いながら健診をした。


土曜日は仕事が休みの方が多いので、どうしても平日に受診できない方が来られる。1人の初診の方は、「健診で引っ掛かった」という主訴で受診された。当院には全く受診歴がなく、今のところ病気知らずで、どこにも通院していない、とのことだった。健診異常、というが一番の問題点はコントロール不良の糖尿病だった。前回健診を受けたのは5年以上前で、その時にも何か指摘されていたが、「まあええか」と放置していたそうである。年齢も70代前半であり、しっかり糖尿病のコントロールをつけるべき人であった。あとは脂質異常症が目立った。


今月から、非常勤で糖尿病専門医の先生が週1回来られることになった。これまでも糖尿病専門医の常勤医師(川野先生(仮))が糖尿病外来を開いておられたが、川野先生は週に2枠の一般内科外来(予約なし)、3枠の糖尿病外来(予約制)、それに加えて、病棟と訪問診療と八面六臂の活躍をされておられ、もう新規の枠を作れない、という状態になっていた。なので、新たに糖尿病外来をしていただける先生はありがたい。患者さんに相談すると、前もって受診日が決まっていれば仕事は融通がつく、とのことだったので、新しい糖尿病外来の予約を取り、受診までの間につなぐ目的で、脂質異常症にはスタチンを、糖尿病は少量のメトホルミンを開始した。


もう一人、当院に長く通院されている20代の、コントロール不良の糖尿病患者さんも来院された。現在単身赴任中で、2週間に1回、週末に自宅に戻られるので、その時に薬が切れそうだったら受診している、とおっしゃられていた。前回も私の外来に受診されており、その時は、食事の摂取カロリーのこと、単身赴任先でかかりつけの糖尿病専門医を見つけ、そちらで受診された方がいい、と指導していた。


糖尿病外来のルーティーンが一般外来にも適応されており、「糖尿病」と診断されている患者さんで、医師から指示があれば、毎回の受診時に、血糖、HbA1C、検尿一般を先に検査してくれるようになっている。この患者さんも、もともと川野先生の外来に通院されていたが、単身赴任の影響で、土曜日しか受診できなくなり(川野先生は土曜日はお休み)、医師を転々とされ、前回、今回と私のところに受診された、ということである。


BMIを考えると、その患者さんより私の方が少しだけBMIが高いので、私自身の体形よりも痩せているのに、糖尿病のコントロール不良、というのが不自然に感じられた。患者さんは内服薬を4~5種類内服されており、にもかかわらず、HbA1Cは8台後半だった。


元々川野先生の外来に通院されていたので、1型糖尿病と2型糖尿病の鑑別や、インスリン分泌能、インスリン抵抗性を考えたうえでの薬の組み立てなのだろう、と推測はしたが、これだけの薬を飲んで糖尿病のコントロールが不良、ということなら、少なくともインスリン分泌不全を考慮すべき、と考えた。ご本人に「このHbA1Cの値では、どんどんあなたの寿命を削っていっている、ということになります。現在の薬に、インスリンを追加してはどうでしょうか」(もともと内服中の糖尿病薬に、持続型インスリンを上乗せする方法をBOTと呼んでいたと記憶している。確立した治療法の一つである)と提案した。患者さんは「いや、今日はお金がないので、薬が増えると困ります。次の受診は川野先生の外来に行くので、薬はそれまで今まで通りでお願いします」と頼まれた。


「お金がない」と言われると、もともと貧乏人の子供である私としては、強力にその治療を推奨しよう、と思えなくなってしまう(お金がないのはつらいよ)。そんなわけで、次回は川野先生に受診することを約束し、薬は変更しないこととした。


他にも、先週にもお見えになられ、症状が改善しない喘息の方も受診された。先週はβ刺激薬の吸入でSpO2も改善し、明らかにwheezeも消失したので、「喘息発作」と診断し、内服ステロイド、ICS/LABAの吸入薬、SABAの発作時用の吸入薬を処方したのだが、その後も呼吸苦は続く、とのことだった。今日も聴診は全肺野で呼気時にwheeze-rhonchiを聴取し、やはり喘息発作だろう、とアタリをつけた。


治療に反応しない喘息発作、と考えると考えるべきは、「気道系感染の合併」と「うっ血性心不全の合併」である。うっ血性心不全の採血での評価(BNPやNT-proBNP)は院内ではできないので、上記の鑑別目的で胸部レントゲン2方向(守られていないが、肺野の評価をするときは、これが基本である)と、炎症反応の評価目的で血液検査を行ない、気管支拡張剤(β刺激薬)の吸入を指示した。前回受診から1週間経っていて、まだSpO2 90%程度しかなければ、肺塞栓なども鑑別に入れなければならないし、低酸素状態も遷延しているので、おそらく入院が必要と考えた。


胸部レントゲンでは、心胸郭比(CTR:胸郭に対する心臓の陰影の比率。50%を超えると「心拡大」とみなす)は58%と心拡大があり、前述の「うっ血性心不全の合併」はあると考えた。以前の写真と比較すると、左肋骨横隔膜角(CP Angle)の辺りがモヤモヤしていて、側面像では背側下方に浸潤影を認めた。血液検査では炎症反応の上昇はなかったが、左の下葉背側に異常影があることは確かである。いずれにせよ、ぜんそくが遷延するような疾患があった、ということは明らかとなった。


β刺激薬の吸入が済み、各種検査も結果が出たので、再度患者さんを診察室に呼び入れた。前回は吸入処置の後、喘鳴は消失し、SpO2も改善したのだが、今回は喘鳴は軽快するも残存。SpO2も90%と低かった。


患者さんに結果を説明し、高次病院でしっかり診てもらいましょう、と伝え、紹介状を作成、転院の対応とした。


その後も患者さんを診察。重症の方は来ずに受付終了の12:00を迎えた。これで待ち患者さんがいなければ、「診察終了」である。「ドキドキ」しながら「受付終了です」という言葉を待っていたが、無情にも、「今、一人、予診票を書いてもらっています」とのことだった。


「予診票を書いている」ということは、定期受診の方ではなく、「体調が悪くなったので受診された」初診の方である。私の土曜日は、得てしてこういうことが多い。「どうか重症でありませんように」と祈りながら、カルテが回ってくるのを待った。


患者さんのカルテが回ってきた。主訴は「昨晩からひどくなってきた右下腹部痛」だった。比較的お若い方だったので、虫垂炎の可能性は高そうである。女性の方なので婦人科疾患の可能性も捨てがたい。女性の腹痛は鑑別疾患が多いので、悩ましい。


患者さんに診察室に入ってもらい、病歴を確認する。前日夕方から右下腹部痛と心窩部の不快感、軽度の嘔気が出現したそうだ。その当時は痛みは波のある痛みだったそう。食事を少し取ったが、食事を取ったからと言って痛みは変わらなかったそうだ。排便もあったが、それでも痛みは変わらなかったそうだ。今朝も痛みは続き、痛みの性状は波のある痛みから波のない痛みに変わったそうだ。一度嘔気が強くて嘔吐したそうだ。痛みが強くなってきており、「週末だし、連休だし、一度診てもらっておこう」と思って来院したそうだ。受付時間は11:58(泣)。いろいろと事情はあるのだろうが、こちらの希望としては、もう少し早く来てもらいたいところである。


病歴も「急性虫垂炎」が疑わしい。もしそうなら緊急で消化器外科に転院が必要である。検査にかかる時間、紹介状を書く時間などを概算すると、1時間はかかりそうだ。ま、それはそれでしょうがない。


「いろいろ心配ですね。お身体を診察させてもらっていいですか」と言って、まず立ってもらう。


「まずつま先立ちをしてください。そして、『ドンッ』と踵を落としてください」と伝えた。これは”Heel Drop Test”と言って、腹部の炎症が腹部を包む「腹膜」に波及しているかどうかを判断する診断方法の一つである。腹膜に炎症が波及している状態を「腹膜炎」というが、腹膜炎かどうかを確認することは大切である。「急性虫垂炎」は「腹膜炎」を来す疾患としては頻度の高いものであり、甘く見ていると、「反発性腹膜炎」で命を落とすこともある。


“Heel Drop Test”では、「おなかに痛みはあまり響きません」とのことだったが、「歩くとおなかに痛みが響きます」とのこと。腹膜炎を起こしているときに見られる症状を「腹膜刺激症状」と呼ぶが、「歩くたびにおなかに痛みが響く」ということも重要な「腹膜刺激症状」である。う~ん、良くない感じである。


ベッドに横になってもらい、腹部を触診する。腹部診察では、右下腹部を最強点とする、「筋性防御」、「反跳痛」を伴う強い圧痛を認めた。「筋性防御」は、「腹膜炎」を起こしている部位は無意識に腹壁の炎症を起こしている部位の筋肉が硬直し、触ると、「板」のように硬い印象を受ける状態である。汎発性腹膜炎(腹部全体の腹膜炎)では、腹壁全体が板のように硬くなって、「板状硬」と呼ぶこともある。少なくともこの方の右下腹部は「板状硬」となっていた。「反跳痛」は、痛みの部位を「押さえている」時より、放した瞬間に鋭い痛みが走ることを言う。「反跳痛」を教科書通りに診察するのは、患者さんにとっては大変つらいので、疼痛部位を軽く打診して、「痛みが響きます」と患者さんが言われれば、「反跳痛あり」と診断している。筋性防御、反跳痛とも、先に述べた「腹膜刺激症状」である。


ということで、患者さんは、「腹膜刺激症状」を伴う右下腹部痛であった。小さなクリニックなら、この身体所見だけで、「腹膜刺激症状を伴う右下腹部痛」を主訴に、精査加療目的で腹部外科が対応可能な高次医療機関に紹介しても文句は言われないと思うが、一応は「病院」と名乗っている以上、もう少し検査を行なうこととした。「腹膜刺激症状」をともなう右下腹部痛、と言っても、緊急に手術をするのは基本的には「急性虫垂炎」だけで、しばしばみられる食中毒の原因菌である“Canpylobacter”属の腸炎に随伴する「回盲部リンパ節炎」や、高齢者でしばしばみられる「憩室炎」はほとんどの場合は手術にならない。ということで、「急性虫垂炎」かどうか確認のための腹部CTと血液検査を指示した。


炎症を起こしていない虫垂は小さくて、腹部CTを撮影しても、時になかなか探すのに骨が折れる。「ここが、大腸と小腸の移行するバウヒン弁、虫垂はさらに盲腸を追っていった先にあるはず、と読影し、虫垂を発見、問題ないことを確認した。「憩室炎」の原因となる「憩室(大腸の壁が小さく大腸壁から飛び出した部分)」は見られなかったが、上行結腸のバウヒン弁よりやや肛門側(少し上方)に、全周性の腸管浮腫、比較的大きな、大腸壁より飛び出している糞石、周囲の脂肪組織の濃度上昇(通常の腹部CT撮影条件では、「脂肪」は黒っぽく(X線低吸収)に写るが、炎症を起こすと、腫れて組織の含水量が増え、周囲の脂肪組織より白っぽくなる)が見られた。血液検査では白血球の増多は認めるが、その他の緊急項目は問題なかった。


血液検査は大きく動いていないものの、腹部CTは腸管の一部に全周性の腫脹と、周囲の脂肪組織の濃度上昇を認め、他に憩室がないのに、腸管から飛び出たような形で、濃度上昇した脂肪組織の中心に糞石が存在しており、身体所見でも腹膜症状を認め、「糞石を伴う上行結腸憩室炎、腹膜炎」と診断した。現時点で積極的に外科治療に進むわけではないだろうが、状態が悪化すれば、手術も視野に入れるべき状態であった。


患者さんを呼び込んで病状を説明。「これからすぐに、外科的に経過を見ながら、必要があればすぐ手術対応のできる、高次の病院に紹介します」と伝えた。患者さんを待合室で待ってもらい、紹介状を書いていると看護師さんから、


「先生。患者さん、自宅介護をしているお父様がおられるそうで、『まさかそんなに悪い状態とは思って無かった』そうで、一旦そのままでご自宅に置いておられるそうです。『いったん帰って、準備をしてきていいですか?』と聞かれているのですが」


とのこと。なるほど…。それで受診時間ギリギリに来られたわけか。介護が必要な人を放りっぱなしではよろしくない。


「わかりました。それではいったん帰ってもらって、必要なことを済ませてもらったらすぐにこちらに戻ってくるようお伝えください。それまでに転院先を探しておいて、こちらに戻ってきたらすぐ受診できるように段取りしておきましょう」


と看護師さんに伝えた。紹介状、必要な画像データ、血液検査をそろえると、ちょうど13時ころになった。1時間の延長である。とはいえ、患者さんは重症だった。もうこれはしょうがない、と半ばあきらめ気分で書類を作成し、


「ありがとうございました。午後のワクチン外来、またお願いします!」


と外来看護師さんに声をかけて、遅くなった昼食を食べに医局に戻った。


午後のワクチン外来は14:30開始で、病棟の患者さんに急変が無ければ、その間は空き時間となる。医局に戻ると、机には数冊、作成が必要な書類が積まれており、まずはそれを「横によけて(!)」お弁当を広げた。さっさと昼食を食べ、先ほど横によけた書類を作成し、一息つくと14:15となっていた。ワクチン外来の時は、消毒用のアルコール綿を、自分の使いやすいように一枚ずつバラバラにして、取りやすく、乾きにくいように自分で用意をしている。ワクチンの用意は、間違いのないように看護師さんが用意してくださっている。


50人近く、ワクチン希望の方がおられるので、50枚のアルコール綿の塊を一枚ずつばらしていくのは、やはり10分近くかかる。そうしている間に、他部署からも、ワクチン業務にかかわる人がやってくるので、全員がそろい、ワクチンやアルコール綿などの準備ができた時点で、7分ほどフライングであったが、ワクチン外来を開始した。摂取するワクチンはCOVID-19用のワクチンである。


ワクチン外来がスタートすると、基本的にはみんな、それぞれの仕事を「マシーン」のようにこなしていく。もちろん私も「身体診察&ワクチン接種&カルテ記載マシーン」となるのだが、以前にも書いたように、時に身体所見に問題のある人(ほとんどは心雑音)が見つかる。心雑音はワクチン接種に問題はないが、心臓弁膜症を考える所見なので、「これまで、心臓に雑音がある、と言われたことがありますか?」と確認している。定期受診されている方なら、「主治医の先生に、『ワクチンを打ちに行ったら、心臓に雑音があると言われた』と伝えてくださいね」といってワクチンを接種。抗凝固療法を受けている方なら、「ワクチンを打ったところ、揉まずに5分程押さえて、圧迫止血してくださいね」と声をかけている。


COVID-19ワクチンは、接種部位は「三角筋に筋肉注射」と指定されている。「三角筋」は肩の丸みを作っている筋肉で、腕を横に持ち上げるときに働く筋肉の一つである。ワクチンを打たれる人の体格は様々で、比較的若年の男性であれば、一目見て「あっ、ここが接種部位」とわかるくらいに三角筋が明確なのだが、高齢の方、特に痩せている女性の方では筋肉そのものが痩せている(医学的には「サルコペニア」と呼ばれる状態)ので、本来は「この辺に三角筋があるはず」という部分もいわゆる「骨と皮」状態となっていて、三角筋の厚みがほとんどないこともしばしばである。その時には、針の先端を「皮下組織」よりは深く、でも骨皮質には当たっていない、という微妙な位置で接種している。このような方で、本当に「三角筋」に接種できているのかどうか判断のしようもないので、何とも言えない。自分自身でも「微妙だ~」と思いながら、マシーンとなっている。


各病棟には「午後は保谷はワクチン外来担当」と伝えているので、ワクチン外来中にPHSに電話がかかってくるのはほとんどないのだが、今日は2回程かかってきた。1回目はワクチンを打とうと手に取る瞬間にかかってきたので、電話に出ることができ、内容も週明けの指示の確認だった。指示を出すときに「連休」を超えた日付を書いていたはずなのだが?と思いながら、「はい、それでOKです」と答え、またマシーンに戻った。


外来のワクチンを約50人摂取すると、16時近くになってしまう。そのあとから、病棟に入院中の方で、本人、あるいはご家族から接種を希望された方へのワクチン接種を行なうことになっている。今日は5人、すべて同じ病棟におられる方だった。病棟に上がり、Ns.ステーションで「ワクチン接種に来ました。患者さんの案内お願いします」と声をかけると、病棟の看護師さんが、それぞれの患者さんのところに案内してくださる。Ns.ステーションではカルテの用意をしてくださり、ワクチン接種の記載がスムーズにできるように用意してくださっている。


一人一人、「こんにちは。コロナのワクチンを打ちに来ました。今日は体調はどうですか?」と確認して体に触れ、熱のないことを確認して(もちろんその前に、看護師さんが検温してくれているのだが)、胸部聴診を行ない、問題なければ、ワクチンを接種する。


どうしても入院中の方は、外来の方に比べて筋肉が落ちている人が多いため、先ほど述べたように、「多分この辺り」と深さのあたりをつけてワクチンを打つ、ということになってしまう。


5人全員の身体診察、ワクチン接種を終え、Ns.ステーションでワクチンの書類記載に忙殺されていると、また私のPHSにコールが入った。


「先生、ワクチン外来中のところすみません。◇☆さん(前回「Eizenmenger症候群」で取り上げた患者さん)が、急に強い腹痛を訴えているのです。診ていただけますか?」


とのことだった。それは大変!


「わかりました。今、ワクチン接種後のカルテを書いているので、終わり次第すぐにそちらに向かいます」


と返事をして、書類、カルテを記載し、その患者さんの病棟に向かった。


「◇☆さん、どうしはったの?大丈夫ですか?」と声をかける。顔色も表情もすぐれない。


「昼過ぎから、みぞおちのあたりが痛くて、今とても痛いんです」とのことだった。看護師さんが、バイタルを確認し、ベッドに横になるのを介助されていた。バイタルサインは問題なし。本人は顔色は悪いが冷や汗はなし。心雑音はいつも通り、腹部は平坦、軟、明らかな圧痛を認めなかった。


患者さんは抗凝固療法中であるが、心房細動を有しておられる。こういう方で、「本人の痛がり方」と「腹部診察所見」に乖離があるとドキドキしてしまう。時々医療トラブルの原因になるのだが、腹部血管のトラブルで、突然に腹腔内に大量出血したり、逆に腹部の血管が閉塞して、腸管が壊死したりすることが原因だった、ということがあるからである。


患者さんも、病態、身体所見を考えると、


① 心臓のトラブル(心筋梗塞)の関連痛

② 腹腔内の中血管(腹腔動脈や上腸間膜動脈の起始部)の血管解離

③ 上記の血管の急性血管閉塞


を含めて原因を考えなければならない。もちろん、AGML(急性胃粘膜病変)など、消化管の粘膜のトラブルも考えなければならないが。急性膵炎や急性胆管炎などは逆に腹部所見が目立たなさすぎて、可能性が低そうに思われた。


その時点で時刻は16:20だった。スタッフの退勤時間は16:30なので、今からがっつり検査、というわけにはいかない。急変時には「延命ではなく、苦痛を取る治療をしてください」とご本人の言葉で入院時に語られていたので、臨床診断で対応することを考えた。GERDやAGMLをカバーするためにH2Blockerを(本当はPPIを使いたかったのだが、薬剤課に確認すると、「PPIは在庫切れです」とのことだった)、血管の解離や閉塞については治療のしようがないので、塩酸モルヒネ(本当は麻薬類似薬のペンタゾシンを使いたかったが、薬剤課に確認すると「ペンタゾシン、在庫がなくなり、新規注文はしないこととなりました」とのことだった)で対応することとした。とりあえず今晩は絶食、飲水少量のみ可、とし、明日の状態を見て、食事の再開は看護師サイドで判断(正確に言えば、明朝の朝食は摂取可と指示、看護師さんが患者さんの状態を見て、無理そうだったら「中止」としても良い、という指示)とした。


麻薬の処方をしたので、薬剤課には残業を強いてしまうことになったが、患者さんの状態悪化のタイミングと、患者さんの様子を見れば、申し訳ないが、「仕方がない」と思ってほしい。


連休で、私の目が届かなくなるのは心配だったが、これもタイミング、しょうがないことである。と思いながら、病棟に戻ると16:50、医師は定時が17:00なので、時間ギリギリまで走り回ったことになる。患者さんの状態がどうあれ、時間が来たら帰る、とは思っていないが、今週も時間いっぱいまで走り回ったなぁ、と思いながら、少し自分の机で一息。17:00を回ったので、帰宅しようとPHSを外した途端にPHSに電話が。


「はい、保谷です」

「あ、先生、すみません。先ほどの◇☆さん、腹痛が落ち着いた、ということなのですが、点滴は行った方がいいですか?」

「あぁ、腹痛は落ち着いたんですね。よかった。腹痛が落ち着いていたら、点滴は不要です。まだ薬を開けていませんか?開けていない?あぁ、よかった。そしたら点滴はそのままにして、薬剤課の方ももう帰宅されているので、週明けに薬剤課に戻しましょう。麻薬があるから慎重にしましょう。夕食は一応skipして、水分は取れそうなら少量取ってもらって結構です。ありがとうございます。」

「わかりました。ありがとうございます」


とのことだった。ひとまず、腹痛が楽になったとのこと、本当に良かった。


しかし、朝から、勤務時間いっぱいまで、バタバタした。やはり土曜日は土曜日だなぁ。

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